第522話 きょうこうぐん

「なんだこれは?」


 翌日、館の前に用意した魔法陣を目にしてラングゲレイグが言った。


「これは銀ガラスの面という魔法に使う魔法陣です。そしてこちらが騎馬超強化の魔法陣。一番端が、地ならしの魔法陣です」

「知らない魔法ばかりだ」

「えぇ」


 ラングゲレイグの言葉に頷く。

 これらは、昨日、皆で相談し準備した魔法陣だ。

 昨日の晩。

 ランゲレイグとの話を伝え、皆に今回協力すべきだという提案をした。


「権力争いか」


 夜、オレの説明を一通り聞いた後、サムソンが納得したように呟いた。


「それで領主様、急いでたんですね」

「飛行島……使いますか?」

「いや、飛行島は切り札にとっておこう」


 確かに飛行島を使えば間違いなく王都には間に合う。

 ただし、リスティネルの別れ際に言った言葉……飛行島の存在がバレると王様に取り上げられるリスクが、それにはのしかかる。

 なので、飛行島は切り札。

 一応、トゥンヘルにお願いし、連絡したら、オレ達のいる場所まで来てもらえるようにと、白孔雀を飛ばす。


「そうだな。飛行島は切り札がいい。代わりに馬を強化しよう。俺は目録を当たってみよう」

「そだね……馬の強化。みんなでやろうよ」


 それから同僚達と目録をあたり、いくつか使えそうな魔法をピックアップする。

 結果、使い勝手が良さそうな魔法として、3つの魔法を見つけた。

 それを、今朝、地面に書き記したのだ。


「この銀ガラスの面という魔法のは何だ?」

「これは馬の頭を覆い隠す仮面を作り出す魔法です。この魔法により、馬は、外部の邪魔な音などを遮られ、集中して走ることができます」

「そうか。馬は確かに臆病な部分もある。そこを補うわけか」

「左様でございます。騎馬超強化は、以前に使われた魔法と同じかと」

「あれは、騎馬強化だ。それより強力な魔法か。このような魔法があるとはな。だが、昨日は騎馬強化に加えて凶暴化も使った」


 あれは凶暴化だったのか。言われて見ると、確かに凶暴になっていたな。


「そして、こちらが地ならしという魔法です」

「地ならし?」

「馬の蹄、これが地面を叩く度に、蹄の付近一帯が、馬にとって走りやすい環境に変化する魔法です。ぬかるんだ大地は乾いた大地に、凸凹な道はなだらかな道にと」

「それは凄いな」

「ですので、この3つの魔法を使えば、領主様の馬も、今よりもより速く駆けることができると考えます」

「うむ。試す価値はありそうだ。任せる」


 ラングゲレイグの許可を得て、順に3つの魔法を詠唱する。

 どの魔法も、触媒が簡単に用意できるのがいい。

 干し草、砂糖。藁束。どれも、館の人に相談してみると、快く用意してくれた。

 無事、魔法の詠唱が終わり、ラングゲレイグが出発する。


「順調だぞ。もう少し左右の反動については調整したほうがいいかもな」


 サムソンが御者台に座りあたりを見回す。


「そうですね。突貫工事にしてはなかなかうまく動いていると思います」


 昨日使った念力の魔法と、衝撃を遮るための壁を作る魔法に、少しだけ手を加えたのだ。

 よりスムーズに、風防としての役割を強化するために。

 具体的には、念力の魔法は浮かせた後、馬が曲がると発生する慣性に対し、自動的に逆の力を加えるようにした。昨日は、その都度、自分達で考えて念力の魔法を動かしていた。だが、この工夫で、考えることなく揺れが少なくなるので、とても便利だ。

