第497話 おくじょうへ、そらへ

 まずい。

 慌ててノアが後を追い、オレも続くように部屋から出た。

 外に出たクローヴィスは大声で喚きだしていた。


「お母さん! お母さん! リーダが! リーダが!」


 泣きながら剣を振り回し駆けて行く。


「ちょっと待って、クローヴィス」


 ノアも慌てた様子で追いかけ、オレも後に続く。


「リーダが! リーダが! お母さん! お母さん!」


 クローヴィスは、ひたすらに泣きながら剣をぶんぶんと振り回し、走り続けていた。


「クローヴィス、そこを右」


 走って追いかけながら、ノアが指示を出し、それにクローヴィスはなんとか従いながら、先に進む。

 いや、相当不味い。クローヴィスを先頭にしてはおけない。

 今日は、なんでもかんでも、やることが裏目に出る。


「待て、貴様ら……いや、何だ?」


 そんなクローヴィスの前に、2人の兵士が立ち塞がる。

 慌てた様子で槍を突きつけるが、クローヴィスは無視して突っ込んでいく。

 不味い、不味すぎる。

 そう思ったが、クローヴィスは難なく2人の兵士を剣でねじ伏せ駆け抜けていった。


「クローヴィスすごい」


 ノアも驚いた声を上げ、その後に続く。オレも更に続く。

 泣きながらデタラメに剣を振っているのに、あいつ、あんなに強かったのか。

 それから先も向かってくる兵士達を、クローヴィスが次々と剣でなぎ倒していく。

 赤いマントをひるがえし、金色に輝く剣を振り回し進む。

 あれで泣いていなければ格好いいのに。

 とはいえ、泣きながらもヒラリと身をかわし、剣でカンカンと小気味よい音を立てなぎ倒す様は頼もしい。

 本当に、お母さん、お母さんと、泣きわめいていなければ、最高だったんだがな。


「アハ……アハハハハ」


 最初は心配そうな声を上げていたノアだったが、また笑いだした。

 たまに「クローヴィスうるさい」と言いながら、笑っていた。

 楽しそうに笑っていた。

 泣きわめきながら先頭を進むクローヴィス、大笑いするノア、そして女装し血まみれのオレという状況で、進んでいく。

 上へ、上へと。


「子供が追われている」

「遠巻きに」

「網を持ってこい」


 思うつぼとはわかりながら、兵士達の声が飛び交う中、追っ手が少ない方へとオレ達は進んでいく。

 たまに立ち塞がる兵士をなぎ倒しながら。

 そして、さらに1人、白い鎧姿の女性が立ち塞がった。

 あれは何度も見た……ジャルミラだ。

 彼女にここで蜂合ったのは偶然だったようだ。

 さすがにあれには勝てないだろう。


「クローヴィス!」


 少しだけ落ち着いてきたクローヴィスに、声をかけるも、彼は「リーダが、リーダが」と、喚きながらジャルミラに突っ込んでいく。


『カン、カカン』


 小気味よい剣戟の音が続く。


「お、落ち着きなさい。迷子?」


 ジャルミラがあげる心配するような声も聞かず、クローヴィスは鋭い剣裁きで追い込んだ。

 そして軍配はクローヴィスにあがる。

 よろめいたジャルミラの顔面を、フワリと飛び上がったクローヴィスは踏みつけ、先に進む。

 クローヴィスに頭を踏まれ、地面に頭を大きくぶつけたジャルミラは、気を失っていた。

 なんだか、気の毒だなと思いながら「ごめんなさい」と断って、その脇を進む。

 それからしばらくして屋上に出た。


「行き止まり?」


 行き場がなくなり、グルグルと辺りを見回すクローヴィス。

 ようやく泣き止んでくれた。


「そうなの。ここから、空を飛んで、皆の所にいくの」


 ノアの言葉に、クローヴィスはコクリと頷いて、即座に銀竜の姿になった。

 慣れた様子で飛び乗ったノアを確認すると、フワリと浮き上がった銀竜クローヴィスは、クルリとUターンして、後ろ脚でオレを掴んでいくと大きく羽ばたき上昇した。


「あの光。飛行島が見える、あっちに」


 そして、ノアの声が聞こえた。

 進行方向の先に、光に照らされた飛行島が見えた。

 ウィルオーウィスプの強力な光に照らされた飛行島に、帝都上空を守る飛竜達は目を奪われていた。


