第二十五章 待ちわびる人達

第506話 マルカラこ

「これ、あの赤い髪……多分、ノアちゃんのお母さん……あの人が、ぜひ見て欲しいって言っていました。自分のことばかりで言いそびれていました。ごめんなさい……」


 ナセルディオをぶちのめした翌日、カガミから赤い手帳を受け取った。

 あれは大きくなったノアじゃなくて、母親だったのか。

 再び受け取った赤い手帳。

 いくらめくっても限界のない手帳。

 屋敷に戻る帰還の旅は、手帳を読み日々をすごした。

 前回は、意図的に日記を読み込まないよう目をそらしていたが、じっくり目を通すと酷い内容だ。

 ノアが生まれた後から目を通す。

 貴族の出だったけれど、ノアが生まれたことで行き場がなくなって、旅に出た話。


 ――ノアには友達がいない。私は寂しがりなドライアドを騙し、ノアから離れないよう願った。


 ノアに友達を作ってあげたくて、ドライアドを騙した話。

 モペアの事か。騙したという意味がわからないな。


 ――指輪を売る。愛するあの方に頂いた物はもう無い。

 ――朝、マデラから、モルネリウスの姿が見えないと報告を聞く。


 蓄えが減り、従者も減っていく話。

 ナセルディオに見捨てられた事に気付きつつも、認めることができずに、ノアを連れての旅の話が続く。

 あまりにキツい内容ばかりだ。少し飛ばしてみると、最後のあたりに載っているのは、ゴーレム生成にかかる事ばかりだ。

 オレ達と違って、ノアの母親は正攻法でゴーレムを作ろうとしていたようだ。

 必要な触媒は、物体召喚や、物質変換、もしくは屋敷の備蓄でまかなう予定だったらしい。

 だが、触媒不足で暗礁に乗り上げた。

 正確には、物体召喚に使う触媒。


 ――両方の目を触媒にするのはダメだ。代用に足を使えないかの確認が必要……目が見えなくては魔法陣が読めない。


 計算式のような記号の羅列が書き込まれていて、最後に、そんな一文が書いてあった。

 触媒に、自分の体も惜しみなく使うつもりだったらしく、厳しい内容が続く。

 もっと前は、どうだろう。

 がっつりページを掴み一気に前のあたりを見る。

 いくらめくっても、新しいページが生み出され、前のページは消えていく。

 どんなにめくっても終わらない日記だ。


 ――婚約破棄の事実から逃げるように、国を出ることになった。

 ――帝国への旅。不安な私。父から手帳を貰う。久遠の暦……日記にしたら怒られるかな。


 この辺りは……帝国の舞踏会でのことか。帝国に行く直前に手帳を受け取ったのか。

 それにしても、婚約破棄?

 もっと後は……。

 こちらは、ギリアにある屋敷の事か。


 ――屋敷を完全に起こせば、ノアの身は安全になる。だけれど、屋敷の権能で、私は正気でいられない。魅了が剥がされてしまう。ノアを1人にさせてしまう。


 そっか。

 ノアの母親はナセルディオによって魅了されていることに気付いていたのか。

 それなら、もっともっと前は?