 壁を作る魔法は、強い風圧を後ろに受け流すように形を変えた。

 形は新幹線をイメージしたものだが、思った以上に上手くいった。

 その甲斐あって、今日は何も考えずに、魔法を起動させ続けるだけで快適に進める。


「ふむ。地ならしは、いい魔法だな。馬も機嫌が良い」


 工夫の甲斐があって、馬の速度も速く、順調に進む。

 ラングゲレイグが、あらかじめ泊まる場所の手配を整えているので、王都への旅路は順調に進んだ。


「想定より、順調だ。この調子で行くと、王都へ着いた後も余裕がありそうだ」


 ランゲレイグも上機嫌だ。

 初日にあった、ピリピリとした雰囲気も消えていた。

 しかし、それは唐突に終わった。

 館が……泊まるはずだった館が、燃えていたのだ。


「力及ばず、申し訳ありません」

「いや、其方の責任ではない。無理を言ったのは私だ……埋め合わせは必ず」


 オレ達の到着を待っていた老人が、ラングゲレイグに頭を下げていた。

 妨害なのか、詳細はわからない。


「仕方がない。今日は野宿するしかないな」


 全焼し、殆ど原型を止めていない館の跡地を眺め、溜め息交じりにラングゲレイグが言った。

 だが、野宿については問題ない。

 海亀の背にある小屋は、快適に過ごせるようになっている。

 ということで、ランゲレイグには、海亀の小屋を一部屋空けて、そこで休んでもらうことにした。

 オレ達と違って、彼は馬に乗って一日中走っていたのだ。


「おいら達がお世話します」


 お世話係はピッキー達が、かって出てくれた。

 最初は領主様なんて恐れ多いという態度だったが、ここ数日ですっかり打ち解けていた。

 ラングゲレイグが、気さくな態度でオレ達に接していたのが功を奏したのだと思う。


「あの小さな小屋の中は、このようになっていたのか」

「其方らは、このような良い物を食べていたのか」

「其方らは、毎日、湯浴みをしていたのか」

「其方らは、これほどに良い環境で寝ていたのか」


 そんなラングゲレイグは、オレ達の生活環境にいちいち驚いていた。

 あまりにも絶賛しすぎるので、何とも言えない気分になってしまう。


「昨日は、よく眠れた。それにしても、あの布団、相当高級ではないのか?」


 そうでしょう。そうでしょうとも、ハイエルフの里でもらった膨らむ布団。最高ですよね。


「確かに素晴らしいものです。貰い物なので、価値は、判断できないのですが……」

「うむ。とても気に入った。後で献上せよ」


 当然のように、献上の言葉がラングゲレイグから出る。


「偉そうに」


 いや、実際に領主だから、偉いのか。


「あんまり大声で言わないでね。聞かれちゃうから」


 小声でついた悪態を、耳ざとくミズキが聞いていて、小声で注意を受ける。

 この調子だと飛行島も、簡単に持っていかれそうだ。

 隠し通さねば。


「もちろんでございます。領主ラングゲレイグ様」


 一応、布団についてはにこやかに了承する。

 またハイエルフの皆さんにお願いしよう。


「では、今日からは街道から外れた森を通る。すでに、我らの通る道が割れてる可能性が高い。しかも、其方等の用意した環境であれば、野宿も問題にならない。これを利用しない手はない」


 ラングゲレイグの一言。

 その日からは、綺麗に舗装されている道ではなく、なんとか通れるような山道を進むことになった。

 といっても、問題はない。

 海亀は浮いているので、道がどうでも問題はない。

 馬も地ならしの魔法によって、山道とは思えないほど軽やかに進む。


「これで、常夜の森がなければ、もっと近道ができるのだが……」


 ラングゲレイグは悔しそうだが、それでも順調だと思う。


「あの村ですか?」


 数日が過ぎ、山道の中にぽっかり空いた空間があり、そこに村が見えてきた。


「貴族が秘密の狩猟を楽しむために作った村だ。さすがに、ここを焼き討ちでもすれば大問題になる」

「左様ですか」

「想像以上に妨害が酷い。応援を頼むことにした。ここで何日かすごすことになる。だが村の外に出るな。出たら首をはねる」


 村に入ってから、決め台詞のように殺すとラングゲレイグが言い残し、一軒の館へと入って行った。

 狩猟のため作られた村という言葉のとおり、広い敷地には数件の館と厩舎、そしてこぢんまりとした畑くらいだ。村の広さのわりに、人が少ない。


「馬。馬。わぁ、真っ白い馬がいる」


 さっそく、ミズキが楽しそうに柵へと走って行く。

 その先には数頭の馬が見えた。


「ミズキお姉ちゃん楽しそうだね」


 ノアもニコニコ顔で、馬と戯れるミズキを見ている。


「羊もいるんだな」


 この村は人より動物の方が多いようだ。すぐ側を、羊がトコトコと歩いていた。

 犬もキャンキャンと楽しそうに走り回っている。

 なかなか、良い環境だ。ラングゲレイグはここで何日か過ごすと言っていたな。

 せっかくだ、のんびりしよう。

 そんな時のことだ。


「ノアサリーナ様!」


 突然、どこからかノアを呼ぶ声が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る