第520話 けんりょくあらそい

「どけどけぇ!」


 ラングゲレイグの叫び声が辺りに響き渡る。

 鬼気迫る行進は、立ち塞がるものを次々と打ち倒し進む。

 湖で大きく飛び跳ねた巨大な魚は、真っ二つとなって湖に沈んだ。

 ストリギの町には、連絡がいっていたようで、人一人居ない路地を駆け進んだが、町からでた後は別だ。

 魔物は空気を読まず立ち塞がった。


「ゴブリンが、蹴散らされていたぞ」

「あぁ」


 前からラングゲレイグの乗る馬は速いなと思っていたが桁外れだ。

 でも、それは別の疑問をもたらす。


「ところで、なんで領主は、こんなに急いでるんスかね」

「後で聞いてみたほうがいいな」


 最初は、ラングゲレイグがただせっかちなだけかと思っていた。

 だが、この急ぎようは尋常じゃない。

 フェッカトールの話でも、それなりに急げば王都には間に合うはずだ。

 でも、今のラングゲレイグは、それなり……という範疇を超えている。

 文字通り、全身全霊で進んでいる。

 理由について、後で確認した方がいい。

 ところが、その後がなかなか来ない。


「今日は徹夜か」

「予想外だよね」


 深夜になってもラングゲレイグは超スピードで爆音を立て進んだ。

 大きなゴブリンも、小さなゴブリンも、飛竜や狼も、立ち塞がるものをはじき飛ばし進んだ。

 そして、ようやくラングゲレイグが馬を止めたのは、翌日の昼過ぎの事だった。

 立派な館に、殴り込みをかけるような勢いで、馬とオレ達の乗る海亀が突っ込み、止まった。


「お早いお着きで」

「あぁ、思いのほか進めた。部屋の準備は?」

「出来ております。申しつけ通りに」

「そうか」


 言葉少なめだが、迎えの者とかわした話の内容から、この場所に来たのは予定通りの事だとわかった。

 それから館に進んでいたラングゲレイグが、くるりとオレ達の方へ振り返る。


「リーダよ。この館の敷地から出るな。いかな理由であっても、出たら殺す」


 疲労がありありとわかる顔で、そう言った後、ラングゲレイグは館へと入っていった。


「それにしても、これは、やはり早い内に理由を確認したほうがいいと思うぞ」


 館に用意された部屋で、サムソンがしみじみとした調子で言った。

 言われるまでも無い。急ぐ理由の確認は必要だ。


「あぁ、明日にでも話をしてみるよ」

「あれかな。ほら、今が10月頃でしょ。雪が降るかもしれないからって」


 確かに、年末には雪が降るって話あるな。

 もっとも、オレ達がこの世界に来てから、予定通りに雪が降ったことなんてないけれど。

 異常気象が続いているってことで、今年なんて元の世界でいう3月すぎに初雪だった。

 元いた世界で過ごした季節と同じ感覚なんだなと、思ったりしたこともあったが、こうなると、もう季節が信用できない。


「雪か……。もっと先の天気まで分かればいいんだがな」

「魔法で、天気を晴れにしたりさ。なんか良い方法欲しいよね」


 そうだよな。魔法で天気を操れれば便利だ。


「ありますよ」

「えっ。晴れにする魔法があるの、カガミ?」

「ただし、触媒が特殊なんです。ケレト魔晶、チノノ結晶……もしくは地を覆い尽くすほどの黄金……だったと思います」

「黄金か、それとも、聞いたことのない触媒のどっちかしか無いんスね」


 地を覆い尽くすほどの黄金ってのが、どのくらいの量か、はっきりして欲しい。

 触媒の分量表記がどの本を見てもアバウトなんだよな。


「ケレト魔晶は、魔力を大量に貯め込む魔導具の材料にもなる。欲しかったんだが、褒美にはできないって言われたやつだぞ」


 厳しい話だ。世の中は簡単にいかない。

 館の人は、オレ達の食事も用意してくれていたので、ありがたく頂き、のんびりと過ごす。

 カガミは、念力の魔法を少し改造したいということで、その作業。


「あ」


 夜をのんびり過ごしていた時のことだ。

 ラングゲレイグが、トコトコと館から出て、柵をうろついていた馬へと近づく姿が見えた。

 今のうちに聞いておくかな。


「リーダか」

「はい。ラングゲレイグ様」


 ラングゲレイグは、オレが近づくと振り返ることなく声をかけてきた。

 少し休んだ為だろう。声からは疲れた感じが消えていた。


「何のようだ?」

「領主様が、私が思っていた以上に急がれている様子なので、理由を教えて頂きたいと考えまして……」

「ふむ」


 馬の背を撫でて、オレを見ることなく声を発していたラングゲレイグだったが、ややあって振り返ってこちらを見た。そして「そうだな……」と言葉を続けた。


「今回の件、おかしいことだらけだ」

「はい」

「其方達が帝国にあるコルヌートセルという町にいるという情報が入ったのは、ほんのわずか前の事だ。だから、新年の祝賀に、其方達を連れてくるよう命令があったとき、無理だと思った」


