第429話 きめてのさくせん

 聖なる歌をフルパワーにしたことは正解だった。

 のそりと起き上がりかけていた黒く色づいたゴブリンが、緑色の体表へと姿を変え、そして勝手に倒れた。死に忘れが浄化され、死を思い出したのだ。

 聖なる歌は死に忘れを浄化し……。

 そこで、ハッと思いつく。

 聖なる歌を恐れている。

 そうだ。

 恐れていたんだ。

 魔物が進路を変えている理由に気が付いたのだ。

 つまり、魔物は後方を狙っていたのではない。

 オレ達の方へも向かってきていたのだ。

 だが、聖なる歌に驚いて進路を変えた。

 だったら、それを利用すれば……。

 オレが後少しでまとまりそうな考えに四苦八苦している間も、刻一刻と状況は進んだ。

 悲鳴のような声は聞こえなくなった。

 代わりに、雄叫びや応援の声が辺りに響く。遠くから、太鼓の響きも聞こえてきた。

 そろった掛け声が一面に響き、それから喝采の声。優勢であることが確信できる声は、聞くだけで勇気がでる。

 加えてノアの名前を呼ぶ声も聞こえる。

 戦いは優勢に続くように思えた。

 だが、どんどんと数が増える魔物に押され始める部隊が出てきたようだ。


「中央がやばい!」


 サムソンが息を切らせて戻ってきたのだ。


「ミズキは?」

「茶釜に乗って戦ってる。オレは足手まといになっていたから、一旦戻った」

「そうか。お疲れ。対策を考えよう」

「あぁ。だが、時間が無い。中央の部隊には非戦闘員が多い。戦える人間が少ない」

「ただいまぁ」


 先程から定期的に、全体の状況を見てくれている、ロンロが戻ってくる。


「どうだった?」

「なんだかぁ、魔物の動きが急に変わったのよぉ」


 ロンロが言うように、将棋の駒を並べ直す。

 サムソンの言葉とは違い、後方が一番非戦闘員が多く、オレ達の方へと近づくにつれ少なくなっている状況が見て取れた。

 そして、後方に向かっていた魔物も、前方に向かっていた魔物も、中央に進路を変えていることにも気がつく。


「どういうことだ? 中央に、魔物を引きつけるなにかがあるのか?」


 サムソンが意外そうに呟いた。

 だが、オレには理由がわかる。

 やはり、魔物は聖なる力を苦手としている。


「いや、引きつけているんじゃない。そこしか狙えないんだ」

「なんでなんだ?」

「聖なる力を恐れている……と思う。だから、歌の発信源であるオレ達を避けるし、非戦闘員が多い後方も避ける。舞の踊り手が多いからな」

「そういうことか」

「それとぉ」


 オレとサムソンが話をしていると、ロンロが腕をぶんぶんと振って、言葉を挟んできた。


「それと?」

「もう少ししたらぁ、次の集団がやってくるわぁ」


 第3の集団か。

 このまま第3波が来た場合、今でもいっぱいいっぱいな中央は崩壊しかねない。


「何とか手を打たないといけないぞ」


 中央の部隊が崩壊すると、一団は分断する。

 連携がとれなくなるか。


「ボクがもっと大人だったら、ブレスで一掃できるのに」


 中央の魔物を示している将棋の駒を指でつつきながら、悔しそうにクローヴィスが言う。

 確かにな、テストゥネル様だったら、中央に集まった魔物をまとめて一撃でやってしまいそうだな。

 ガーッと。

 そうだ。ガーッと、一撃で。


「テストゥネル様じゃなくても、ノアでもできるんじゃないのか? 星降りで、一網打尽に」

「星降り」

「あぁ、そうだよ。ここに魔物を集めて一気に」

「どうやって集めるんですか?」

「わざと中央を崩壊させる。通り道を作るような感じで。両側に非戦闘員の方達を動かしてそこで聖なる舞を舞ってもらう」

「魔物は、聖なる力を恐れて……聖なる力の無い場所に集まる?」

「どうせ崩壊するなら、利用しようということか」

「でも、ノアちゃんを前線に連れて行くんですか?」


 そこが懸念材料の一つだ。

 この襲撃に嫌な予感がしているだけに、怖い。


「大丈夫、ボクがとってもとっても空高くから皆を見渡すから」

「私も頑張る!」

「ミズキ氏と一緒に茶釜に乗って移動すれば大丈夫だろ」


 確かに、ミズキと一緒なら戦闘面での心配はないか。

