第498話 しょうりのりゆう
「おかえりなさい」
「お風呂、どうでした?」
「さっぱりしたよ」
家に戻って最初にしたことはお風呂に入ることだった。
戻って言われて初めて気がついたことだったのだが、オレは血にまみれた格好だった。
つまりカガミに借りたドレスを着た女装姿で、黒死の輪により体中を怪我していた彼の血を、一身に浴びてしまっていたといわけだ。
「やばい、リーダ、怖すぎ。すぐお風呂、お風呂」
ということで さっさと風呂に入って来いと言われてしまった。
そして、さっぱりしたが状況で広間に戻ってみるとノアが小芝居をしていた。
「ばっきー! お前は終わりだ!」
「やーらーれーたー」
ロンロと一緒になって、二人で小芝居をしていた。
あれは、オレがナセルディオをぶん殴った所か。
芝居の流れから、ロンロがナセルディオ役をやっているのか。
もっとも、ロンロの姿は、オレと同僚達以外には見えないので、他の人にはノアが一人で動いているように見えていることだろう。
その様子を見て、やんややんやと大盛況だった。
ゴロゴロ、ピチピチと、転がり回るモペアとウィルオーウィスプを見る限り、奴らには特に大受けしているようだ。
「おかえり」
オレが風呂から戻ってきたことに気がついて、ノアがタタッと近づいてくる。
「あのね。あいつをぶん殴ったところをね、みんなに教えてあげたの」
「そっか」
「リスティネル様が急に大笑いしていたから、大丈夫だろうって皆で言ってたんスけど、こんなことがあったんスね」
大笑いね。
オレは割と必死で、いっぱいいっぱいだったんだがな。
あの死地での、オレの頑張りに対して、余りに他人事なコメントが辛い。
「ノアノア! もう1回初めから」
オレに近づいてニコリと笑ったノアに対し、ミズキが声をかける。
「うん」
大きく頷いたノアは、先ほど小芝居をしていたところに戻って行った。
「ぶっちゅう」
ノアの唐突な一言。
一斉に、皆がゲラゲラと笑い出す。
そこからやってんの?
オレのトラウマ級の出来事から。
「それにしてもリーダがあそこまで、体を張ってくれていたなんて、ありがとうございます」
涙目のカガミが、オレに礼を言う。
感激の涙じゃないだろ。それ。
潤んだ目でお礼をいうカガミを見て、絶対笑い過ぎの顔とオレの直感が告げる。
「いや、本当に、すごいス。真似できないっス」
何言ってやがるんだ、プレイン。オレもお前みたいに酔っ払って全裸で走れないよ。
「いやいや。本当にすごいよ。リーダ。かっこよすぎ」
皆が口々に賞賛するのだが、全然嬉しくない。
そんな中も、ノアの芝居は続く。ナセルディオを思い切りぶん殴って、それから啖呵を切って、逃げるところだ。
ちっ。クローヴィスが泣くシーンはカットか。
いろいろあって、屋上に逃げたところで、小芝居は終わった。
「そうそう。クローヴィスがあんなにならなきゃ、もうちょっとスムーズに帰れたんじゃなかったか?」
ついつい愚痴ったオレに対し、クローヴィスが口を尖らせて言う。
「ボクだって怖かったんだ」
「それは……確かにクローヴィス君も怖かっただろうね」
だが、そんなクローヴィスに対し皆が同情的だ。
「まぁな。女装した知り合いのおじちゃんが、血まみれで近づいてくるんだ。暗がりで、アレを見たら、マジで怖いと思うぞ」
サムソンがしみじみと言った、その言葉で、確かにそれは怖いかもしれないなと考えてしまった。
皆、オレを見て驚いていたからな。
「でも、クローヴィスすっごく強かったの」
フォローするようにノアが言葉を挟む。
そうそう。確かにクローヴィスは強かった。
あのガーゴイルを倒したジャルミラに対して、剣で押し切ったしな。
「うん。これのおかげさ」
そのノアの賞賛に対し、クローヴィスは腰の剣を手に取り、掲げるように持ち上げた。
宝石がたくさん散りばめられた青い鞘に入った立派な剣だ。
残像のように剣を取り巻く光がゆらゆらと揺れる。
「それは?」
「お母さんが、これを持っていなきゃダメだって」
「魔法の剣……だと思います」