 ラングゲレイグは、腕を組み、険しい顔だ。

 確かに、少し前までコルヌートセルにいた。

 そこから、帝都に行って、飛行島に乗ってひとっ飛びギリアに帰ってきたのだ。


「それは……。案外、帝国に行っているとは知らなくて、ギリアに私達がいると思っていて……間に合うと考えたからでは? 王様が」


 普通だったら間に合わないと考えるだろう。

 だが、何らかの方法でオレ達が飛行島で移動していると知られていれば、間に合うと考えても不思議ではない。

 もっとも、その場合は、リスティネルが言っていたように、飛行島は王様に取り上げられる可能性が出てくる。


「そういう考えはある。だが、別の見方もできる。最初から無理な命令を出したという見方だ」

「無理ですか?」

「私に、領主として汚点をつけるために、失態を演出するためにだ。もしくは、其方達の態度を疑問視させるためだ。王に対する反逆の意思があるのではないか……とな」


 土台無理な命令をしておいて、出来なかったら汚点や、態度が悪いというのは、嫌な話だ。


「何のために、そんなことを……?」

「領主として失点を抱えた私を廃し、別の者を領主とする。別の見方、例えば其方達が目的であれば……捕らえるつもり、または、ノアサリーナから、其方を取り上げる口実にしたいのかもしれぬ」


 ラングゲレイグは妙にはっきりと言う。

 だが、どちらにしろ良い話ではない。

 なんだかんだと言いながら、ラングゲレイグは何時も味方になってくれる。彼以外が領主というのは嫌だ。

 それに、取り上げるか……そういや身分上、奴隷であるオレは物扱いだったな。


「どちらにしろ良い話ではありませんね」

「そうであろう? そして、もし、今回の件がそのような思惑であれば、妨害の可能性もある。ゆえに可能な限り、余裕を持つべきだ。現状、最も優先すべきは新年の祝賀に遅れないことだからな」


 なるほど。妨害があるかもしれない状況で遅刻しない方法は、可能な限り急ぐ……か。確かに、日程に余裕ができれば、イレギュラーな事態にも対処がしやすい。

 ラングゲレイグは、今回の件に、何らかしらの悪意を感じ取っているのだな。それで、ここまで必死になっているのか。


「ちなみに、ラングゲレイグ様は、そのような嫌がらせというか、手段をとった方について心当たりがあるのですか?」

「そうだな。派閥的に考えればカルサード大公派の貴族だ。私が領主から落ちることで、得するのは、あちらの派閥だからな。それに、大公派は、魔術師ギルドとも縁が深い。ノアサリーナは、魔術士ギルドからは好かれていない。お前達を取り上げるという手に出てもおかしくない」


 ノアが好かれていない?

 そういえばキユウニでも、魔術士ギルドは嫌な態度を取っていたな。

 でも、どうしてだろう? 呪い子だからか?


「ノアサリーナ様は、どうして好かれていないのですか?」

「原因は其方ら従者の存在だ。ノアサリーナは、ヨラン王国を越え名を知らしめている。それは其方らの存在、優れた魔法使いとしての其方らがあってこそだ。呪い子に勿体ない従者を持っている……だから、気に食わんというわけだ」


 原因はオレ達か。

 あいつばっかり有名になって許さないみたいな態度で嫌われても困る。どうにもならないけど。魔術師ギルドってのは、面倒くさい奴らだな。


「お嬢様自身が嫌われているわけではないので安心しました」

「甘くみるなよ。今回の件、おそらくヨラン王国でも相当な大貴族が関わっているはずだからな」

「大貴族?」

「新年の祝賀に其方達を招き、王より直々の褒美を与える様に提案できる者……そんな者は、そうそういない」

「自分で……王様がご自身でそう決められたというのは?」

「王は……いや、どうでもよい。いずれにせよ、間に合うよう手をかせ」


 理由を聞いてみると、やっかいな話だった。

 褒美をくれるという嬉しい話の裏に、そんな思惑があるとは。

 それに、これはオレ達にとっても重要な話だ。

 少なくとも目の前にいるラングゲレイグは、今回もオレ達の味方だ。

 協力しないという選択肢は無い。


「かしこまりました。ノアサリーナ様にも、先ほどの話をお伝えし、協力したいと考えます」


 だから、協力は惜しまない。

 とりあえず、部屋にもどって皆と話そう。

 今回は、目的がはっきりしているのだ。

 いろいろアイデアも出るだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る