第521話 閑話 カルサード大公

 そこは、冷たい部屋だった。

 磨き上げられた石壁に、鈍く灰色に光る鋼の鎖によって、女性がはりつけにされていた。


「では、お前は、ケテイラヌという呪い子を導く役目ということで間違いないのだね」

「そして、その前が、キチャルネラという呪い子」


 一人の貼り付けになった女性を前に、矢継ぎ早に何人もの男女が尋問をしていた。


「どうだ?」


 そこに、白いローブ姿の男が現れた。

 深く青い色の髪を後ろ手に束ね、目尻に深い皺を刻み、鋭い目をした男は静かに辺りを見回していた。


「あれから、書物の侍従が二人ほど死にましたが、だいぶ知見は得られました。ほぼ、カルサード殿下の言われるとおりでございました」

「カルサード殿下。こちらが、本日の報告でございます」

「そうか。それほど失ってはいないな」


 カルサードと呼ばれた男は、一人の女性が差し出した板を手に取ると、よく通る声で答える。

 次の瞬間、手に持った板がジリジリと音を立て、白い火に包まれ燃えあがった。


「貴重な実験材料……いえ玩具です。大事に扱っておりますゆえ……余すこと無く、丁寧に使っております。それはさておき、特に、この者は協力的でございます」


 見慣れた光景なのか、カルサードが手に持った板の燃え上がる様子に皆が無関心だった。

 なにも無かったかのように、痩せた男がニンマリと笑顔を浮かべ、カルサードに報告を続ける。


「やはり、呪い子の侍従は口が軽いか。別世界の住人といえども、我らと同じか。集団である以上、似通う部分は出てくる……か」


 一通りの報告を聞き、カルサードは感想を述べる。


「そのようで」

「おま……お前達は、かならず神罰が……」


 痩せた男が相づちを打った直後、はりつけにされた女性がかすれた声をあげた。


「ふぅ。お前達が神罰と語る黒の滴は、ある者が始末した」


 カルサードがちらりと横をみると、目が合った痩せた男は苦笑する。


「そういえば、この者には伝えておりませんでした」


 そして、静かに笑う。


「完全なる世界……お前達が言う、こことは違う世界の住人達よ。お前達の優位は既に無い。アストラル体……だったか、見る事、触れる事……どちらも出来ない存在だったお前達を視認し拘束する方法はすでにある。お前が今、体験しているように」


 ガチガチと鎖をひっぱり体を揺らす侍従を前にカルサードは静かに語り続ける。


「我らは、随分前には気付いていたのだ。侍従と呼ばれるお前達を束縛する方法も、殺す方法も。だが、黒の滴だけが対処できない存在だった。最高の手駒ですら、対処できず、気が狂う始末。故に、預言に従うしか無かった。必死にな」

「あ……あ、嘘です」

「嘘では無い。現にいくらお前達を害しても、預言を破っても黒の滴は落ちぬ。故に、我らは異世界の住人たるお前達を自由に蹂躙できる立場となった。今のお前達は新しい玩具といったところか」

「黒の滴が……イ・ア様が……」

「そうか、イアという侍従なのか、黒の滴は」

「王妃様は、侍従などではございませぬ」

「ふむ。王妃……ともなれば、王がいるのか。他の世界に住まう王か……興味深い」

「フフフ。アハハハ。そうです。まだ、王が、王があらせられます。全ての運命を見通し、全てを統べる王が!」

「はて? では、なぜ、その王とやらは姿を見せぬ? 伴侶が死してもなお、状況を放置する?」

「それは……」

「お前は何も知らぬか……いや、名前くらいは知っているだろう?」

「……名?」

「王の名だ」

「あぁ、素晴らしき……王の名……それは……ス……スー……」


 それは、カルサードの蔑むような問いに挑発され、はりつけになった女性が何かを答えようとした時だった。

 侍従の気配が変わり、彼女は眼を大きく見開く。

 ミシミシと音を立て、大きく目を見開いた侍従の瞳は金色に輝いた。そして、彼女を貼り付けていた鎖は、茶色く色を変え錆び付いていく。


「カハハハ……見事だ……よくここまで到達した。家畜とはいえ、その功績を称え、余に跪く許しを与える。永劫の幸福を得たくば、頭を垂れよ」


 そして、女性はさきほどとは全く違う、子供のような声で語り出した。


「面白い反応です」

「実に。すばらしい」


 侍従が変容した姿をみて、その場にいた男女が声をあげる。

 興奮し、笑顔の人々とは違い、カルサードは眉間に皺を作り、ずっと変容した侍従を見つめていた。


「ジトルト、上着を脱げ」


 そして、カルサードは、侍従から眼を離さずいった。

 いきなりの言葉だったが、痩せた男は、何も言わず笑顔のまま上着を脱いだ。

 服を脱ぎ上半身裸になった痩せた男の背を見て、カルサードは「なるほど。そういうことか」と息を吐いた。


『ガララ』


 次の瞬間、滑車の回る音がけたたましく部屋中に響く。


「殿下?」


 痩せた男が上を見上げ悲鳴をあげる。


「次は、ノアサリーナか……」


 だが、カルサードは何もないかのように独り言を呟いていた。

 そして、天井が落ち、全てを押しつぶした。

 残ったのは、いくつかの死体と、一体の人形だけだった。

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