第460話 おみせのしゅうぜん

「すみません。急にお願いして」

「いいえ。逆にこちらが色々と助けて頂いてるのです。こちらこそ、ありがとうございます」


 店に行きたいという希望は当然のように了承された。

 イスミダルが店の鍵を預かり同行してくれる。

 店主であるラテイフが同行する方向で話を進めていたが、襲われる可能性があるという話になり、念の為イスミダルが同行してくれることになった。

 一緒に行くのは、ミズキとオレ、そしてトゥンヘルにピッキートッキーの兄弟。加えて、ロンロがふよふよと浮いて、後をついてくる。

 ロバが引く馬車に乗って、ガタゴトと進む。

 なんだかんだと言って、町から離れたところに飛行島は泊めている。

 片道1時間、往復2時間で、お店での作業を何時間かすれば帰りは夜になるだろう。


「そういえば、イスミダルさんは、コルヌートセルの町が出身地だったんですよね?」

「えっ」

「菓子屋アーキムラーキムの」


 ロンロに確認してもらっているので、間違いないのだが、念の為、鎌をかけてみる。


「さすが聖女の従者であるリーダ様には隠し事はできませんね」


 苦笑してイスミダルが頷く。

 隠すつもりはなかったが、向こうもやはりオレ達のことは知っていたようだ。

 考えてみれば、町外れにある飛行島も、簡単に受け入れていたしな。


「ええ、私は子供の頃に、帝都にある親類の店へと修行に出されまして、随分と久しぶりにこちらの方に帰ったのです」

「じゃあ、なんであの店に?」

「そうですね。ラテイフが、職人を探してる姿に……」

「一目惚れってやつ?」

「ええ、まぁ」


 ミズキの確実に興味本位からくる質問に、イスミダルが俯きながら答えた。

 結構、いきあたりばったりだ。

 ちらりと、恋は盲目なんて言葉が頭に浮かぶ。


「それでどうされるのですか? ずっとラテイフ様には黙ったまま?」

「それは……やはりリーダ様は、ご存知なんですよね?」


 イスミダルはオレを見つめていった。先ほどの照れたような態度から一変して、真面目な顔で。


「多分」


 ご存じというのは、今回ラテイフの店に嫌がらせをしているのが、彼の父親だと言うことをいっているのだろう。

 もっとも、オレの受け取り方が間違えている可能性もあったので、ぼかして答える。


「父が、ああいう態度に出た理由は、なぜなのかは分かりませんが……でも、妨害としては度が過ぎています」


 それは、きっと店の物を壊した話だろう。

 職人の引き抜きや買い占めと違って、罪に問われる行いだと御者のお姉さんも言っていた。


「それに……」


 それからイスミダルは、さらに言葉を続ける。


「それに?」

「今にして思えば、あのお菓子を、私の工夫を父は知っています」


 例のグリーンピースみたいなのが乗ったお菓子か。

 とぼとぼと会話をしていたら、時間を感じることなく町へとたどり着いた。

 町に入ってからも、道をイスミダルへ聞くことは無かった。

 ピッキーは道を憶えていたようで、全く迷うことなく店までたどり着いたのだ。

 記憶力がいいな。


「リーダ様」

「何か?」


 店の鍵をあけ、しばらく立ち止まったイスミダルが畏まった様子で、オレに声をかける。


「やはり……一旦、父と話をしてみようかと思います」

「そうですか。それがいいですよね」

「少しこの場を外しても?」

「えぇ。どうぞ。でも、危なくないですか?」

「大丈夫です。父に……会いに行くだけですから」


 少しだけ心配になったので、ロンロに後をついて行って貰う。

 ついでに情報収集もお願いする。

 イスミダルから鍵を預かり、ぼんやりとピッキー達の仕事を眺める。

 トゥンヘルさんの指導のもとに、トッキーとピッキーがちょこまかと動いていた。


「そうだ。そうやって、端から端まで測るんだ」

「こうですか?」

「そうそう。おっと、トッキー、糸は利き目だけで、見るんだ。そう、片目で」


 今はサイズの測り直しかな。

 印のついた糸を見ながら、地面に数を書いている。


「次は、扉に板をはめます!」

「いや、その前に店の中だ。テーブルを仮止めしよう」

「はい! トゥンヘル親方」


 荷物を持って、店の中に3人が入る。

 外れた窓から、ちょこまかと仕事している様子が見えた。

 トッキーとピッキーは、楽しそうに仕事をしていて眺めるだけでも楽しい。


「うんうん。2人は、頑張ってるね」


 しばらくすると店からトゥンヘルが出てきた。


「えぇ。私達の無理難題にも答えてくれます」

「なるほどな。作ったり壊したり、試行錯誤によって、地力がついたのか」

「どうですか?」

「店? 2人のこと?」

「どちらもですかね」

「お店は、内装を修理するのは急いでも10日かな。外面だけだったら明日にでも完成するな」


 トゥンヘルは、ニコニコしながら断言する。

 すごいな。

 今見えている店は、壁に穴が開いていたり、扉も壊れていて酷い状況だ。

 1日で修理できるのか。


「思ったより早くて驚きました」

「ピッキー達の見立ての正しさと、腕がいいからね。特にピッキーは将来凄い職人になるよ」

「へぇ」


 ピッキー達が褒められるのは、自分のことのように嬉しくなる。

 特に、日々の努力を見ているだけに、嬉しさもひとしおだ。


「おかげで少しだけ凝った装飾も施せそうだ。それと、商品を置くのはあんなテーブルでいいのかい?」


 トゥンヘルが、通りの向かいにあるお菓子屋を軽く指さす。

 小さなお菓子がやや傾斜のついたテーブルがあった。

 テーブルには、色とりどりのお菓子が真っ白いお皿に並べてある。


「どうやって売るかまでは考えていませんでした。あとで、イスミダルさんが戻ったら相談しましょう」


 確かに店の中まで修理することが叶わないなら、店先に売り場を作るしか無い。

 売り場をどうするか……か。

 これからのことを話していると、浮かない顔でイスミダルが戻ってきた。


「お待たせしました……それで、お店の方は?」

「内装までは時間がかかるようです。ただ、店先だけなら明日にでも大丈夫だそうです」

「それはすごい」


 予想以上の朗報だったようだ。

 イスミダルが相好を崩す。


「それから、売り場ですね。お菓子をどうやって売るかを相談したいと思います」


 帰り道、イスミダルは話し合いの事などは言わなかった。

 そして後を着いていったはずのロンロは、イスミダルが戻った後も戻ってこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る