「うん。この隙に突っ込むよ」


 銀竜クローヴィスがグングンとスピードを上げる。

 だが、さすが帝都の守りというべきか、すぐに対応してオレ達に向かってきた。


「クローヴィス!」

「大丈夫、ノア。さらに、上だ!」


 すごい勢いで急上昇する。

 飛竜を避けつつ、複雑な軌道で空を進んでいるのだが、怖い。


「聖獣が!」

「大丈夫!」


 すごい重力を感じ、聖獣レイライブの側をすり抜ける。

 チラチラと舞う火の粉がオレ達を照らし、火の熱さにチリチリと音がした。


「何かがくっついてる」


 そんな聖獣である火の鳥レイライブをしのいだ直後、クローヴィスが悲鳴のような声をあげた。


「なにか?」

「尻尾に! 尻尾の所に」


 思い切り身体を捻らせて尻尾の方を見ると、そこには、一人の女性がつかまっていた。


「フフフフ」


 ぶんぶんと振られる尻尾の先に掴まっている、青いドレスの女性。

 ミランダ!

 なんでこんなところに。

 それは世界最強の呪い子と呼ばれる、氷の女王ミランダだった。


「よっと」


 ブンブンと振り回される尻尾など関係ないとばかりに、フワリと彼女は尻尾の上に立つ。

 そしてノアの方へと近づいていく。


「なんでミランダがいるの?」


 クローヴィスの陰に隠れ、2人の姿は見えないが、ノアの責めるような声が聞こえる。


「帝国に遊びに来てみたってわけ。そうしたらさ、ドレス着たリーダが血まみれじゃない? もうビックリしちゃってねぇ」

「ミランダは、あっち行って」

「つれないわねぇ」

「どっか行ってよ」


 クローヴィスとノアが、早くどこかに行けと、ミランダに訴える。

 だが、ミランダはそれをケラケラと笑いながら聞き流していた。


「楽しくお話しましょ?」

「もぅ。いいの! ミランダはどっかいっちゃえ」

「そうだ。そうだ」

「はいはい。じゃあ私、リーダの隣に行くね」

「行っちゃダメ」

「どうしようかな。リーダは大丈夫そうね……血だらけだったからビックリしたのよ。本当に。ねぇ」


 この状況にもかかわらず、ミランダは楽しそうだ。

 クローヴィスは、そんなミランダに気を取られているせいか、右に左にと、大きく蛇行しながら飛んでいた。

 そんな状況だから、帝国の飛竜も、取り巻くようにしながら距離を詰めていた。


「ミランダ。今大変なんだ、からかうのは後にしてくれないか」

「うーん、どうしようかな」


 必死のお願いにもかかわらずミランダは、暢気なものだ。


「話なら、後で聞くから」

「ウフフ。そうね。今日の私は気分がいい。あの光るところに行きたいんでしょ、手を貸してあげる」


 ミランダはそう言ってふわりと、クローヴィスの背から飛び降りた。

 落ちるに身を任せるミランダと視線が合った。

 彼女はニコリと笑うと手を振り、空中に静止するように浮いた。


『ビュオゥ』


 冷たい風が吹き荒れ、一瞬だけ視界が白に染まる。

 直後、目に入ったのは、凍った飛竜達だ。


「今日の私は気分がいい。リーダは人を殺さないことを希望しているようだから、お前達も助けてあげる」


 そう言ってパンと手を鳴らす。

 すると何匹かの飛竜が氷漬けになって落ちていった。

 任せても大丈夫そうだ。

 さすがミランダ。圧倒的だな。


「クローヴィス、早く飛行島に」

「わかってる」


 ミランダの手助けもあり、あっさりと飛行島へとたどり着く。

 向こうもオレ達を迎えに来ていたようだ。


『パパーン』


 微妙なファンファーレと、眩しいくらいに輝く飛行島に、出迎えられる。

 飛行島の上で、乱暴にオレが降ろされた後、ノアがクローヴィスから飛び降りた。

 皆、無事だ。

 ゴロリと仰向けになって空を見る。

 昼間のように明るい飛行島から、空の星は見えなかったが、達成感があった。

 終わった。


「ざまぁみやがれ、ナセルディオ!」


 やり遂げた嬉しさから、オレは思わず大きく叫んでいた。

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