第465話 いらっしゃいませ
さっそく、ならず者の1人に近づいた。
後ろ手に縛られた髭面は、自信なさげにオレを見上げる。
「実は、助かる方法もあります」
オレはそんな彼に、さっそく話を持ちかける。
できるだけ余裕の表情を作って。
「本当か?」
「ただし、皆さんが協力してくれる必要がありますが……」
ならず者の問いに答えつつ、御者のお姉さんをみやる。
「いいね。いいね。面白そうだ。協力しようじゃないか」
先ほどの怪訝な表情とは打って変わって、彼女は楽しそうな顔でオレを見返した。
翌日。
すべてを終えたオレは、兵士詰所に来ていた。
黄土色の巨大な石を組み合わせて作った一軒家。
「なんか……ごめんな」
そこで、サラムロを引き取る。
彼はなぜかノアに照れながら謝罪した。
サラムロは兵士詰所に収監されていたのだ。
ミズキが彼に追いついた時には既に手遅れで、イスミダルの実家である菓子商会アーキムラーキムへと行って暴れた後だった。
ちょうど兵士が彼を取り押さえた現場をミズキは目撃したらしい。
だが、大事には至らなかった。
オレの計画は上手くいき、真犯人を捕らえることによって、暴れた罪が軽減されたからだ。
そう、オレの計画。
それは黒幕を罠にはめて証拠を作る計画だ。
あれから、髭面のならず者に蓄音の魔導具を渡し、黒幕であるハシュマッタを呼び出した。
「なんだ? いきなりトーク鳥を飛ばすとは、非常識だろう」
「いえいえ旦那。モブースも、ベーンドも捕まっちまって……」
「助けるといったろう?」
「まぁ、そうなんですけど。一応、不安になったんで、報酬を先にくださいよ。いいでしょ、ハシュマッタの旦那」
「仕方ないな」
町の外。城壁の陰で行われた密談。
黒幕とのやり取りを無事録音できた。
証拠に、金貨の入った袋入り。
ついでに、別れた後、刺客までついてきた。
刺客の女性は、念の為に控えていたハロルドが取り押さえる。
「後は、あたしに任せな。面白かったよ。ついでに助かった」
加えて後始末は、御者のお姉さんが請け負ってくれた。
彼女はハサーリファ。
菓子職人ギルド長の娘らしい。
「御者は……趣味。趣味でやってんのさ」
なんてことを言って、部下を10人近く呼んで今回の一件の後を片付けてくれた。
おかげで、イスミダルの実家に押しかけ暴れたサラムロは、お咎め無しで釈放されたというわけだ。
事の発端は、10年ぶりに帝都の修行から戻るはずのイスミダルが、実家に帰らなかったことから始まった。
帰らないばかりか、ラテイフの店に入り浸るのを見て、彼の父親が感情的になったことらしい。
ラテイフが、イスミダルをたぶらかしたのだと。
理由はどうであれ、感情的にイスミダルの父親が起こした行動を、ハシュマッタは利用し、店の乗っ取りを画策したという。
ちょっとした行き違いが大事になったというわけだ。
「ラテイフさん、済まなかった」
イスミダルの父親ラジサーンは深々と頭を下げた。
今後のことは、ヘーテビアーナの後にして、今は予選に集中するという話になった。
「だって、素晴らしいお菓子ができたのですもの。今に集中しなくては」
ラテイフの決意に、オレ達も協力する。
魔法を駆使して、大量生産。
ラテイフ達は、それぞれの具材の微調整のみ。工業製品の様に、どんどんとお菓子が作られる様は、自分達でやっておきながら、驚きの光景だった。
出遅れはしたが、店は大繁盛。
御者のお姉さん……ハサーリファも大量に買ってくれた。
「さすがだよねぇ。あの面倒ごとを綺麗に対処してくれた。さすが聖女の従者」
おつきの人がたしなめる言葉も聞かず、受け取ったお菓子をヒョイと口に放り込み言った。
「色々ありました」
「この菓子も、関わっているだろ? 菓子も作り、悪党も懲らしめ、ついでに楽しんで。あたしも、今回はいろいろ楽しかったよ。んじゃま、本戦で会おう!」
そう言って、手をパタパタと振りながら去って行った。
その言葉に、いろいろ気になる事はあったが、深く考える暇は無い。
忙しすぎて、殆どオレ達は出ずっぱり。
飛ぶように売れるお菓子の対応に右往左往する。
オレは、茶釜で飛行島とお店を行ったり来たり。
あっという間に、予選の日々は過ぎ去った。
『ガラーン……ゴローン』
予選終了の鐘がなる。
「この町にも鐘があったんだな」
「そうっスね」
「そろそろ、店に帰ろ。どうせ売り切れだろうけどさ」
予選最終日の後半は少しだけ見学させてもらった。
ラストスパートということで大量に作ったお菓子は、ラテイフとイスミダルがメインで売ることから、オレ達には余裕ができたのだ。
見学は、交代制。
午前は、獣人3人に、ノア、クローヴィス、そしてカガミに、サムソン。
午後は、オレとプレインにミズキの3人で、回った。
一口サイズのお菓子が、どこに行っても売っていた。
色とりどりで、見るだけでも楽しいお菓子の大軍。
コルヌートセルの木工ギルドが作った箱に詰め込んで貰い、食べながら祭りを見て回る。
気に入ったら、店に木札を渡す。この木札を何枚集めたかで、予選の成績がでるのだ。
「あっ。お帰りなさい。どうでしたか?」
疲れているが笑顔のイスミダルに迎えられる。
「びっくりしました。いろいろ楽しくて、お腹いっぱいお菓子を食べましたよ」
「そうっスね。酸っぱいクッキーが良かったっス」
「さすがに、完売は無かったかぁ」
ミズキがテーブルの皿をくるりと回し笑う。
彼女が言うように、小さい雪だるまのお菓子は少しだけ残っていた。
「じゃ、余りのお菓子は山分けかな」
「ダメですよ。売り物だから」
オレの言葉を聞いて、奥から出てきたカガミが笑う。
そういや、そうだな。店の品物だ。
「それじゃ、買わせていただこうかな」
「了解」
カガミはさらに笑みを深めると、店の中に戻った。
それから程なくして、ノアが店の奥から出てくる。
少し涙目。寝起きのようだ。
「いらっしゃいませ。お菓子を買いますか?」
小さな足置きを移動させて、その上に登ると、オレを見上げてノアが言った。
「そうだね。えっと、全員分貰おうかな。オレ達と……いいや、残ってるの全部」
「えっと、全部で180……タムカ、です」
ノアが小さい指で、一生懸命数えた後、値段を教えてくれる。
計算速くなったよな。
「ちょっと待ってて」
財布から、帝国特有の銅貨をジャラジャラと取り出す。180枚取り出すのは面倒くさい。
「あのね。小箱に入れましょうか?」
「そうだね。お願い」
「あとね、銀貨2枚と、銅貨30枚で180タムカだよ」
ノアに指摘されて、そういや銀貨で払えばいいかと気がつく。
結構まごついたが丁度良かった。
お金を数える間に、ノアがしきりのついた小箱にお菓子を入れてくれた。
「はい。お金。丁度だと思うけど……」
オレは、ノアがせっせと小箱に詰めてくれたお菓子を受け取る。
お金をゆっくり数えて「ちょうどです」とノアは笑い、ギュッとお金を両手で握った。
「ありがとう」
オレもノアに笑顔で返す。
こうして、オレにとっての予選の日々は終わった。
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