第428話 ういじん

 作戦と言われてもな。

 大軍同士の戦いなんてやったことがない。

 せいぜい映画やゲーム、加えて漫画の知識程度だ。

 いままでの話の中から、盾を持った人が前衛に、弓はその後ろにということならわかる。

 あと、非戦闘員は助けなくてはいけないし、戦うのは戦士や騎士団の人達というのもわかる。


「深く考える必要ないでござるよ。姫様の名前で伝える指示というのは、大まかな流れだけでいいのでござる。各地の諸侯はそれなりの手だれ。大まかな方針さえ伝えれば、うまく動いてくれるでござろう」


 オレが考え込んでいるのを見たのか、ハロルドがなだめるように穏やかな声で言った。


「つまり、盾の人は前に、弓の人は後ろから攻撃って言えば聞いてくれるってこと?」

「そうでござるよ、ミズキ殿は鋭いでござるな」


 なるほど、そこまで細々した指示はしなくて良いっていうことか。


「それくらいなら、お願いできそうだな」

「あと、混乱する民衆をなだめる必要もあるでござる」


 確かに、戦士でも騎士でもない民衆に戦えというのは酷だろう。

 この世界に来た直後、オレ達も戦うのはつらかった。


「混乱する非戦闘員……えーと、民衆の人達をなだめるっていうのはどういう方法があるの?」

「王様が大丈夫って言うんだ」


 ミズキの質問に、クローヴィスが即答する。

 なるほどな。王様か。

 この場合は、頼りになる人が俺にまかせろと請け負うという感じかな。

 でも、この場にいる王様に相当する立場の人物は、ノアだ。

 聖女の行進なんて呼ばれているくらいだからな。


「今回で言えば、ノアちゃんが皆に落ち着いてくださいっていう事になるんスか?」

「お嬢様ならばっちりでち」

「だが、魔物の攻撃は空からもあると思うんです。さすがに、目立つ場所で、大丈夫っていうのは、ノアちゃんが心配です。そう思いません?」


 確かにカガミの言うとおりだ。

 ノアは強いし、そう易々とはやられないだろうけれど、それでも心配になる。

 こうしている間も聞こえてくる金属がぶつかり合う音、人々の喧噪。馬のいななき。

 あの中に飛び込んで、何かあったらどうしようかと不安になる。

 さきほどの茶釜の子供ではないが、さらわれる可能性だってあるのだ。


「ちょっといいか」


 そんなとき議論をぶったぎるかのように、サムソンが控えめに手を挙げた。


「何かいいアイデアが?」

「それなんだが、最初にここに突っ込んできた鳥」

「それが?」

「今さっき見たら、黒いまだらが消えていた」

「黒いまだら……つまり、死に忘れじゃなくなったって事っスか?」

「それってどうしてなんでしょうか」

「聖なる歌」


 サムソンが断言する。

 なるほど。


「わかった。聖なる力で死に忘れが浄化されて、それで、黒い模様が消えたんだ!」


 クローヴィスが凄いことに気がついたとばかりに、大きな声でみんなを見回して得意気に言った。

 死に忘れが、そうでなくなれば、戦闘はより有利になる。

 それに。


「だったら、聖なる歌にあわせて、舞を舞えば……そっか、そういうことか」

「そうなんだよ。ミズキ氏」


 オレもようやくサムソンが何を言いたいのかが分かった。

 死に忘れだった魔物達は、聖なる力で浄化されて死に忘れじゃなくなった。

 つまり、元々は襲いかかってきた魔物は全て死に忘れだったけれども、オレ達が意図せず対処していた。

 だが、混乱の中で聖なる舞の動きが止まった。

 そして、聖なる歌の力だけになった。

 結果的に、聖なる力が弱まったから、死に忘れが増えた。


「なだめるかわりに、違う役目を担ってもらう……ということか、サムソン」

「そういうこと」

「それはいい考えでござる。違う役目があれば、そちらの方に気が向いて恐怖は薄れるでござるよ」


 部隊の指揮に、民衆へ指示。

 方針が決まれば、自ずとやることは定まった。

 あとはこの作戦を皆に効率よく伝達するだけだ。


「とりあえず、ノアの名前で諸侯にお願いをする」


 皆の意見が出揃った頃にそう声を上げた。


「オッケー」

「とりあえず一番後ろには、ハロルドが向かってくれ」


 ハロルドは軍隊の指揮も経験があるという、一番後方で、臨機応変に対応して欲しい。


「心得た」


 それから中段辺りだ。


「中央にはミズキにいってもらいたい。ミズキは単独で戦えるしな」

「了解。了解」


 ミズキはたまに突き進み過ぎることがある。

 となると、いつも落ち着いた判断が下せるやつ、しかも1人で戦えるやつが一緒の方がいいだろう。


「サムソン、ミズキと組んで、ノアの考えとして作戦を伝えてもらえないか」

「うぃ。それだったら全員が拡声の魔導具を持っておいたほうがいいだろう」

「確かに、手配を任せるよ。サムソン。あと、プレインには、ハロルドとミズキ達のサポートを」


 プレインは飛び道具の作る影に潜り高速移動ができる。

 わりと器用だし、サポート役には適任だ。


「了解っス」

「ロンロは、空から状況をみてくれ。それで、定期的にもどって、状況を教えて欲しい」

「いいわょぉ」

「だけど、無理はするな。もしかしたら、ロンロを見ることができる奴がいるかもしれない」

「それって……」

「いいわぁ。大丈夫、そんなに離れないようにするからぁ」


 後はオレとカガミがここにいて、何か突発的な事態に備えればいいだろう。

 目的は、部隊を整え連携して事にあたること。

 それから非戦闘員には聖なる舞を舞ってもらうこと。

 だいたい、こんなものだろう。


「では、早速いくでござるよ」


 まずハロルドがそう言ってパタンと扉を開けて出て行く。

 次にミズキが茶釜に乗り、サムソンと一緒にかけていく。

 カガミは魔法の壁を作りこの小屋を守る。

 ついでに魔道具のスピーカーを、フルパワーにして聖なる歌を大音量で響かせる。

 やることは決まった。あとは進めるだけだ。

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