第508話 くびをはねる
騎士と踊り子が引き上げていく。
準備は終わり、地面に黒く引かれたマス目に沿って、身長の2倍はある巨大な石像が両サイドにずらりと並ぶ。
一方が赤、一方が青く塗られた石像。
駒の準備ができたようだ。
「おおおぉ!」
高台に登った二人の男がポージングをして吠えた。
「ささ、いよいよ始まりますな」
チーズ工房のおじいさん……ペンツェが待ちきれないとばかりに声を上げる。
見るからに、この催し物が好きらしい。
ペンツェの前に置かれたゲーム版にも駒が並べてある。
「駒を取り合うゲームなのですか?」
ノアがペンツェに聞く。
「えぇ。そうでございますとも」
「二手に分かれておりまして、交互に駒を動かします。取った駒は、今回の場合は使えません」
なるほど将棋と同じような感じか。
ペンツェの側に控えていた男が、ゲームのルールをいろいろと説明してくれる。
チェスのようなゲームで、駒を交互に動かして互いの駒を取り合い、最終的にキングにあたる駒を取れば勝ち。
今回はキングにあたる駒の代わりに、お姫様役の女性が座っている。
通常のゲームと違うのは、あの大きな石像でできた駒を、お互いの選手が自らの力で運ぶこと、そしてキングに当たる女性に王手をかけられた時には、選手が身を挺して庇うという。
「おぉ!」
高台に登った選手が、ヒラリと飛び降り、駒を持ち上げ動かす。
相当重いらしく大きな声を上げて、ズシンズシンと足音を響かせ進む。
「すごい力持ちです」
「うむ。まさしく。なれど、力だけでは勝てないのですよ。知恵も必要。考え、動かす。終盤、体力の限界に挑みつつ知力を振り絞るところが、熱いのです」
ノアのちょっとした言葉に、ペンツェは熱く語る。
本当に好きなんだな。
一手指すごとに、側に控えている男と、試合内容について議論していた。
『ガッ、ゴォォン』
巨大な石像である駒も魔法がかけられているようだ。
相手の駒を取る時には、大きく剣や槍を駒が振り回し、バーンと音を立てて石像を壊していく。
そのシーンも迫力満点だ。
「むぅ。騎士団長様は今回劣勢ですな」
試合が進むにつれて、ペンツェが苦々しい顔に変わる。
応援している選手が劣勢なのが気にくわないようだ。
もっとも、ノアに対する態度はにこやかなので、心配はしていない。
そっか、一方の選手は騎士団長なのか。
あの年配の人の方が騎士団長、もう片方の若い人の方が挑戦者らしい。
騎士団長の方が男の人に人気があって、挑戦者の方が女性に人気があるようだ。
若い人の方が、雄叫びをあげて石像を運ぶ度に、華やかな声が聞こえていた。
こうしてみると、皆が熱狂するのもよく分かるな。
迫力満点だ。
皆が勝負を熱心に見ている。
近くの人とそれぞれの戦いぶりについて、熱心な議論がかわされていて、声が聞こえる。
次の一手について、勝負のゆくえ、両選手の体力。
議論のネタは多岐にわたっていた。
「このチーズ。美味しい」
「ほっほっほ。多めに持参しておいて正解でしたな」
オレ達は、ゲーム自体はよくわからないままだったが、盛り上がるその光景を楽しみつつ、おじいさんから頂いたチーズや、お酒を飲みのんびりと見物していた。
騎士団長はさすがキャリアがあるのだろうか、体力配分がうまいようだ。
中盤に入り有利にゲームを進めているらしい。
最初のあたりは元気いっぱいだった若い人の方はかなりバテてきたようだ。
「うわわぁ」
若い人がよろめいて、駒を落としそうになり、観客から悲鳴があがる。
「これって、もし駒が動かせなかったらどうなるのですか?」
「力が尽きれば、降参ですな。なので、この戦い、体力をどう配分するかも大切なのです」
あの巨大な石像……駒が持てなくなったら負けか。
そういう観点から見ると、騎士団長は駒を長距離動かさないな。
ああいうのも、戦略なのか。奥が深い。
戦いは終盤の終盤、ずっと騎士団長が優勢に進めていた。
「これは!」
だが、状況は変わる。
若い人が駒を持った瞬間、ペンツェを始め、観客が一斉に声をあげた。
「なんと! このような手が!」
軽く立ち上がり、中腰になったペンツェは、大興奮で喝采をあげ、おつきの人が必死に支えていた。
「あぁぁ」
「おぉ!」
残念がる人、喜ぶ人。
ズシンズシンと若い人がゆっくりと駒を運ぶ、盤上の端から、一気に相手方の王にあたる駒……姫の元へと。
王手! いや、これはチェスっぽいからチェックメイトか。
「私の勝ちだ!」
若い男の人がそう叫び、姫の前に駒を置いた。
次の瞬間、駒はゆっくりと手に持った斧を振り下ろす。
「ぬぅん!」
姫にあわや攻撃が当たるかというところで、高台にいた騎士団長が巨大な盾を持ち、立っていた場所から飛び降りた。それから、ぐるんと盾を前に、姫を庇うように体を滑らす。
『ガァン』
石製の斧と、巨大な盾がぶつかる音が辺りに響く。
『パチパチパチパチ』
そして、観客が一斉に拍手したり、靴を床にぶつけだした。
「勝負ありましたな。これは、これは名勝負」
「逆転の一手だったわけですね」
「そうですな。うん、これは歴史に残る大一番でしたな」
興奮冷めやらぬなか、次の戦いに向けて準備が始まった。
三本勝負らしい。これで、一勝一敗。次で決まるそうだ。
オレ達が、この場所に来たときと同じように、盾を持った騎士達が競技場の中央に集まる。
それから頭上に盾を掲げ、即席の床を作った。そして、その上にフワリと踊り子が飛び乗り、踊り出す。
『カカカン』
踊り子のステップが、床代わりの盾を打ち鳴らし、音色を響かせる。
その間に、駒は片付けられ、入れ違いに象がその長い鼻を器用に使い新しい駒を並べていく。
そこから先は先ほどと同じだ。
違うのは若い人がはじめからバテ気味な所くらいだろうか。
次は、負けそうだな。
そして、それはゲームが始まってすぐの事だった。
オレ達の前に、一人の役人と二人の兵士が近づいてくる。
「ノアサリーナ様ですね?」
役人は、微笑みつつも、断言するようにノアの名前を言う。
「はい。そうでございます」
「ギリア領主ラングゲレイグ様よりの伝言でございます」
「どのような伝言でしょうか?」
「至急、ギリアに戻り、城へと出頭するように。急ぎ戻らねばリーダの首をはねるとの事です」
首をはねる?
やばい、これ、何かやったかな。
心当たりはないが、役人の顔から冗談とは思えない。
ただならぬ兵士の物言いに、ノアは神妙に頷いた。
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