第519話 よそうがいのしゅっぱつ
羽の生えたハリネズミ。ノアが帝国で熱心に見ていた小さな動物モッティナ。それを褒美に加えることを提案した。
「珍しいが、王の権威であれば容易く手に入る。良い考えです」
フェッカトールも賛成してくれる。
ということで、オレ達の希望する褒美は、スプリキト魔法大学を自由に見学できる許可、王都でのマヨネーズの販売権、ミスリル鉱石と鍛冶ギルドへの紹介状。それからいくつかの触媒に、モッティナということになった。
禁書の情報についても、希望してみたが、形にならないものは褒美としてふさわしくないと言われてしまった。フェッカトールの言い分から、情報が褒美にふさわしくないのは形になら無いというより、前例が無いからという感じだった。「もし、禁書を探すというなら、王都の図書ギルドを当たってみればどうでしょう?」
「図書ギルド?」
「古い本のコレクターもいます。情報を知っている方もいるのでは?」
もっとも、代替案を出して貰ったので、そこまで不満は無い。
図書ギルドか。王都に行ったらあたってみるかな。
ちなみに権利関係は、王からの証明書という形で、賜れるので大丈夫らしい。
フェッカトールがさらさらとメモを書いて、側にいた役人に渡す。
これから正式な報告書として作り上げ、王都へと送るそうだ。
「さて、では旅の準備はできているか?」
一通りの褒美にかかる作業が終わった後、ラングゲレイグが言った。
「もちろんでございます」
旅の支度は、帰って来たばかりなので、特別な事をする必要がない。ただ単に、旅の予定が延びたようなものだ。
家畜の世話は飛行島に残るトゥンヘルさんと、アロンフェルさんに頼む。
ついでに、お隣さんにもお願いしておく。
何かあれば、ギリアの屋敷に白孔雀を飛ばし、飛行島で迎えに来てもらう予定だ。
準備は万端。
だから、旅の準備はできているのかという問いには、自信満々で問題無いと回答する。
「では、これからすぐに出発だ」
え?
確かに、いつでも出発はできるが、今すぐというのは予想外だ。
「これからですか?」
「そうだ」
一瞬、聞き間違いかと思ったが、どうやら違うらしい。
今は昼過ぎ、しばらくすれば夕方、期日は明後日。
いくらなんでも、今すぐ出発は急すぎるだろう。
心の準備ってものがある。
一応、すぐに出発できるようにして城に来いとは言われていたが……。
荷物のチェックでもするのとかと思っていた。
「急がねばならぬ」
だが、ラングゲレイグも、フェッカトールも、すぐに出発することを希望しているらしい。
「この海亀……どうするつもりだ?」
「これに乗っていくつもりですが……」
「私が馬で引いていくのだ。最低限の荷物を馬車に移し替えろ。急ぐと言ったではないか。海亀の足では間に合わぬ」
領主が馬車を引いていく?
一緒に行くだけかと思っていた。
荷物を移し替えるのは辛い。というか、この快適な移動手段を手放したくない。
「では、魔法で海亀を浮かせて、それを引っ張るというのはどうでしょうか?」
そんなわけで、馬車の代わりに海亀を引いていくのはどうかと提案する。何時もやってる事だしな。
「は?」
「馬は、相当速いですが……大丈夫ですか?」
領主は怪訝な表情を浮かべたが、フェッカトールは興味深そうに身を乗り出してきた。
「はい。帽子型の魔導具があります」
スピードを出しすぎると、遠心力がキツいけれど、浮遊と念力の合わせ技でなんとかなるだろう。
「なるほど……ですが、その海亀を浮かせるという手段。丸1日可能ですか?」
浮かせるのは、大丈夫。念力も魔法も消費する魔力は少ない。同僚達と交代でやれば丸1日どころか、何日でも継続できるはずだ。
「問題ありません」
オレは大きく頷く。
「ノアサリーナを始め、女性も多く、今回は連れていくことになります。ここは彼らの申し出に応じましょう」
「そうか。では、そうしよう。だが、しくじれば、荷物を全ておいて馬車に乗って貰う」
提案は、フェッカトールに認められた。
ラングゲレイグもしぶしぶと言った様子だったが了承してくれた。
決まったら、領主達の行動は早い。
すぐに港の側に、ゾロゾロと役人達をつれ進む。
もちろんオレ達も、海亀に乗り後に続いた。
船着き場側には、用意ができていた。地面には魔法陣が描いてあり、その上には強そうで巨大な馬が一頭待っていた。
そこからが凄かった。
オレ達は、さっそく海亀を浮かせるため、念力の魔法を選択し使うことにした。
馬と海亀を繋ぐのは、金の鎖を作る魔法だ。
念の為、サムソンとプレインが念力。カガミとミズキが金の鎖。オレは、万が一の対応。
そういう分担で進めていた。
特に問題なく、準備が整ったところで、領主達を見ると、ラングゲレイグは馬に乗って準備完了といった様子だった。
そして。
「では、始めます」
フェッカトールの宣言により、儀式が始まった。
まず、ラングゲレイグの馬に手をやり、魔法を唱える。
彼の手にした魔法の本が赤く輝き、馬の様子が変わる。
「ギリギリギリ」
馬は目が燃えているかのような光を放ち、歯ぎしりの音を回りに響かせた。
そしてミシミシと、その体から音がした。
「どのくらい持つ?」
「丸1日」
言葉少なめに、ラングゲレイグとフェッカトールは言葉を交す。それからフェッカトールは地面に両手をつく。
地面には大きな魔法陣が描かれていた。それから、周りに控えていた数人の役人と一緒に魔法を詠唱した。
詠唱が終わると、ラングゲレイグと馬、その両方が一瞬輝く。
「おおぉぉぉ!」
その状況を確認し、ラングゲレイグが大きく吠えた。
彼を中心に風が吹き、チリチリと火花が弾ける。
何をするつもりなんだ?
「何時出発してもよろしいですか?」
火花が散るラングゲレイグを、一瞥し頷いたフェッカトールがオレ達を見る。
「大丈夫ですが……一体、何を?」
「強行進軍の魔法と、凶暴化の魔法を使いました。速度がでるのでご注意を」
ニコリとフェッカトールが笑った直後、グンっと重力を感じた。
ラングゲレイグが馬を走らせ、それに引っ張られる形で海亀が進んだのだ。
湖へと。
『ドォォン』
爆発音と共に大きな水柱が連続してあがる。
ラングゲレイグの乗った馬は、湖の上を走り出した。
その背後に巨大な水柱を次々と作り出しながら。
「洒落にならない」
「家が、軋む! 海亀の帽子だけじゃ、キツい。念力の魔法で浮かせる補助を!」
スピードが乗るまでは海亀まかせで大丈夫かと思っていた。
まさか、いきなり念力で浮かせることになるとは……。急がないと、海亀が辛そうだ。
「カガミ! 壁で囲め。プレイン、浮かせるのはまかせた。オレは左右のブレを制御する」
「分かった」
「了解っス」
こうして予想外の出発は、予想外の速度で、王都に向かい進むこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます