第443話 3つのしつもん
かってギリアの領主ラングゲレイグは、オレ達が納品したゴーレムをシンプルな姿だと言った。
目の前にいるゴーレムを見ると、確かにそうだなと納得する。
2体のゴーレムには、凝った彫刻が施してあった。
元の世界であった大理石の彫像のように。
風でたなびく服でも着ているかのように、布の皺も彫刻されている。
そして足を動かすごとに、青い光の線が腕と足に走り、大地を踏みしめる度にゴーレムの体から光が飛び散った。
一歩、ゴーレムが踏み込むと、ディテールの細かさがより見て取れた。
「お前に聞きたいことがある」
ゴーレムの頭に乗った人物が立ち上がりよく通る声で言った。
「何を、お答えすればいいでしょうか?」
ノアは落ち着いた様子で、声を返す。
「質問は3つだ。この行進は何のためにある。この行進の主はお前か。お前の望みは何だ」
ゴーレムの頭上から、手に持った巻物を広げ、男の声が響いた。
「いきなりの質問」
というか、今まで影も形もなかったゴーレムと、その乗り手が現れて質問する状況。
不意打ちだ。
どうする?
というか何者なんだ?
イブーリサウトは、死んだという。
他の皇子?
未だ詳細のつかめない皇子の使いなのか?
「ノアァ、ちょっとだけ待っててぇ。皆にも教えてくるわぁ」
ロンロがふわりとノアの側にいき耳打ちし、ノアは小さく頷く。
こういうとき、他の人には見えないロンロはとても頼りになる。
頷くノアに満足し、ロンロは小屋の中に入っていった。
小屋の中にはサムソンがいる。
ノアの側で動けないオレの代わりに、対応を協議するのだろう。
となれば、オレの役割は時間稼ぎだ。
「失礼ではございますが、名前を教えていただけないでしょうか?」
微笑むノアの横に進み声をあげる。
ノアはオレをチラリと見てホッとしたように頷く。
今までの作り笑顔が少し崩れる。
まずは、向こうの素性を確認するついでに時間を稼ぐ作戦だ。
「我らは、さる方の使いである。身元は、このゴーレムこそが保証するだろう」
「お前の主ノアサリーナは、相手によって返答を変えるのか?」
だが、そんなもくろみは相手の即答により潰えてしまった。
確かにただ者ではないのはわかる。
でも、オレ達はあのゴーレムを知らない。
「相手により答えを変えるかといわれても、相手を誰か知りたいと思うのは当然かと考えます」
「重ねて問う、相手により答えを変えるのか?」
どうする?
困った。
時間稼ぎすら許してくれない。
何も思いつかない。
「この行進は……私のお願いにより始まりました。ですから、主は私です」
ノアが意を決したように頷き一歩前に出ると同時に、大きな声で答えた。
御者台に座っていたピッキーが慌てて立ち上がり、場所を空けようとして、躓いて転げる。
「あっ……」
失敗にピッキーが焦っている。
上手く立ち上がれず、まごついていた。
足がもつれて、上手く立てないようだ。
特に光るゴーレムの目に照らされ、焦りが焦りを呼んでいる。
「大丈夫ですか、ピッキー? リーダ、少し手を貸して小屋で休ませて」
ピッキーを、ゴーレムの光から隠すようにノアが歩みをすすめ、ゆっくりとした声で、オレに命令する。
だが当のノアも唇が青い。
一杯一杯なのが見て取れて、このままにしておけない。
「ですが」
「リーダ。どうしよう……あのね……皆と相談して……助けて」
小声で声をかけようとしたオレを遮ってノアが言った。
震える声で。
ノアも必死なのだ。
「了解。もし、ダメになったらお腹が痛いとか……寒いとか言って、時間を」
上手い返答ができず、場当たり的なことを言って、ピッキーと一緒に小屋へと戻る。
時間がない。
小屋には、カガミとサムソン、ロンロとチッキーにトッキーがいた。
「あれ、バウーワブの対巨像と呼ばれる皇帝を守るゴーレムらしいぞ」
入ってすぐに、サムソンが言った。
「ついきょぞう? 皇帝を守る?」
「ロンロがミズキを通じて側にいた人に聞いてもらったら、そう言ってたらしいです。だから、あれは皇帝の使いで間違いないと」
「1体で一軍に匹敵する力があって、手を出すこと自体が皇帝に弓を引く行為だと」
「予想以上に大事になったな」
「まぁ、第2皇子が来るってなった時点で大事だがな」
「ノアちゃんは?」
「時間を稼ぐって言ってたが、一人にしておけない」
焦りから、酷く早口になったオレの言葉に皆が頷く。
「何のため行進しているのか? この行進の主は誰か? それから、望み……だったよな」
サムソンがメモ書きを見ながら言う。
質問は3つだった。
うち一つ、行進の主については、ノアが自分であると先ほど回答した。
だから、後答える必要のある回答は2つ。
何のための行進か?
