第517話 閑話 争いの条件(チッキー視点)

「チッキーは何を食べたい?」


 長い長い帝国への旅。帰ってきた日、カガミ様が皆に食べたい物を聞きました。


「何でも……」

「何でもは無しですよ」

「……プリン。あたちはプリンが食べたいでち」

「よろしい」


 カガミ様は、沢山のお料理が作れます。

 私も、いっぱい作り方を教えて貰ったけれど、プリンはまだ一度も成功していません。

 そうしてデザートに作って貰ったプリン。


「プリン。プリン」


 リーダ様がとってもご機嫌でした。

 私よりも、ずっとずっとご機嫌。

 美味しそうにプリンを食べるリーダ様を見ると、思い出すことがあります。


「ハロルドの馬鹿は何処に行った!」


 それは、ある日のこと。

 リーダ様の怒鳴り声が、辺りに響きました。


「どうしたでちか?」

「ん。あぁ、チッキー。ハロルドが何処に行ったか知らない?」

「さきほど、厩舎にいましたでちよ」

「そっか。ありがとうチッキー」

「何があったでちか?」


 リーダ様がこれほど怒るなんて驚きです。理由を聞かなくてはならないと思いました。

 場合によっては、お嬢様にお伝えして、仲裁をお願いしなくてはなりません。

 お二人とも、立派なお人です。

 何が、あったのか……私に理解できればいいのだけれど。

 心配でなりません。


「ハロルドの馬鹿が、オレのプリンを食いやがったんだ」


 プリン?


「プリンでちか?」

「そうそう。後で食べようと取っておいたやつ。まったく、あの野郎」


 リーダ様が、これほどプリンがお好きだったとは思いませんでした。


「あの……」

「いや、チッキーが困る必要はないよ。あの野郎は、丸焼きにしてやるけど」


 そう言って、リーダ様は走っていかれました。

 プリン。

 明後日戻ってくるお兄ちゃん達と、一緒に食べようと取っておいたプリンがあります。

 私は、プリンがあれば、喧嘩は無くなると思いました。


「あれ? チッキー、今からプリン食べるの?」


 プリンを差し上げよう。

 そう思って、すぐに保管用の部屋からプリンを取り出したとき、ミズキ様と会いました。

 本とインク壺の入った箱を抱えています。

 きっと、屋敷の地下室にある魔法陣を研究するための資料です。

 超巨大魔法陣。

 とっても大変だと、カガミ様が言っていました。

 凄い魔法使いのご主人様でさえ、困ってしまう魔法陣。

 でも、ミズキ様は、そんな苦労を全く感じさせないように、私がプリンを持っている姿をみてニコリと笑いました。


「ちがうでち。これは、リーダ様に差し上げようと……」

「リーダに?」

「はいでち、ハロルド様にプリンを食べられたそうで、お怒りなのでち」

「プリンを?」

「そうでち。プリンでち」


 大きく頷く私に、ミズキ様が眉間に皺を寄せました。


「リーダが、チッキーにプリンを頂戴って言ったの?」


 横に首を振る私に、ミズキ様が厩舎の方を見ました。

 リーダ様の声と、ハロルド様の吠え声が聞こえます。

 喧嘩が始まってしまったのです。

 急がなくては。


「そっか。ほっときなって。そのプリンはチッキーがお食べ。お兄ちゃん達と一緒に食べるんでしょ?」


 そう言って、ミズキ様が私の頭を撫でました。

 ミズキ様はまったく心配していません。


「でも、喧嘩が……」

「大丈夫。大丈夫。どうせ大したことないから」

「そうなんでちか?」

「そうそう。あの程度の喧嘩なんて、いつものことだからね」


 私よりも、ずっと賢いミズキ様の言葉です。

 間違いなく大丈夫なのでしょう。

 大丈夫だというミズキ様の言葉を聞いて、安心しました。


「リーダ様と、ハロルド様は……いつも喧嘩を? 仲がよくないのでちか? ひょっとして、ミズキ様も、喧嘩をなさるのでちか?」


 どうしようかと聞いた私に、ミズキ様が笑顔で手を振ります。


「二人が食い意地張ってるってだけのこと。私は、喧嘩しないし」

「そうでちか」

「まぁね。第一、争いっていうのは、同じレベルでしか起きないの。だから、リーダと喧嘩しないし、ハロルドとも、私は喧嘩しないってわけ」


 そう言って、ミズキ様は自分のお部屋へと歩いていかれました。

 争いは同じレベルでしか起きない?

 難しいお言葉でした。

 ただし、ハロルド様はすごい戦士様です。

 有名な戦士様だとお兄ちゃんが言っていました。

 そんな有名な戦士様と、同じほどリーダ様がお強いとは。

 賢いし、強い。お嬢様が信頼されるのも当然の凄いお方です。

 私は大きく頷き、プリンを元の棚に戻しました。


「まったく、ハロルドのヤツは……」


 そして、またリーダ様と会いました。


「喧嘩は終わったでちか?」

「あいつ逃げやがった。まったく」


 お口をぎゅっとしたリーダ様が頷き言いました。

 まだまだ、怒っているご様子です。

 ふと、ミズキ様の言葉を思い出しました。

 よくよく考えれば当然のことでした。

 リーダ様には申し訳ないですが、私は嬉しくなりました。


「チッキーはごきげんだね」


 そんな私にリーダ様が言いました。


「はいでち。ミズキ様は同じレベルでしか争いは起こらないって言いまちた」


 私は大きく頷きました。


「同じレベル?」

「はいでち。あたちもお兄ちゃん達とは喧嘩しても、リーダ様とは喧嘩しません」


 私は、ミズキ様の難しいお言葉を理解できた嬉しさから、笑顔で言いました。


「そっか」

「同じレベルでしか喧嘩しないって、ミズキ様のお言葉の意味が分かったのでうれしいでち」

「ん?」

「ハロルド様と、リーダ様が同じくらいお強いでち。あたちとお兄ちゃん達が同じくらい強い……お兄ちゃんの方が本当は強いでちけど」

「ん? オレと、ハロルドが同じレベル……ミズキが言ったの?」

「はいでち!」


 大きく頷いた私に、リーダ様が腕を組んで「そっか」と頷きました。

 美味しいプリンを食べる度、そのことを思い出すのです。

 何かのきっかけがあれば、難しい事も、理解できるのです。

 だから、今は難しいプリンも、きっと美味しく作れるようになるのです。

 そう思って、プリンをパクりと食べました。

 いつだって、プリンはとっても甘くて美味しいです。

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