第525話 してんのうのつらよごし

 しまった。カロンロダニアと一緒に館へと戻ったとばかり思っていた。

 というか、あたりに似たような格好した奴らが多すぎて分からなかった。


「いや、決闘と言われましても、口が滑ったと言いますか……相手にならないかと……」


 鼻息荒いセルベテの勢いに対し、引き気味に弁解を試みる。


「相手にならない?」

「えぇ。貴方のような立派な方と、私では実力に違いがありまして……」

「ふざけるな。わ、私を実力が無く相手にならないと侮るか!」


 げっ。

 なんでこんなに、悪く悪くとるんだ。貴族なんだろ? もう少し、自分に自信を持とうよ。

 言い方がまずかったか……。

 どうしようかと、考えていい直そうとしていた時、再びカロンロダニアが、こちらへ向かって来るのが見えた。

 あの人も行ったり来たりと大変だよな。


「今度は何だ?」


 ややイラついた様子で、カロンロダニアがセルベテに声をかけた。


「その者が、我らを侮辱したのです」


 答えたのはセルベテの側にいたと、同じような服装をした違う男だった。


「どういうことだ?」

「実力が違うと言ったのです」

「他国の魔法使いから、侮辱されたのです」


 カロンロダニアの質問に、セルベテの周りにいる人達が口々に答える。

 侮辱したと口々に。

 いや、侮辱なんてしていない。

 落ち着いて欲しい……とか言うと、さらに燃え上がりそうだな。

 どうしようか。


「いえ……そういうわけではなくてですね」


 何も言わないわけにもいかないので、一応弁明の言葉を投げかける。


「分かった」


 さらにオレが弁明の言葉を続けようと思っていたら、カロンロダニアは片手を挙げてそれを制した。

 それから、くるりと踵を返し、ノアの方に歩いて行く。


「すまない。ノアサリーナ様、私の連れが、貴方の従者との勝負を希望している。付き合ってはいただけないか?」


 そして、そうノアに声をかけた。


「リーダと勝負したいということですか?」


 突然の申し出に、ノアは困ったように質問で返した。


「勝負と言っても、怪我はさせないことを、私が約束する。どうであろうか?」


 軽く頷きノアへと返答したカロンロダニアに、ノアは困った様子でオレを見た。

 そうだよな。いきなり勝負とか言われてもな。


「やりましょう! ノアサリーナ様」


 そう思っていたら、ミズキが横からやりましょうなどと言い出した。

 騒ぎを起こした張本人のくせに。


「そ、そうですね」


 そして、ミズキの勢いに押されて、ノアが了承してしまう。


「ありがとう」


 それを承諾と受け取ったカロンロダニアの行動は早い。

 すぐに振り返り、側に付き従っていた女性に、二言三言何かを伝えた。


「セルベテよ。ノアサリーナ様から許諾が得られた。勝負は闘技箱を使う。他は認めない。良いな」


 そしてセルべテに向かって、大きな声で命じるように、勝負の方法を伝えた。


「生ぬるい」

「カロンロダニア様が、言うのであれば……」


 その言葉を聞いて、周りの人は思い思いに感想を口にしていた。

 セルベテはどうなのかと思っていたが「かしこまりました」とだけ、言った。

 それにしても、なんだろうかな闘技箱って。

 知ってそうなのは……ちょうどロンロと目が合う。

 彼女をチラリと見ると、こちらにふわりと飛んでくる。


「闘技箱というのは、おもちゃよぉ」


 オレの聞きたいことを予測していたかのように、来るなりそう言った。


「おもちゃ?」

「魔法使い同士が、自分の身代わりとなる人形を動かして戦わせるおもちゃね。ほらあの四角いの……」


 そう言って、指差した先には人間の腰ぐらいある高さの正立方体の木枠を、2人がかりで持ってくる姿が見えた。

 木枠の下には板が敷いてあり、その板の上には2体の人形が乗っている。

 のっぺりとした人形、ちょうど美術室などにあるデッサン人形のようだ。

 それに続いて、後ろからさらに二人。

 彼らは、テーブルを持っていた。テーブルの上には、何枚かのいた状のものが置いてあった。

 そしてテキパキと支度を始める。テーブルの上に、テーブルクロスをかぶせ、その上に木枠を乗せた。


「木枠の中にある……あの人形が動くのか?」

「んぅ。そうよぉ。ほら、あの人が持っている粘土板、あれを手にとって念じるのよぉ」

「念じたら動くと?」

「そうね。念じたら姿が変わるわぁ。粘土板もね。少しぃ練習させてもらったらぁ?」


 そうだな。

 ロンロと暢気に話をしているうちに準備が終わったようだ。

 セルベテが、両手に粘土板を抱えて近づいてきた。


「さて、勝負しようではないか」


 そして、彼は居丈高に言った。

 おもちゃとはいえ、ぶっつけ本番で勝負する気にはなれない。

 ロンロが言う通り、せめて練習しておきたい。


「申し訳ありません。この闘技箱。私は初めて目にするものでございます。少し試させていただきたいのですが……」


 とりあえず、セルベテと、カロンロダニアの2人を見て訴える。

 セルベテはどうかは分からないが、カロンロダニアはオレの訴えを聞いてくれるだろう。


「ふむ。そうであろうな。キターニア。使い方の説明を」


 小さく舌打ちしたセルベテは無視して、オレの申し出に快くカロンロダニアが頷き、側にいる女性にそう伝える。彼女はカロンロダニアの秘書っぽいな。なんとなく、雰囲気的に。


「こちらが闘技箱になります」


 キターニアという女性は、木枠をトントンと手で軽く叩くと言った。


「そちらの粘土板を使うのですか?」

「左様です。一目で粘土板と、よく見抜かれましたね」


 彼女は小さく微笑み、粘土板をオレに差し出した。

 受け取って軽く眺めてみる。

 大きさはオレの手のひらよりもやや小さいぐらい。長方形のその板を見た時に、なんだかゲーム機のパッドみたいだなと思った。

 すると次の瞬間、粘土板はぐりぐりと形を変えゲームパッドそのものになった。


「それを手に持ち念じれば……説明は不要でしたね」


 偶然形が変わったわけだが……ひょっとしてと、木枠の方を見ると、木枠の中にあった人形の姿が変わっていた。一方は元のままだが、もう一方が空手道着を着た姿になっていた。

 ひょっとして、これ格ゲー?

 パットのアナログレバー部分をちょいちょいと動かすと、胴着を着た人形がピクピクと動く。

 ボタンを押すとパンチ、キック。

 まんま格ゲーじゃないか、これ。

 最初は不安だったが要領をつかむと俄然試してみたくなった。

 ただ練習は必要だと思う。


「すみません。私の仲間と、少しだけ模擬戦をさせていただいても?」

「構わない」


 オレの提案に、カロンロダニアが大きく頷いた。

 それからプレインを手招きで呼ぶと、模擬戦をすることにした。


「ほんとだ。これ格闘ゲームっスね」


 プレインも驚いた顔で粘土板をパッドに変えてグリグリと動かした。彼の操る人形は、レスラーキャラになっていた。


「とりあえず、戦ってみよう」


 体力バーが欲しいと、ふと考えるとパッドに体力バーが現れた。

 念じるってのはこういうことなのか。

 木枠の中で、向かいあった2体の格闘家の戦いが始まる。

 勝負は、オレの負け。

 プレインのレスラーキャラは、オレの空手胴着を着たキャラを掴み取ると、ピョンと飛び上がり地面に叩きつけた。


「これ、必殺技もいけるっスね」


 マジか。

 だったら手から波動も出せるか……それなら、プレインに負ける気はしない。

 本当に確定だ。これは格ゲー。


「なになに、面白そうじゃん」


 いつ間にか後ろに来ていたミズキも、オレ達の戦いを覗き込んでいたらしく笑顔だ。

 勝負なんてどうでもいい感じだ。


「もういいだろう」


 セルベテが、両手に1枚ずつ粘土板を持って、オレの側に立った。


「OK」


 そんなセルベテに、ミズキが粘土板片手に、パタパタと手を振った。


「お前が相手をするというのか?」

「まぁね」


 ミズキは粘土板を、クルクルと回し、オレと同じようにゲームパッド型にした。

 それから、流れるように勝負が始まった。

 セルベテのキャラは盾を持った騎士の格好だ。

 目を閉じ、2枚の粘土板を十字の形に変え、両手に1つずつ持っていた。

 顔の辺りまで持ち上げて、細やかに動かす様は、まるでマリオネット人形を動かしているようだ。

 対するミズキのキャラは、黄色いハリネズミだ。彼女は、ニコニコとしながら何度も木枠の中で動くキャラと、パッドに姿を変えた粘土板を交互に見ていた。

 加えて、キャラを動かすついでに体が傾いている。

 まんまゲームに慣れていない人だ。


「フッ」


 セルベテが、小さく笑う。

 ミズキの敗北だ。


「いやぁ。負けちゃったよ」


 そして、ミズキの軽い謝罪。

 周りのギャラリー達は「ほれ、みたことか」などと口々に言ってあざ笑っていた。


「所詮、その程度なのだ」


 セルベテも勝ち誇っていた。


「じゃ、次はリーダね」


 ところが、ミズキはそんなセルべテの態度など目もくれない。

 どうでもいいとばかりに、オレにパッドの形をした粘土板を、ポンと投げるようにして戻してきた。


「なに?」

「練習じゃん。リーダと戦うんでしょ」


 確かにそういう話だったな。


「あの者のように、惨めな姿をさらす人間が増えるだけだ」


 オレとの戦いが本番であると言われたセルべテは、余裕の様子だ。

 でも、まぁ、大丈夫か。

 あのミズキと互角なら、オレだったら楽勝だろう。

 何せ学生時代やりこんだゲームそっくりなのだ。


「あの……リーダ、大丈夫?」


 ノアはカガミと一緒に、オレの傍に来て心配顔だ。小声でオレを心配してくれていた。

 ここはノアに大人の余裕というやつを見せてやらねばなるまい。


「クックックッ。ミズキは我らの中で一番の小物、四天王の面汚しよ」


 パッドをクルクルと手で取り回し、余裕の宣言をする。


「え?」

「多分、それ、ノアちゃんにはわからないと思うっス」


 そういや、そうだな。


「えっと、まぁ、大丈夫……というわけで大丈夫」


 説明しようと考えたが、上手い説明の文句が思いつかなかったので、いつものように気楽な調子で、ノアへ余裕の態度を見せた。


「シテンノウノツラヨゴシ……でしたか」


 そんなオレの態度に、ノアはコクコクと真剣な顔で頷いた。


「サムソンにプレイン、私とミズキ、それにリーダ。あの、5人いますけど」


 ノアとは違い、呆れた顔のカガミがケチをつける。

 相変わらず、カガミは細かい。


「クックックッ。ミズキは我らの中で一番の小物、我ら5人衆の面汚しよ」


 リクエストに応えて言い換える。

 これで問題ないだろうと、チラリとカガミを見ると、彼女は冷めた目をしていた。


「いっぱいパターンがあるんスね」

「ま、何でもいいんだけどね。なんかさ、苛ついてるよ」


 ふざけていたら周りの人から睨まれていた。いけない、いけない。待たせちゃダメだよな。

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