第442話 サートゥールおおはしにて

「どうだった?」

「そうねぇ。イブーリサウト皇子って暗殺されちゃったらしいわぁ」


 夜中に、ロンロの報告を聞く。

 神官達は、帝国の内情には深入りしないという方針がある。

 だから、神官には世俗のことという判断なのだろう。

 彼らは、第2皇子が亡くなったことについては詳しく知らなかった。

 ということで、知っていそうな、騒いでいた人達の所へロンロに偵察へと行ってもらった。

 行進の参加者、特に貴族や諸侯から派遣された人達は、第1皇子派から第4皇子派まで、四つの派閥があるらしい。

 確かに言われてみると、いくつかのまとまりがあるなと思う。

 第4皇子派は数が少ないそうだ。

 そして、どの人達も皆同じ話をしていた。

 第2皇子の暗殺。

 それは油断からだったらしい。

 何かの理由で、恨みを買った町娘による報復。

 詳細は伏せられているらしいが、噂が噂を呼び、人によって言うことは様々だったそうだ。

 ともかく、第2皇子が亡くなったことは間違いないらしい。

 ということで、それらの情報を受け取った人達が今後の身の振り方を話し合っているという。

 オレ達に気を遣って、できるだけ静かにしているようだが、第2皇子派はその死を悔やんで喪に服する者も多いようだ。

 一旦領地にもどり、これからのことを話し合いたいという人も多いという。


「なんというか、不謹慎だが、少しほっとしたぞ」

「えぇ。恭順か、死……なんて迫られなくて」

「とりあえずは希望があるんだったら、諸侯の人達の希望にはできるだけ沿おう」

「そうっスね」


 イブーリサウトの問いには答える必要がなくなった。

 ということで、方針を変更する。

 オレ達は、マークシートにによって集められた意見をできるだけ叶えるという方向で進めることに決める。


「とりあえず、次の町に行ったら行進の終了を宣言しません?」

「そうだな、俺もカガミ氏の意見に賛成する」

「行進の解散を宣言して、それから諸侯から派遣された人達にお願いをするか」

「それで、ついでに民衆の人達を、送ってもらうんスね」

「そういえば、近々タイアトラープで追加の働き手を募集するそうです」

「うん。聞いた聞いた。なんかさ、船を作いっぱい作るからってことだよね」

「マークシートの回答を書き換えたいって人もいましたし、聞き直すのもいいと思います。思いません?」


 行進の解散という点については、異論は無かった。

 このまま行進を続けると、魔物の襲撃のように、また予想外の戦いに出くわすかもしれない。

 やはりあれはオレ達を狙ったものではないかと思っている。

 となれば、次の襲撃があればまた非戦闘員である民衆も巻き込む。

 戦うつもりがない人を、戦いの場に置きたくはないのだ。

 それから数日。

 ざわめいていた諸侯達が落ち着いてきた頃、大きな丘を登り、見下ろした先に巨大な橋が見えた。

 茶色い土地に、目立つ灰色の橋。

 近づくと、巨大な石を積み重ねて出来た橋だとわかった。


「サートゥール大橋ですねぇ」


 サイルマーヤが教えてくれる。


「すごく大きな橋ですね」

「コルヌートセルの町と聖地タイアトラープをつなぐ巨大な橋です。長さは10ロックペスソスを超え、皇帝直属の騎士隊が隊を乱さず走り抜けられる幅。さらには……耳をすませてください、水音が聞こえるでしょう?」


