第524話 きぞくとどれい

『ドンドンドンドン』


 豪華なベッドですやすやと寝ていたら、扉が激しくノックされる音で目が覚めた。

 なんだよ。朝早くから……と、ぼんやり気分で扉を開けると、プレインとノアがいた。


「おはよう。具合悪いの?」

「先輩……寝てたんスか?」


 ノアも驚いていたところから、けっこう寝入っていたようだ。


「いや、元気だよ。それにしても、フカフカのベッドっていいよね」

「それで、ちょっと、ミズキ姉さんが……」

「ミズキがどうしたんだ?」

「ミズキお姉ちゃんが、喧嘩しちゃったの」


 あいつ。

 あれほど言われているにもかかわらず、騒ぎをおこすとは。

 まったく、ミズキの奴め。

 表にでると、少し離れた場所に、腕を組んだミズキと、お腹を押さえてうずくまっている男がいた。真っ白いシャツに、紺のズボン。見た目の年齢からも、学生を彷彿とさせる出で立ちだ。だが、よくみるとシャツには刺繍が施されていて、見るからに高価な代物。

 貴族……か。


「先輩」

「喧嘩したんだって?」

「私とノアちゃんが馬に乗っているところを、ミズキが見ていたら、あの人が言い寄ってきて……」

「それでミズキが殴ったと?」


 オレの側に駆け寄り神妙に頷くカガミを見て、なんとも言えなくなる。

 どうしようかなと考えていたら、ミズキと目が合った。

 彼女は彼女で、困った様子だ。後先考えず、とりあえず手が出てしまったといった様子がありありと分かる。


「奴隷が、貴族に手を出すなどと……。君達は、身分の違いをわきまえていないのかね!」


 しょうがないかと近づいてみると、相手の男は立ち上がるなりオレを睨みつけて怒りだした。こっち見るな。殴ったミズキを見て言えよ。

 ……身分の違い。


「んん?」


 その言葉に反応したミズキが、男を睨みつけると、彼は後ずさりした。

 ミズキも、ミズキで好戦的すぎるだろう。

 カルシウムが足りていないのか。

 まったく。


「ちょっとミズキも落ち着けよ」

「落ち着いてるって、リーダ」


 ミズキは口では落ち着いていると言うが、落ち着いているようには見えない。

 さて、どうしようか。奴隷が、貴族に手を上げると不味いんだよな。

 なんか罰が酷かった憶えがある。

 あまり思い出せないが。さて、どうしたものか。


「何の騒ぎだ」


 そんな時、男の声がした。

 声がした方をみると、昨日の……男。

 カロンロダニアがいた。

 また、この人の部下か。


「そちらの女が、身分もわきまえず、このクラクレス家のセルベテに対し、手を上げたのです」

「そっちが、チョコチョコと触ってきたからじゃん」


 セクハラ案件。

 しかも、加害者の男は悪びれもしない。ミズキが怒るのもしょうがないかな。


「仔細はどうでもいい……そう、どうでもいい。セルベテよ」


 表情を変えず、そう言ったカロンロダニアの言葉を聞いて、セルベテと呼ばれた加害者の男が「えぇ」と頷き笑みを浮かべる。

 それみたことか、そんな感じだ。


「その者は、ノアサリーナ様の所有奴隷だ。この場で、それがどういう意味を持つのか……わからぬお前ではあるまい?」


 続けてカロンロダニアが言うと、セルベテが顔色をサッと変える。


「それは、その、あの、迂闊でした」

「うむ」


 そして、先ほどの調子に乗った態度から一転し、うなだれカロンロダニアに頭を下げる。


「申し訳ない。度々、騒がせてしまった」


 そういうと、カロンロダニアはオレ達にお辞儀し、その場にいた人を連れ去って行った。

 本当に、騒がせまくりだ。


「あれで謝ったつもり?」


 ミズキは怒り心頭だ。言いたい事はわかる。

 対策くらいは必要だろう。

 だが、ここは異世界。いろいろと特殊ルールがある。

 今後の事もある。言い聞かせておかねばなるまい。


「いや。ミズキ。怒るのはわかるけれど、身分差があるんだから、穏便に、穏便に」

「でもさ、リーダ。あれは無いと思わない?」


 いや、思うけれど。思いはするけれど、それで何とかなる世界では無いのだ。


「言いたい事はわかる。だがな、いいか。いちいち、あんなのにこれ以上かまっても良いことないだろ」

「んー」

「何かしら、あのチキン野郎、あたしが睨んだら怯えてたじゃん。きっと、無能なクズね、フフン。クズ野郎一号ね……とか、心の中で適当に悪態ついて」

「あの、リーダ」


 オレが注意している側から、ミズキが口を挟む。


「いいから聞け。いちいちあんな頭の悪そうなのにかまうな。ムカつくんなら心の中で、無能なゴミクズ野郎とか、あのとぼけた面した小心者とでも、悪態をついて……」

「だから、リーダ……後」


 ん?

 後?

 げっ!

 まだいたの?


「決闘だ!」


 オレの鼻先に指が突きつけられる。

 そこには、顔を真っ赤にして睨みつけるセルベテの姿があった。

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