 クローヴィスが空から、ミズキが側で、護衛としては頼りになるメンツだ。


「そうですね」


 それに、考えれば考えるほど、これしかないという気がしてきた。

 放置すれば中央は崩壊し、被害の予想ができない状況。

 そして、対応しなくてはならない魔物の群れ。

 そのどちらも対処できるアイデア。


「対策はしっかりとって、やるしかないか」

「うん。皆が助かるなら、私は大丈夫だよ」

「じゃ、ミズキ姉さんを呼んでくるっスよ」

「頼む。ついでにハロルドにも作戦を伝えてくれ、できるなら中央の指揮をハロルドにお願いしたい」

「了解っス」


 こうして追加の作戦が決まった。

 さっそく行動に移す。

 タイミングや状況の確認はロンロに任せることにした。

 なんだかんだと言ってロンロの魔法についてのセンスは抜群だ。

 いつも、的確な指示をノアに送っている。


「身の危険を感じたら戻ってくれ、イ・アの関係者だったら、ロンロだって危ないからな」

「ありがとぉ。頑張るわぁ」


 ロンロには十分注意することを、何度も言って、慎重な行動を頼む。

 あとは皆にまかせる。

 それぞれが作戦に合わせて一斉に動き出した。

 プレインがミズキを呼びに行き、カガミとチッキーがノアの準備を手伝う。

 トッキーとピッキーは壊れかけた小屋の応急処置だ。

 オレは小屋の屋根に登ってまわりを見た。

 襲撃に備えて、見張りは必要だろう。

 思えば初めて体験する大きな戦いだ。

 大軍と大軍のぶつかり合い。

 とても現実感がなく、眼前に広がる戦いの景色は、まるで運動会で見る棒倒しの派手なバージョン、もしくは映画で見る戦争の風景そのものだった。

 たまに飛んでくる鳥をたたき落とし、戦いの風景を見る。

 とても不謹慎だが、人の命がかかっているとは全く想像できない。

 確かに中央が押されている。

 黒い塊が死に忘れが数多くいる魔物の集団。

 逆に、白っぽいのは、神官や金属鎧を着込んだ味方。

 白い帯の中央を、黒い何かが食い破ろうとしているように見えた。


「リーダ様! 我々は勝利しつつあります。余裕を中央に向けましょう!」

「いや、こちらに考えがあります! 現状を維持してください!」


 だが、たまに報告に来る神官の話から、戦況は理想的に進んでいることがわかる。

 確かに、オレ達の周りだけを見れば圧勝だ。


「先輩! ミズキ姉さんが向かってるっス! 中央の人たちは2手にわかれて撤退中っス」

「作戦が、上手くいってるのか?」

「それより前から、中央の人達の判断で!」


 偶然にも、オレ達の作戦に合致した動きをしているのか。

 幸先がいい。

 うまい具合に、部隊の陣形は整いつつあるということだ。

 それからすぐにミズキが戻ってくる。


「大丈夫なのか?」


 ボロボロのミズキに驚く。


「ハァ……ハァ、楽勝。まだ、いける。水頂戴」


 ジョッキに入った水をひと飲みすると、残りを頭からかけ、頭を振った。

 ボロボロだと思ったのは汚れだったようだ。

 まだまだ平気そうなミズキに少しだけ安堵する。

 だが、やはり戦闘が続く場所なのだ。

 安全とは言えない場所。


「準備できた!」

「ノアノア、カモン!」

「ミズキ、これ、星降りの魔方陣」


 勢いよくノアが飛び出し、ミズキがそんなノアを受け止め、自分の前に乗せる。

 それから、カガミから大きな巻物を受け取り、オレ達を見ることなく走り始めた。

 凄いスピードだ。

 影に潜りついていこうとしたが、影に潜る魔法を準備しているうちに、二人を乗せた茶釜は人混みにまぎれ見えなくなった。

 クローヴィスが上空を飛んでいるので、一応いる場所はわかる。

 二人は一直線に、中央へと進んでいる。

 真っ黒い塊。

 暴走する魔物の一団が待ち構えるかのように集結しつつある中央に向かって進んでいた。

 黒い塊がどんどんと大きくなる。

 ゆっくりと大きくなっていた塊は、突如、大きく膨れ上がった。

 まるで、黒い塊を構成する死に忘れの集団が増えたかに見えた。

 そして、その時、それは起こった。

 空がキラキラと輝いた。

