第507話 おおきなこま

 以前、立ち寄った時にキユウニの町では、ちょっとしたアクシデントがあった。

 軽い気持ちで作った人形が、魔術士ギルドを大混乱に陥れたのだ。

 ということで、ビクビクしながら町へと入る。

 逃げ道を確保しながらビクビクと。


「ふむぅ。帝国から戻ってきておりましたか」


 だけれど、オレの心配は杞憂だった。

 門番の中でも一番偉そうな人は何故かオレ達に友好的だった。


「そうか、そうか。お前達も今日の大勝負を見に来たか。だが、もう始まっておるぞ」

「大勝負……ですか?」


 空から見たあの催し物の事を言っているのだろう。

 大勝負か。


「そうか。知らぬか。今日は収穫祭。キユウニが誇る力と知恵を兼ね備えた勇士が、その全てをぶつけ合う大勝負よ」


 続く説明で年に2回、キユウニの町で開かれている大会が、今まさに行われていると教えて貰う。

 興味を示したオレ達に門番の人達は、上機嫌に催し物の場所まで案内してくれることになった。

 前回、猿の人形を大暴れさせたオレ達に対してやたらと友好的。

 そういえば、オレ達って吟遊詩人に詠われるちょっとした有名人だったな。

 猿の置物を動かした騒動の事はバレていないようで良かった。


「そうそう、皆さんもキユウニは、以前もいらっしゃったことがあるんですよね?」

「 えぇ」

「では、あの魔術師ギルドが襲撃された件ご存知ですか?」


 ギクリ。

 探られている?