ノアの望みは?
「もう少し詳しく聞いた方がいいと思います。思いません?」
「詳しくっていうと?」
「漠然としすぎていると思うんです」
確かに漠然としているな。
これならイブーリサウトの質問の方がまだわかりやすい。
あれはあれで、答えにくい質問だけど。
「だが、質問を詳細に聞いたとして回答できるか?」
「確かに……即答を求められているな」
「なんとか時間稼ぎをするのが先決だと思うぞ」
確かにサムソンの言うとおりだ。
今必要なのは時間だ。
「返答はいかに!」
小屋の外ではノアが問い詰められている。
時間がない。
「ミズキ姉さんから伝言です」
プレインが息を切らせて駆け込んできた。
ミズキから伝言?
息を切らせて駆け込んでくるくらいだ、期待できる。
一発逆転の秘策?
「ミズキは、なんだって?」
何かあったのか? 追加の情報?
「リーダに任せる。チャチャっとそれっぽい答えをよろしくって」
丸投げ。
大体分かってたけどさ。
というかプレイン、お前もそんなに急いで言いに来る必要ないだろう。
なにか素晴らしいアイデアがあったのかと、期待したじゃないか。
丸投げって、いつものことじゃないか。
なにが、チャチャっとそれっぽい答えだ。
適当な事言いやがって。
まったく。
いや、待てよ。
適当……か。
「全員分のリスト、用意できる?」
「さすがに全員は……」
「なら、一部だけでいい。今用意できるものを全部」
「何か思いついたのか?」
「大丈夫だ。乗り越えることができる……はずだ。少なくても時間をかせげる」
ミズキの言葉でピンときたのだ。
答えは適当でいいのだと。
ただし、適当であっても否定の難しい答えが必要だ。
だが、それも同時に思いついた。
「さすがリーダ様!」
「大丈夫なんだろうな?」
「あぁ。どちらにしろ、ノアをこのままにしておけない」
「そうですね。お願いします」
カガミから紙の束を受け取る。
大きく深呼吸した後、背筋を伸ばし勢いよく小屋をでる。
勢いが大事だ。
細かい事を気にされないように、一気に進めなくてはいけない。
「お待たせしました、お嬢様。ピッキーは大事無いようです。それから、言い付けの物を持ってまいりました」
「イイツケノモノ?」
「えぇ。よろしければ、私から説明いたしましょうか?」
「そうですね」
オレのいきなりのフリにノアが大きく頷く。
そして、ゴーレムの頭上をゆっくりと見上げて声をあげた。
「お待たせいたしました。これより先は、こちらにいるリーダが説明します。リーダの言葉こそ、わたくしの思いでございます。では、リーダ、説明を」
「畏まりました。では、さきほどの問いについて、回答させていただきます。まず質問は3つありました。うち一つは、お嬢様がすでに答えたとおりです」
「ノアサリーナが、この行進の主ということだな」
「左様です。そして残り二つ。この行進が何を目的としているのか? そして、お嬢様の望み」
「そうだ。その答えはいかに?」
ゴーレムの頭上から聞こえる問いを受けて、オレは大きく深呼吸する。
「はい。残り二つは、たった一言にてお答えできます」
そして、できる限り自信があるように、ゆっくりと、はっきりと言葉を発した。
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