第501話 閑話 舞踏会の夜に その2

 帝都から、少しだけ離れた山の奥に、その一団はいた。

 黒い鎧、黒い服。全身黒ずくめの一団。


「ギャーハッハッハッハ」


 そのうち、1人が笑い転げていた。

 遠く見える聖獣に照らされた宮殿を眺め、ただ1人、狂ったように笑っていた。


「決着がつきましたか?」

「付いた。付いたとも、最高に面白い見世物だ。ギャッハッハッハ」


 足をバタバタと動かし、座っていた椅子から、男は転げ落ちる。


『バシャ』


 湿り気を帯びた地面に、小さく水音をたて男は落ちたが、気にする様子はない。


「ギャーハッハッハ」


 立ち上がることもなく、濡れ、土に汚れてもなお、笑い転げていた。


「主様、何があったのか、教えてもらえんですかのぉ」


 鎧姿のマルグリットが、男を見下ろし尋ねた。


「あぁ。リーダが女に化けて第3皇子に近づき、力を封印したあげくだ……ギャッハハハ、顔面に一撃を喰らわせた。ギャッハッハ」

「ほぉ」

「女性に化けたですか、もしや、それは、魔法でございますか?」


 鉄製の鳥かごに腰掛けた一人の老人が男へと問う。


「そうだ。クワァイツ。これで確定だ」

「んぐっ」


 鳥かごに座った老人クワァイツは、言葉を失った。

 あまりの驚きぶりに、老人はバランスを崩し、腰掛けていた鳥かごが揺れる。

 ぐらぐらと揺れる鳥かごの中に入っている何かが倒れ、ゴロリと低い音が響いた。


「理解できるか」

「それはもぅ」

「つまり、あの皇帝ですら、奴らの魔法の使用を咎められなかった……そういうことですか?」

「それしかあるまい。奴らは王剣による制約を回避する何らかの方法を有している、もしくは、王剣で把握できない魔法を手に入れる術がある。それも自在に! 望む魔法を!」

「王の権力を象徴し、領地権限を行使できる魔導具……王剣でも制御できない? では、ノアサリーナ達は、王剣もしくは王すら超える力を持つと?」

「さすがに、その判断は時期尚早じゃ、バビント。少なくとも、王剣の制約を排除する方法なら、いくつかあるのでな」


 バビントが熱を持った言葉を発し、それに鳥かごを元にもどしつつクワァイツが、答えた。


「しかし主様、魔導具や、バビントのように変装するという手もあるのでは?」


 そんな白熱しかけた会話に、マルグリットが首を軽くかしげ、水を差すような、のんびりとした声をあげる。


「いや、ノアサリーナとリーダの2人は、八葉ハマンドフと馬車に乗ってやってきた。それなりに長い時間同席していた。なんのためだ? 2人を調べるためだ」

「つまり、魔導具や変装では、ハマンドフを騙せないということですかのぉ」

「ということじゃな。それにしても、ハマンドフとは、懐かしい」


 鳥かごに腰掛けた老人クワァイツが、白いあごひげをなで、しみじみと言う。

 とても懐かしそうに。

 だが、クワァイツの優しげな顔とは逆に、バビントは険しい顔をしていた。


「バビントは何か気になる事があるのかの?」

「あぁ、いや、ハマンドフからノアサリーナはどうやって逃げおおせるつもりなのかと」


 そう言ったバビントに、主様と呼ばれている男は事も無げに口を開く。

 笑い転げ、寝たまま起きることなく、そのままの状態で、口を開く。


「奴らのことだ、何かまだ仕掛けを残しているに決まっている」

「ハマンドフら、八葉から確実に逃げる方法……を、ですか?」

「さぁな。だが、ハマンドフ達はノアサリーナを追わぬ。あの時、アヴトーンは、追い払えと言っていた。殺せでもなく、捕らえろでもなく……な」

「それはなぜ?」

「未知の攻撃を恐れたのか、別の意図があるのかわからないが、皇帝であるアヴトーンの言葉だ。ハマンドフは、追い払うため動くだろう」

「そうですか。主様、ありがとうございます」


 バビントは、大きく頷く。だが、その顔はまだ晴れてはいなかった。


「なんだ。まだ何かあるのか? バビントは何についても考えすぎるのぉ」


 そんな難しい顔をしたバビントに、マルグリットはからかうように言った。


「マルグリット様が、考えなさすぎなだけでは」

「フォホホ。しかり、しかり」

「ギャッハッハ。そうだな。マルグリットはもう少し頭を動かした方がいい」

「主様まで、酷いものだ」


 マルグリットがぼやきつつ、顎を撫でていたときのことだ。


「奴ら……ミランダと手を組んでいたのか?」


 笑い転げていた男が立ち上がり、空の一点をみつめて言った。


「遠すぎて見えませんな」


 座っていた鳥かごから降りて、男の側にかけよったクワァイツが目をこらし言う。


「ふむぅ。竜……なにやら、相当、立派な竜に乗っておりますな」

「なるほど。奴らの切り札……」


 そして男が、さらに何かを言おうとしたとき、空の一点が白く光り輝く。


「あれは、石の靴……対……ギャッハッハ。なるほど。こうやって、予言を破壊するか。帝国中枢監視の前で、ド派手に! ギャッハッハッハ、ギャーッハッハッハッハ!」


 再び、男は狂ったように笑いだす。

 笑いながら少しだけ前に足を踏み出したが、足がもつれ、男は再び転んでしまった。


「ギャッハッハッハ」


 ビチャリとぬかるんだ地面に頭をぶつけたが、男はものともせず笑い続ける。


「マルグリット、何だあれは?」

「分からぬ。光だけしか見えぬ」


 クワァイツの問いに対し、マルグリットは首を横に振る。

 そこに、一羽の鳥がヒラリと舞い降りた。

 その鳥は、ゆっくりと歩きながら、人の姿へと変化する。


「さっさそくだが、アレはなんだ?」


 鳥から人へと姿を変えたのは、イオタイトだった。

 バビントが、ちらりとイオタイトをみてから、遠くの空に輝く一点を指さす。


「空飛ぶ……砦だ。ノアサリーナ達は、竜に乗り、砦に降りていった」

「空を飛び、光り輝く砦の魔導具……あんな物が」

「あの時の……そうか、あれで逃げおおせるつもりだったのか」


 イオタイトは続き、自分が見たことを説明する。

 ある者は恐れを持って、ある者は興味深くイオタイトの話を聞く。


「ご苦労だった。イオタイト」


 その間、ずっと笑い転げていた男は、ふらりと起き上がり、イオタイトに声をかけた。


「いや、ほんと、苦労したっすよ。主様」

「ギャッハハハ、お陰で楽しめた。さて、これで帝国は予言により弄ばれる道を外れよう。つまりは帝国の……イフェメトの狂いは正される。だが、次はヨランだ。さて、奴らは……リーダは、どう出る? 楽しみだ」


 そして、再び笑いながら、言葉を続ける。


「イフェメトは国が狂っていたが、ヨランは王が狂っているぞ。奴らがどう出るかが楽しみだ。ギャーハッハッハッハ」


 男は、遠く見える霊獣に照らされた宮殿を眺め、延々と笑い続けた。

 とてもとても楽しそうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る