第502話 閑話 舞踏会の夜に その3

 混乱の極みにあった舞踏会も終わり、夜も更け、翌日が近くなった頃のこと。

 皇帝アヴトーンは、遅い食事をとっていた。

 薄暗い宮中の部屋、テーブルにはたくさんの料理が並ぶ。

 そして食事はしばらく続き、空となった皿が、目立った頃。


『ヒュォォ……』


 バルコニーに繋がる扉が、カタリと音を立て開き、カーテンが大きく揺れた。

 冷たい風が入り込み、その先には二つの人影があった。

 聖獣レイライブの炎に照らされ、人影の正体が明らかになる。

 一人は八葉ハマンドフ、もう1人は、タイワァス神官サイルマーヤだった。


「陛下、サイルマーヤを連れてきました」

「入れ」


 ハマンドフの言葉に、皇帝は言葉少なめに答えた。

 二人の男は部屋の中に入り跪いた。


「依頼のあった物をお持ちしました」


 サイルマーヤが口を開く、そして手に持っていた箱を掲げるように差し出した。


「そこへ」


 皇帝の言葉に、ハマンドフがサイルマーヤから箱を受け取り、中身を取り出す。

 中には小さい器に入った料理、そして何点かのお菓子が入っていた。

 ハマンドフはそれを丁寧に取り出し、皇帝の前に置く。


「器に入ったスープが、すでに報告したラーメンでございます。後はコルヌートセルにて、ノアサリーナ様一行が、作られたお菓子の数々。それからカロメーと呼ばれる菓子でございます」

「そうか」

「でも、本当にそのような物でよかったので?」

「かまわぬ」

「そうですか。私としても、帝国にある数々の都市での便宜、ヘーテビアーナにかかる紹介状と、多くの手配をしていただき嬉しい限りですが、対価がその程度で良かったというのは……いささか意外です」


 皇帝はそれに返事をしなかった。

 チラリとサイルマーヤを一瞥し、まずラーメンを手にとりスープを飲んだ。


「この入ったスープ……確か帝国の材料。後は南方のものか……。それにこの菓子は……まあ良い」


 それだけ言うと皇帝は食事を再開した。

 ハマンドフが給仕し食事を続ける間、その間ずっとサイルマーヤは跪いたままだった。

 食事は続き、夜は終わり、朝日が昇る。

 たまにそばを通る聖獣レイライブの赤い光と、朝日が差し込む宮殿の一室は静かなものだった。

 食事はゆっくりと進み、ずっと無言だった皇帝が口を開く。


「人の歴史は積み重ねだ。武術、医術、魔術……建築に、法、あらゆる事が積み重ねにより進歩する。崩れることもあるが、人の営みが続く限り、積み重ねる歩みは続く」

「はい」

「料理もそうだ。急には異質な物は現れない。最初の一歩は必ずある」

「はい」

「故に、食は面白い。数限りない工夫が車輪のように回り進む。そうは思わぬか?」


 そこで初めて皇帝はサイルマーヤをちらりと見た。


「えぇ……はい。美味しい物は私も好きです」


 皇帝はサイルマーヤの言葉に、少しだけ片眉をあげ「では、下がれ」と言った。


「それでは、失礼します」

「剣は、あらためて預ける。引き続き使え」

「よろしいので?」

「どうせ、終わりの時にはお前も戦うだろう?」

「もちろん、そうありたいと考えています」


 そう言って、サイルマーヤは静かに下がる。

 その後も食事が続き、全てを食べ終えたのは、宮中が朝を迎え人が働き始める頃だった。


「下がれ」


 食後の飲み物として用意された茶を前に、皇帝は一言呟く。

 命じられたハマンドフが音も立てず去った後、皇帝は窓から外をみた。

 聖獣がまき散らす火の粉と、朝日が昇り、明るさが増す空を眺め続けた。


「……異世界の人間か」


 そして、皇帝は呟いた。小さく、小さく、とても小さな声で。

 噛みしめるように。

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