 例の話題が出たときには、心臓が飛び出るかというぐらいにビビった。

 だが、セーフ。オレ達の仕業だとはバレていないようだった。

 ただ単に話題にしただけのようだ。

 案内してくれた若い兵士は、魔術士ギルドのいけ好かない奴らがひどい目にあって、胸がスカッとしたらしい。


「それでは、楽しんで行ってください」


 ちょっとした雑談をしながらしばらく進み、催し物の会場まで来て兵士と別れる。

 そこには、沢山の人がいた。ここだけ人口密度が違う。


「すごい人混みっスね」


 押すな押すなの人混み、どこが入り口なのかも分からない。


「やぁやぁ。お兄さん。お兄さん」


 どうしようかと、ウロウロしていると、二人の女の子に声をかけられた。

 ぱっと見、子供かと思ったがどうやら違う。

 ハーフリング。背丈の小さい種族。

 姉妹なのか顔がそっくりだ。着ている服装から、ギリアに戻ってきたのだなと実感する。


「ひょっとして大一番を見に来た?」

「見に来たんだよね?」


 人懐っこくグイグイ近寄り声をかけてきた。

 いつものやつだ。この人達にいくらかお金を渡して案内してもらうという流れだ。

 この世界に来て長いからな。なんとなくわかる。


「せっかくの大一番。見なきゃ損だよね」

「だよね。だからさ、特等席譲ってあげようか?」


 ほらきた。


「えっと、ここにいる全員の席を、譲って欲しいとしたら、いくらくらい必要かな?」


 1人が指でオレ達の一人一人を差しながら小声で数えていく。


「最高の席だったら金貨50枚! でもね、朗報。銀貨4枚でもばっちり見れる場所を教えてあげるよ」


 上は金貨50枚、下は銀貨4枚か。幸い帝国ではほとんどお金を使っていない。

 ここはどんと金貨50枚。

 手を大きく広げ、ジェスチャーで皆に聞く。全員快諾。

 そうして、オレ達が金貨50枚を払うと言ったら、彼女らはひどく驚いていた。

 自分から売り込んでおきながらあたふたする始末。


「ちょっと、ちょっと待っててね」


 一方の女性が慌てた様子で駆けて行く。しばらくすると、彼女達の上司らしき、でっぷり太ったハーフリングの男が近づいてきた。

 遠目からオレ達をぎょろぎょろと品定めしながら歩いて近寄ってくる。

 そしてノアを見て、少しだけ動きを止めた。

 だが、警戒している姿はそれで終わり。オレ達のそばまで近づいてきたときには、人懐っこい笑顔を浮かべていた。


「いやー。いやー。巨大な石像を、力と知恵を兼ね備えた勇士が、死力を尽くす大勝負。手に汗握る、真剣勝負の特等席をご所望で」

「えぇ」


 ニコニコ顔の男は、オレ達に声をかけてきた二人の女性に何かを指示すると、案内を始めた。

 目の前に広がる溢れんばかりの人達は催し物を直接見ているわけではないようだ。

 歩きながらよく見ると、先頭にいる彼らの先には、1人の人間がハシゴに登って何かを見ていて、それを元に解説している姿があった。


「青、黄色の4から、紫の4へ、騎士を動かし、赤の槍兵を一撃にして仕留めました!」


 解説する人間は、大きなマス目の書かれたプレートを持っていて、口上を述べていた。

 プレートに書かれた内容とその言葉から、将棋やチェスに似たゲームについて、今の手がこうだった、次の手はこうではないかと、解説しているようだ。


「おいおい、頑張ってくれよ。明日の飯代がかかってるんだ!」


 そして見ている人間は、それを元に賭け事をしているらしい。

 観客の言葉から、ゲームの応援という感じがしない。

 そんな人達を横目にオレ達はどんどんと進んでいく。先頭を進む男が、鈴の付いた杖を振り回し、人をかき分ける。


「お兄さん、ふかし芋だよ」

「みなさーん喉が渇いていませんか?」


 熱気のある人混みを進む中、物売りが次々と仕掛けてくる。


「さぁさぁ。急がないと次のゲームが終わっちまう」


 物売りに声をかけられる度に、ミズキやプレインが、応じていたら男にせかされてしまった。本当に、物売りが多いな。


「あっち、頭にお猿さんを乗せた人がいるよ」

「へぇ」


 人混みではぐれそうで怖かったので、ノアを抱え上げて進む。

 しばらく進むと小さな建物へとたどり着いた。


「よろしくお願いしやすや」


 男は兵士に何やら食べ物などが入ったカゴを渡し、兵士は大きく頷くと扉を開けてくれる。

 いつのまに用意したのだろうかと思ったら、どうやら最初に声を掛けていた女性が用意していたようだ。


「ここはね。お貴族様しか通れない道なのさ。本当はね」


 などと言いながら、建物の扉を開けた先に続く地下道を進んでいく。

 カツンコツンと足音がなる綺麗に舗装された道を抜け、さらに進むと開けた場所に出た。

 手を叩く音、歓声が響き、活気のある空間。

 陸上競技場や、コロシアムという感じ。段差になった席で、皆が中央のフィールドを見ていた。

 すり鉢状になった中央で、催し物。

 中央にはマス目が描かれていて、両サイドにはチラホラと巨大な石像が置いてある。

 一見すると超巨大なチェスのようなボードゲーム。

 両サイドに高台があり それぞれ筋肉ムキムキの男が立っていた。

 超巨大なボードゲームの中央辺りには、何人かの騎士が盾を上に掲げ立っていて、その盾の上で、一人の女性が踊っている姿が見えた。

 コロシアムの見物席は片方サイドは人が少なく、そしてもう片方がぎっしりと人が座っていた。


「こっちでございますですよ」


 男はギッシリと座っているほうの前方を目指し進む。


「前方は……こっちもスカスカだな」

「もう少しでございます」


 オレ達が進んでいる先は、ゆったりと座ることができるスペースのようだ。

 正方形に色分けされた床に、それぞれ5人程度の人影が見える。


「あれが大一番なのか?」

「左様でございますです。キユウニ名物のケララ特大遊戯板でさ」

「特大遊戯板?」

「ほんとはね。これくらいの……」


 そう言って男は手で四角を描く。手先から肘までの長さ……30cmといったところかな。

 頷くオレ達をみて、男は言葉を続ける。


「大きさのですね、板の上に、駒を並べて戦うんでさぁ。んで、ここはさすが騎士団で有名なキユウニ。あの普通なら10人がかりの巨大駒。あれを、力自慢がドスンドスンと抱え上げ、動かし戦うんで」


 そう言われてみると、今は駒を並べている途中なのか……って、あれは象か。

 象が、その長い鼻で巨大な石像を抱えて歩いている。

 ああやって、巨大な石像である駒を並べて、その場つなぎとしてあの女性が踊っていると。

 それにしても、あの巨大な石像を1人で運ぶのか。凄いな。

 両サイドに立っている男は、確かに筋肉ムキムキで体が大きい。

 そんな男が、それよりもさらに大きな石像を抱えて動く様は迫力ありそうだ。

 巨大な将棋のようなゲームか。


「おや?」


 男に案内されて進んでいた時に、見物席から声がかかった。


「あ、チーズ工房の」


 ミズキが小さく声をあげる。

 ふと見るとチーズ工房のおじいさんだった。

 こうやって知っている人に会うと、益々ヨラン王国に戻ってきたのだなと実感する。


「もちろんですとも。ペンツェ様のご希望とあらば、はい」


 チーズ工房のおじいさんから、案内していた男に話をつけて、オレ達の席は隣ということになった。

 ゆったりとした席で、隣は知った人。加えて用意してくれたチーズに、ミズキが大喜びだ。


「いや。今日は良い日だ。収穫祭のこの日に、恩人と一緒に大一番を楽しめるとは」


 おじいさんも大喜び。

 チーズを食べて、お酒を飲んでじっくりとゲームを見ることが出来る。

 ゲームのルールは、おじいさんと連れの人が、手元に準備したゲーム板で説明してくれた。

 思ったとおり、駒を交互に動かし、王を取ると勝利する。そんなタイプのゲームだ。


『ガンガンガン』


 大きなドラの音が辺りに響く。


「さてさて、次のゲームが始まりますようで」


 両手をすりあわせ、待ちきれないという様子でおじいさんが言った。

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