 言われて耳を澄ませると、小さいが地鳴りのような音が聞こえる。

 行進のざわめきがなければ、きっとはっきりとした音で聞こえるだろう。


「実はですね、この下を大きな石造りの水路が通っています。で、でしてね、あの橋の中をずっと伝って、コルヌートセルまで水を届けているのです」

「それはすごいですね」

「2代目、そして3代目皇帝がその生涯をかけて作られた、橋です」


 スケールがすごい。


「では、あの橋を渡ったら」

「あと少しでコルヌートセルの町です」


 幅が広く先が見えない橋。

 そこを抜けて、何日か進むと、コルヌートセルの町……お菓子の祭典ヘーテビアーナがおこなわれる町だという。

 遠く離れた場所から見える灰色で巨大な橋にワクワクする。

 人の手であれだけ大きな橋を作ったという事実に興味がつきない。

 近くに見えた、その橋は意外と遠くにあった。

 緩やかな山を下り、道なりに進んでいく。

 結局、サートゥール大橋の近くまで来た時には、日が落ちかけていた。


「ここで野営しません?景色を楽しみながら渡りたいと思います。思いません?」

「確かに、全体像を見ながら進みたいしな」


 綺麗な夕焼けを背にしたカガミの提案に頷く。

 そして、それは行進が野営の準備をしていたときのことだ。

 突如、橋を覆い隠すかのように白い煙が立ちこめた。


「今度は何だ?」

「また魔物っスかね?」


 異常事態に気づいたサムソンとプレインが、海亀の小屋から飛び出し、外を見て声をあげる。

 ミズキは、海亀の背から飛び降り、茶釜を呼び寄せる。

 神官達も警戒の体勢をとった。

 つづいて、諸侯たちの物見も前方へと近づいてきた。

 民衆達も、野営の準備をする手をとめ、集まってくる。

 そんななか、高い笛の音が響く。

 笛の音に反応するかのように、白い煙は突如大きく膨らんだ。

 でもソレは一瞬のことで、すぐに白い煙の膨張は止まり、それから、ゆっくりと煙が晴れていく。

 煙が晴れた先には、2体のとても巨大な人影があった。


「あれは……あれは……」

「いや。なぜ、ここに」

「陛下が、まさか……」


 諸侯から派遣された人達の中から声が聞こえる。

 彼らは何か知っているようだ。

 あとで聞いてみた方がいいかもしれない。

 だが、大規模な襲撃というわけではないようだ。

 少なくとも諸侯が派遣した騎士達は臨戦態勢にはなかった。


『ズゥン……ズゥン……』


 お腹に響く、低い音。地鳴りを伴う足音がする。

 ゆらりゆらりと巨大な人影は近づいてくる。

 それはゴーレムだった。

 辺りは日が落ちかけていて、もうすぐ真っ暗になるだろうという頃。

 かろうじて、火を焚かなくても何とか前の風景が見える、その程度の明るさの中。

 突如現れた2体のゴーレム。

 1体は右手が大きく、もう1体は左手が大きい。

 草を編んで作った冠を頭に乗せた上半身裸の戦士……そういう出で立ちに彫刻されたゴーレムだ。

 まるで橋を通せんぼするように立ちはだかる2体のゴーレム。

 続いて、笛の音が聞こえてくる。

 先ほどと同じ高い音色で、ピーヒャラピーヒャラと。

 よく見ると、それはゴーレムの頭上に乗った人物が吹いているものだった。

 軽快な笛の音に応じて2体のゴーレムはそろって、大きな足音を響かせ、ゆっくりと近づいてくる。


「やはり!」

「バウーワブの対巨像だ」


 ざわめきの中で、あのゴーレムを呼ぶ声が聞こえる。

 有名なゴーレムのようだ。

 それに空気が変わった。

 行進に参加している多くの人が、緊張した面持ちでオレ達と2体のゴーレムを見ていた。

 のんびりとした様子ではなくて、刺すような緊張を含んだ視線だ。

 緊迫した空気の中、オレ達が乗る海亀のすぐ前までやってきた。

 あのゴーレムが巨大な手を振るえば、海亀もろとも無事では済まないだろう。

 巨大なゴーレムの手がひどく恐ろしい兵器にみえた。


「聖女と呼ばれた者……ノアサリーナはどこだ?」


 ゴーレムの頭上から、声が響く。


「私なら、ここでございます」


 ゴーレムの目が白く光り、その光にノアが照らされる。

 まるでスポットライトのように。


「ノア」


 小さく呼び掛けたオレにノアは頷き、スッと背筋を伸ばした。

 緊張しているのだろう、手が震えていて、もう片方の手で震える手をギュッと握りしめている。

 だけど、その目はゴーレムを静かに見返していた。

 微笑んで見返していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る