 真昼に、星空が生まれたかのように、明るい空に星のきらめきがあった。

 続いて、中央に巨大な火柱が上がり、爆風が起こった。

 爆風は随分離れているオレ達のところまでピリピリと響いた。

 火柱は一度だけではない。

 何度も、何度も。


「凄い……」


 ピッキー達も、小屋から飛び出して火柱が立つ風景を見ていた。

 火柱と爆風が収まり少しだけ静かな時間があった。

 続いて歓声が上がる。


「皆、皆、ノアがぁ」


 笑顔のロンロが戻ってくる。

 大丈夫。

 状況は聞かなくてもわかる。

 ロンロのずっと後ろに見えたのだ。

 クローヴィスに乗ったノアの姿が。

 遠くに小さく見えるノアは両手をぶんぶんと振っていた。

 笑顔でこちらを見ているのだろう。

 成功したのだ。

 それに、星降りにより壊滅状態の中央に、真っ白い塊が……味方がなだれ込む様子も見て取れた。

 もう大丈夫だろう。


「上手くいったみたいです」

「さすがご主人様でち」

「あぁ。皆、すごいよ」


 屋根から飛び降り、ピッキー達と小さくハイタッチする。

 中腰になって、飛び上がるチッキーとハイタッチした瞬間、その視界の端にとんでもないものが写った。

 魔物だ。

 羽の生えた人型のものがこちらに一直線に突っ込んできていた。


「伏せろ!」


 反射的に大声を出す。

 だが、その声は間に合わなかった。

 突っ込んできた魔物は部屋の壁を壊し、紫色のぬめるように光を反射する手は、カガミの肩を深く貫いた。


「ガッ……ハッ」


 振り回される魔物の手に、意識を失ったカガミの体が奇妙に曲がり、床に叩きつけられる。

 そんなカガミには目もくれず、魔物は巨大な円形の目でオレを見た。

 頭部の3分の2に近い巨大な円形の目は、気持ち悪く点滅していて、その紫色をした体を照らしていた。


「スライフ?」


 その外見は黄昏の者スライフを彷彿とさせた。

 いや、これは違う……違う黄昏の者か。


「何だ?」


 オレの声に反応したのか、スライフが側からヌッと出てくる。

 そして、目の前でカガミの肩に手を突き刺したままオレを見ていた魔物……黄昏の者を、一回り大きな手で掴み投げ飛ばした。

 カガミの体から突き刺した手は抜け、小屋の壁を壊し、黄昏の者は外に投げだされる。


「怖かった」


 カガミがゆっくりと息を吐きながら立ち上がる。

 手には小瓶を持っていた。とっさにもエリクサーを飲んだのか。


「大丈夫か?」

「えぇ……私も、少しは慣れたようです」


 乱れた髪を整えつつカガミが、青い顔で作り笑いをする。

 外に飛び出た黄昏の者を追うように、オレの側をスッと通りぬけ、スライフが外へとでた。

 小屋にかけてあった拡張の魔法は、既に壊れていた。

 魔法が消え手狭になった小屋の中に、オレ達は残り、その様子を見下ろしていた。


「助かったよ。スライフ」

「問題ない、この程度、仕事というほどでもない」


 抑揚のない声で言うと、スライフは、地面に倒れたままの黄昏の者をつかみ飲み込んだ。


『ドォン』


 飲み込んだ直後、鈍い爆発音がして、スライフの腹部が変形する。

 お腹のあたりに、まるでハリネズミのようにトゲが出現した。


「スライフ?」

「問題はない。これは、我が輩よりも下位の者。攻撃の全てを廃棄した」


 大丈夫なのか。

 それにしても、このトゲトゲだらけのお腹。


「飲み込んだ奴が爆発して針を放出した?」

「正解だ。刺されても死なないが、痛みだけは残る……古代の拷問導具だ」

「酷いな、それ。それで、結局、黄昏の者だってことで、いいんだよな?」

「正確には抜け殻だ。抜け殻を誰かが改造して道具として使っていたのだろう。さて、我が輩は戻る」


 そう言ってスライフは消えていく。


「リーダ」


 背後からノアの声がした。


「こっちも片付いたよ」


 最後にヒヤリとしたことはあったが、全ては終わったようだ。

 振り返って、ノアに笑いかけた。

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