第496話 あかいちをあびて

「アハハハハハハハハ」


 楽しそうに笑うノアと一緒に、追っ手から逃げる。

 ロンロが先行し、追っ手がいない道を選んで進む。

 まだ、混乱は続いているようで、オレ達を積極的に捕らえようとする人は少ない。


「下に降りるのは無理よぉ。なんだか追い込めってぇ、声が聞こえるわぁ」


 もしかして、やつらはオレ達を、屋上へと追い立てるつもりか。

 オレ達を放置しているのでなく、遠巻きに上へ上へと追い込む考えだと気がついた。

 屋上へ追い込んで、逃げ場をなくしてから包囲するつもりなのか。

 本当であれば下に降りて地上に出たかったが、そうはさせてもらえないようだ。


「このままじゃまずいな」

「あのね、クローヴィスにお願いしよう」


 忌々しく呟くオレに、ノアが振り返り提案する。

 確かにクローヴィスだったら何とかなりそうだ。

 クローヴィスは自慢するだけあって、空を飛ぶことに関しては、飛竜など目じゃないからな。スピードだってそうだし、飛竜が飛べない高度も飛んでいる。

 空を飛び、仲間達の迎えに期待する。

 リスティネルはオレ達を見てくれているはず。そうであれば、手を打ってくれるはずだ。


「了解。そうしよう」

「うん」


 そうと決まればクローヴィスを召喚しなくては始まらない。

 母親であるテストゥネル様は許してくれるかな……いや、試すだけ試そう。

 逃げながら落ち着いて召喚できる場所。

 すこしだけ隠れることができそうな、空き部屋はないかと、あたりを見ながら進む。

 空き部屋は比較的簡単に見つかった。

 扉が少しだけ開いている、真っ暗い部屋が視界に映ったのだ。

 目で合図をすると、ノアも頷く。


「誰もいないわぁ」


 ロンロの言葉に頷き、ノアとオレは、扉に体を滑り込ませるようにして部屋へと乗り込んだ。

 滑り込んだ跡、素早く、そして静かに扉を閉める。


「ウィルオーウィスプ、少しだけ照らしてくれ」


 お願いすると、部屋がほんのりと明るくなる。

 物置かな?

 そこは雑多に本や書類などが置いてあった。

 部屋の奥の方には本棚が並んでいて、その手前には巻物が入った小箱がいくつか転がっている。

 ノアがすぐに胸元からハンカチを取り出し、大きく広げる。

 そして、ペンダントを魔法陣の上に置き、静かに目をつぶり、早口で詠唱を始める。

 銀竜クローヴィスを呼び出す召喚魔法だ。

 さて、ここから先はノアに任せておこう。

 少しだけ距離を取ろうかと後ろに1歩下がった時だ。


「ううっ」


 オレの足が何かに当たって、呻き声が聞こえた。

 踏んだ感触で、人の手を踏んでしまった事に気がつく。

 誰かいたのか!

 外に光が漏れないように、控えめに光をつけてもらったのが仇となった。

 慌ててしゃがみ込み、足下に横たわる人を見ると、そこにはひとりの年若い男が倒れていた。


「ゴメンなさい……あの、大丈夫ですか?」


 そう言って肩を叩いた時、何かが突き刺さる。

 痛たっ。

 そして、ぬるりとした感触。

 思わず見た手には、ポタポタとしたたるほどの血がついていた。

 いや、何だこれ……。服が血に濡れている?

 よく見ると、服の襟から木の蔓が伸び首を……いや、首だけではない。

 もぞもぞと服の下を、トゲの付いた木の蔓が這い回っていた。


「ウィルオーウィスプ、この人をもう少し強く照らして」


 真っ黒い茨。

 木の蔓ではない、これは茨だ。

 服の至る所をぶち破り、血の付いたトゲをのぞかせたその姿はかなりおぞましい。

 そして、手の先まで真っ黒い茨が絡みつきうごめいている。

 これはひょっとして黒死の輪か。

 カガミが使って、ナセルディオに近づこうとした魔導具。

 遺物と言われた死を招く魔導具。

 本で読んだ通りだ、全身に茨が巻きついて死に至らしめる。

 これは黒死の輪の末期状態だ。

 助けるには魔法の剪定バサミで切り取る……幸い、オレは魔法の剪定バサミを持っている。

 だがショックで死ぬこともある……。

 いや。放っておけない。

 寝覚めが悪い。

 すぐに影の中から魔法の剪定バサミを取り出し、バチンとハサミを入れた。

 それだけで、茨はボロボロと崩れ去っていく。だが、最後の悪あがきとばかりに、茨は男を締め付けていった。


「ああぁっ!」


 叫び声をあげたので、とっさに手で口を塞ぐ。


「ゴホッ、ゴホッ」


 だが、咳き込み、吐いた血でオレの手は彼の口から外れ、バタバタと体が痙攣する。

 騒がれてしまうと、オレ達の場所まで見つかってしまう。申し訳ないと、心の中で謝りながら、体をバカつかせる彼をグッと抑える。


「うぅーっ! うぅっ!」


 彼は、うめきながらずっとオレに抱きついて耐えていた。

 そして、しばらくすると気を失った。

 カガミのドレスが真っ赤になる程、血にまみれてしまったが、彼は助かったようだ。

 だが、放置すると出血多量で死にそうなため、エリクサーを出して飲ませた。

 口に流し込むと、静かに光り、オレの体に突き立て剥がれかけていた爪も元通りになった。

 気は失っているが、大丈夫だろう。

 これで良し……と。


「あれ? ここはどこ?」


 ちょうどそこまで対処した時に、ノアもクローヴィスを呼び出すことができたようだ。

 のんきなクローヴィスの声が背後から聞こえる。


「うん、わかったよ。任せて! 飛竜なんかには追いつかれないよ。ボクは、あのジタリアにだって空では追いつかれないんだ!」


 ノアから事情を聞いたクローヴィスは自信満々だ。


「リーダも一緒に連れていって欲しいの」

「大丈夫。リーダもちゃんとつまみ上げて、連れていくよ。へっちゃらさ! でも、リーダは怖がっちゃうかも」


 なんてことも言っている、調子に乗りやがって。


「うん。お願い」

「あれ、ところで後ろにいる女の人は?」


 そこで、ようやくオレの存在に気がついたようだ。

 ふと、魔が差した。

 調子に乗ったコメントをしたクローヴィスに、悪戯心が起きた。


「私……」


 裏声を使って、クローヴィスに振り向くと、ニコリと笑い、自己紹介する。


「リーダよん」


 と言ってみた。


「リ……ィィィ」


 クローヴィスは尋常じゃ無くビックリしていた。


「冗談だよ、クローヴィス」


 クローヴィスは、尻餅をついて、ずるずると後ずさりながら腰の剣をすらりと抜いた。

 そして、剣をオレに突きつける。

 やばい、驚かせすぎた。


「クローヴィス、落ち着け」


 そう言って1歩前に踏み出す。ゆっくりと。


「リーダ?」

「そうだ。ごめん。ちょっと意地悪がすぎた」


 弱々しく答えたクローヴィスに、ことさら優しく声をかける。

 そこでまた自分のスカートを自分で踏んでしまい、よろめく。


「ヒィ……」


 よろめき前に進むオレに対して、クローヴィスは、何を思ったのか、パターンと扉を開けて逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る