 ――この文字は読まずとも魔法は発動可能。目標まであと二文字。


 この日記は代々受け継がれていたのか。

 前の持ち主による研究記録が、そこには書いてあった。

 読んで欲しいというからには、何か意味があるのだろう。

 だが、キリがない。

 もう少しヒントが欲しいな。


「マルカラ湖だ!」


 赤い手帳を読み進めて過ごす日々のことだ。

 オレが、溜め息をついていたとき、トッキーの大きな声が飛行島に響いた。

 外をふと見る。

 思わず大きな声が出たのだろう。

 あっと、口を押さえて周りをキョロキョロと見て、トッキーは恥ずかしそうにしていた。


「マルカラ湖が見えた?」


 そんなトッキーに近づいて、新作の魔導具である薄い氷を貼り付けた板を見る。

 カガミの作った魔道具だ。


「飛行島の縁に寝転がってみるのは危ないと思うんです。思いません?」


 そんな一言で作り始めた魔導具。

 確かに、飛行島の端に寝っ転がり、望遠鏡で下を見るのは危ない。

 一応、柵があるので落ちることは無いはずだが、何が起こるかわからない。

 必ず一人では見ないこと。それから、命綱をつけることと、ルールはあるが、より安全な環境を目指すことは間違いではない。

 もし望遠鏡を、落としてしまったら……などと考えるときりがない。

 というわけで常に下の風景を表示する魔導具を作った。

 家の2階にある操縦室にも似たような魔導具があるが、その簡易版だ。

 一見するとただの板に薄い氷が張り付いているだけ。

 だけれど魔力を流すと下の風景が、氷にうつる。

 パッと見、薄型テレビだ。

 その魔導具で、トッキーが下の風景を目にして声をあげたわけだ。


「あれ、ミズキ姉さん?」


 トッキーの声につられて魔導具に近づいたのはオレとプレイン。

 家の外で茶釜にブラッシングしていたミズキは家へ駆け込んでいった。

 どうしたのだろう。


「飛行島、止めて貰ったよ」


 ほどなくしてミズキが家から出てくる。


「止めたのか」


 ピッキーやチッキーに、故郷を見せてやりたいのかな。

 せっかくだし、寄っていくのもいいな。

 それにしても、素早く飛行島を止める判断をするとは。ミズキの思いやりのある対応に、感心してしまう。


「そうそう。チーズチーズ」


 違った。オレの感動を返せ。


「何言ってんだ。ミズキ」

「ほらさ、あのチーズをもらおうかなと思って」

「チーズって、帝国に行く途中寄った工房のっスか?」


 そういえば来る途中にチーズ工房に寄ったのだっけ。

 ピッキー達の故郷近くだったな。

 マルカラ湖と言えば、ピッキー達の故郷側にある湖。なるほど、確かにマルカラ湖が近くにあるって事はチーズ工房が近いということになる。

 こういうことに関しては、ミズキの迅速で的確な行動をする。


「行ってみない?」


 ミズキがにんまりと笑い提案する。

 帰りにピッキー達の故郷に寄るという話もあったから、そのついでにチーズ工房によるのは問題ないな。別に急ぐ旅でもないし。


「まぁ、いいんじゃないか」

「そうっスね」

「あぁ、チーズの……了解」


 2階のコクピット席で操縦していたサムソンに着陸を依頼する。


「人目がつかないところで」

「分かってる。ゆっくり降下するんで確認よろ」


 サムソンが足のペダルを使い高度を下げていく。

 下がっていく様子をサムソンと、オレで見る。


「操縦、大変だよな」

「まぁな。でも、あと少しで自動運転もできそうだぞ」


 確かに、誰かがこの席にこもりきりだからな。

 それが理由かどうかは分からないが、ややサムソンが太ってきた。

 元の世界での体型に戻りつつある。

 痩せたとしても生活習慣変わらないわけだから、いつかはデブる運命か。

 可哀想に。


「あれ、なになに?」


 ゆっくり降りていく途中、ドタドタと操縦室にミズキが乗り込んできて、声を上げた。

 指さす先には、町が見えた。


「あれは多分、キユウニの町……だったよな」

「えっと、リーダが猿の人形を暴れさせた町だっけ?」

「みんなでだよ」


 危うくオレ一人の責任になりそうだったので、連帯責任を強調する。


「ほら、町のこの辺」


 トトッと飛行島の下を表示している魔導具に近づき、街の一角を指さしミズキが振り返る。

 そこはポッカリと空いた空間があった。

 その周りには人が集まっている。

 なんだろう?

 祭りをやっているのだろうか。人が一箇所に集まっていて、その中心はぽっかり空いている。何をやっているのか興味がそそられる。


「立ち寄ってみない?」

「確かに、言われると気になってくるな」


 すぐに皆に聞いてみると、全員の答えは一致。寄り道OK。

 こうして空の旅による帰宅は、ちょっぴり寄り道することになった。

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