「そうなんだ。これはあの伝説にもなっているクルルカンの大槍を真似て、お母さんが作った剣なんだ」
「クルルカンの大槍でござるか。確か……巨人の秘宝で、手にした者は、誰であろうと槍の達人になれるという魔槍でござろう? 火山と戦ったクルルカンのおとぎ話にでてくる?」
クローヴィスに言った一言に、ハロルドがまじまじと剣をのぞき込むように見ながら、言った。
つまり、あの剣を使えば誰でも剣の達人になれるわけか。
クローヴィスが特に剣術に強かったわけではなくて、あれを持ったら誰でも強くなるということか。
「すごいんだね」
「これがあれば、誰だって剣術の達人になれるけど、いっぱい稽古してるから、すぐにこんな剣はいらなくなるよ」
「そうだね。その意気っスよ」
「他にもクローヴィス君は何か持ってるのか?」
ちょっとした好奇心から聞いたと言った感じのサムソンに対し、クローヴィスが大きく頷く。
「後は……このマントは、エルンギヌスのマント。靴が、ジルカスの靴。それに、カケトベレルのベルトに……」
延々と続くクローヴィスの言葉についていけたのは、ロンロとハロルド。
「なんと、それほどまでのアーティファクトを全身に。さすがは、龍神でござるな」
「アーティファクト?」
「最高級の魔導具を特にそう言うでござるよ。大抵は、国宝扱いでござるな」
なるほどな。つまりは全身にすごい魔法の道具を纏っていると。
確かに、以前から気にはなってたんだよな。テストゥネル様が思った以上に放任主義なことに。言動からは、すごく過保護でないと、おかしい気がしていたけれど。
ずっと、クローヴィスが見た目とは違い、強いからと思っていた。
でも、実際は、ハロルドが驚愕するほどの魔法の道具で、全身を包んでいるから、大丈夫だってことか。
国宝級の凄い魔導具で、完全武装。そう考えると、過保護すぎるだろ。
「ありがとう、クローヴィス君。それにしても、その剣ちょっと見せてもらっていいか?」
サムソンが、剣を手に取り、マジマジと見つめる。
「どうしたんだ?」
あまりにも真剣に、剣をいろいろな方向から見ているので気になって聞いてみる。
「同じような物が作れないかと思ってな」
サムソンは手にしただけで、達人になれるような剣を見て、同じような機能を持つ魔導具を作ってみたくなったらしい。
オレ達の戦力を、強化できるのかではないかと考えたようだ。
確かに、今後の事も考えると、そういった魔導具があれば、より安心できるな。
やる気になっているサムソンに任せよう。
「これからどうするんスか?」
「そうだよね。ナセルディオから力奪った後、これで終わり?」
「終わりだ」
断言したオレに、皆が意外な顔をする。
「これ以上は不味い。放っておけば自滅する」
「断言するんだな」
「あぁ。あれは、パワハラしまくっていた上役が、権力を失った時とほぼ同じだった」
「ん、あぁ、そういうことか」
オレはあの時、ナセルディオに注がれた視線を見て分かってしまった。
彼がこれから歩む道を。
反動がくるのだ。好き勝手した反動が。
魅了の力が復活しない限り、どうにもならないだろう。
嫌々味方をしていた人が、手のひらを返すのだ。
その時、まだオレ達が近くにいれば、無駄な復讐に利用されかねない。
「オレ達の勝ち。そのうち、追加で情報が得られればいいくらいだよ。次やることは」
「私は、顔面ぶん殴った話だけで満足だけどさ。カガミはいいの?」
「えぇ。私も、あの話を聞いて……嬉しそうなノアちゃんを見て、気が晴れました」
カガミは良い笑顔で頷いた。
そして、その日は夜遅くまで祝勝会をした。
メニューはカレー。
他にも、サラダや、ステーキといった大量のメニューが並ぶ。
「もう食えない」
「わたしも! えっと……モウクエナイ」
ノアは上機嫌でたくさんご飯を食べていた。
椅子に浅くかけて「もう食えない」と、だらけたオレをみて、ノアも真似してだらけていた。
そんな、オレ達をみて、皆が終始笑顔だった。
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