第二十三章 人の名、人の価値
第466話 閑話 第3皇子
その地下室は、煌々とした明かりで照らされていた。
「お前がっ! リーダとかいう者の!」
『ドガッ』
「口車に乗ったせいでっ」
『ドガッ』
「私の栄光が、遠のいたではないか!」
部屋の一室で、男はひたすら横たわる女性を蹴り続けていた。
男の名は、ナセルディオ。
イフェメト帝国第3皇子。
ナセルディオはひたすらに悪態をつきながら女性を蹴り続けていた。
「おーうじ。そのあたりでぇ、止められましてはア?」
いつまでも続くかと思われたナセルディオの暴行を、ヒラリと彼の前に飛び出した男が止めた。黒い鼻のピエロ姿の男だ。
「こいつが、さっさとノアサリーナを連れてくれば、こんなことにはならなかった! 違うか?」
「落ち着いてくださぁい、皇子。いちおう、大切な生贄ですのデ」
「あぁ、あぁ。分かってる。皇帝になるために必要な部品だというのだろう」
「理解なされているのであれば、よろしいのです。ハイッ」
「だが、少しくらいはいいだろう? ノアサリーナが寄り道などしなければ、クシュハヤートが増長することはなかった! クソッ、イブーリサウトを殺した意味がないではないか!」
「ですが……ねえ。ケアルテト様、壊れてしまいますよオ」
「ふん。まったく、どいつもこいつも」
鼻を鳴らし、椅子にナセルディオは腰掛ける。
そして、部屋付きの侍女からサッと出された酒を一飲みすると、片膝をガクガクと揺らす。
ナセルディオの、いらつきが見て取れる様子に、その場は無言になった。
「あっ、あの、ナセルディオ様。報告を続けても宜しいでしょうか?」
しばらくして、紙束を手に持った女性がおずおずと声をかけた。
「よろしいですよ」
問いに答えたのは、ナセルディオではなく、ピエロ姿の男だったが、女性は頷き報告を再開する。
帝都では、ナセルディオ派は主流であること。
クシュハヤート皇子が、帝都を離れたことで、帝都における求心力は低下していること。
「ナセルディオ様が、皇帝に成られる日は間もなくと思われます」
最後に、そう言って報告は終わる。
だが、ナセルディオは首を振る。
「いや、後一押しが足りない。次なる皇帝が私であるという証しが必要だ。血塗られた聖女。石の靴……どちらかが必要だ」
「血塗られた聖女につきましてはー、フヒヒ、ここに部品がありますからねエ」
ピエロ姿の男は、ニヤリと笑いながら横たわる女性の髪を掴み持ち上げ、言葉を続ける。
「魔力も十分。そしてー仕込みも十分。これ以上の部品はありませんよぉ。大事にしていただかなくては」
『ゴトン』
そしてピエロ姿の男は、髪から手を離す。
小さな音を立てて、地面に女の頭が地面にぶつかり「うぅっ」と呻き声を上げた。
「確かに、大事だな。悪かった。血塗られた聖女。皇帝の証しのためだ。我慢するよ」
呻き声をあげた女性を一瞥し、ナセルディオが言った。
「それぇでーこそ、皇子」
小さくステップを踏みながら、ピエロ姿の男はナセルディオを褒め称えた。
「さて……どうしたものかな。そこのクズの失敗を取り戻さねば、な」
「まずは帝都を押さえるのでは? フヒヒ、せぇっかくのクシュハヤート皇子の不在。生かーさない事はありえませんよオ」
「そんなのは、すぐ終わる。そこから先だ」
ナセルディオは立ち上がり、部屋の壁に掛けられた地図をなでる。
「ふぅむ。またまたマタ、ノアサリーナに使いを送りますか?」
小さくスキップしながら、ナセルディオの後へと近づいたピエロ姿の男は、小さい声で提案する。
それに対し、ナセルディオは首を振って否定した。
「同じ事の繰り返しだ。もういい。私自らが迎えにでるとしよう。一向に来る気配がないのだ。待つのはうんざりだ」
「帝都はどうされますか?」
「全ての皇子が不在になれば、私の優位は変わらないだろう」
「クシュハヤート皇子は動きませんが、ディクヒーン皇子は?」
「あの生きている毒が、すでに解毒済みだとでも?」
ナセルディオの言葉に、ピエロ姿の男が、フヒヒと笑う。
「あり得ませんな」
「前に、食事会で見たときも、体調は芳しくも見えなかった。奴の姉からも、無理をしていると報告があったのだろう?」
「そういえば、そうでしたね。双子の弟を毒殺しようとしてまで、ナセルディオ様に尽くすお姿、涙無しには読めませんでした」
「毒が残った状態で、帝都の貴族を刈り取ることはできない……そうだろう?」
「確かに、さっすが聡明なる皇子。フヒヒ」
ピエロ姿の男がからかうように言うお世辞に、小さく頷いた後、ナセルディオは部屋を出る。
「あぁ、確かコルヌートセルだったな。儀式もあっちでしよう。準備を」
命令をした彼は、返事を待たず部屋を後にした。
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