第423話 すのーどーむ

 サイルマーヤとガラス畑の女主人に促されて入った一室。

 そこには、数人の人影があった。

 ここの職員なのだろう。皆が同じような服装をしていた。

 部屋の中は、立派だが小さなかまど、そして小さなテーブル、床の大部分が灰色の石畳で、中央にだけ板が貼ってあった。

 向かい側の壁には、別のガラス工房で見た大きなペンチに似た道具や鉄の棒などが掛けられている。

 それがなければ、今いる場所がガラス工房だと思わなかっただろう。

 オレ達から見て右手側の壁には小さな棚があり、そこには竪琴をはじめいくつかの楽器があった。

 楽器の置いてある棚、ガラス工房という名前からはかけ離れた設備だ。


「ここがガラス工房なのですか?」

「そうでございます。ノアサリーナ様はガラス工房を見たことがおありでしょうか?」

「はい。アサントホーエイの町で、息を吹きかけるとガラスが大きく膨らんだのを見ました。あんな風にガラスが丸く膨らむとは思っていなくて驚きました」

「そうでしょう。そうでしょう」


 ノアの回答が満点だとばかりに、ガラス畑の女主人は腕を組んだまま頷く。


「普通のガラス工房はノアサリーナ様が見たようにガラスを細工します」

「ここは違うのですか?」

「えぇ。先程、見ていただいたガラス畑で取れるガラスは大半がアサントホーエイの町に運ばれます。そして後は、ノアサリーナ様が以前見た通り、ガラスの鐘や壺をはじめとして様々な形になります」


 そこで女性は手のひらを上にあげ、部屋を指し示す。

 それから一呼吸おいて言葉を続ける。


「ここは、新しいガラス細工ができないかと研究するための小屋なのです。あとは少しだけ珍しい細工物も作ります」


 新製品の開発か。

 だからそんなに大きな設備が必要ないということか、ではあの楽器はなんのためにあるのだろうか。

 先程の言葉でいうと、この小屋はあくまでガラス細工のために用意されたらもののはずだ。

 楽器とガラス細工がつながらない。


「今はどのような研究をされてるのですか?」


 ノアが質問をする。

 ガラス畑の主人たる彼女は、身分関係に厳しいようだ。

 先ほどから、オレ達とノアの扱いが明確に違う。

 とくに嫌な思いをしているわけではないが、ノア以外の人間とは話す気が無いようだ。

 ということで、全部ノアに代弁してもらう。

 ちなみに今の質問は、カガミがロンロを通じてノアにしてもらったものだ。


「さすがにそれはお答えできません。内緒のお話ですから。ただ、お詫びと言ってはなんですが、ノアサリーナ様に、今日は一つプレゼントをさせていただきたいと存じます」


 そう言って、彼女が軽く手をあげる。

 すると、そばに控えていた女性が、うやうやしく紫色の布に置かれたガラスの粒をもって近づき差し出した。

 跪き、まるで献上するように掲げられたガラスの粒は、ガラス畑の女主人の前でキラリと輝く。

 それを軽く頷いて見届けた後、女主人は一つのガラスの粒をつまみ上げ、ノアへと見せる。


「これは?」

「先程取り上げたガラスでございます。では、しばしお待ちを」


 ニコリと笑った彼女はほとんどが石畳の床にある1部だけ貼られた板の上へと。ガラスの粒を置いた。

 よく見ると板には魔法陣がうっすらと描かれていた。

 オレの姿勢に気づいたのか、女主人は笑う。


「気づかれましたか? そうです。ここでは、ガラスから汚れを取り除き、そして加工する。その工程において魔法を使用するのです」


『カタリ』


 小さな物音が小屋に響く。

 いつの間にか控えていた1人の女性が、竪琴を持って弾き語り出した。

 それに合わせるように、小屋にいる人達が慣れた様子で魔法の詠唱を始めた。

 辺りはうっすらと暗くなり、ガラスだけがキラキラと光り輝く。


「綺麗……」


 カガミがウットリした様子で呟く。

 魔法の詠唱が続くにつれ、ガラスの粒はふわふわと浮き上がった。

 なるほど、このための楽器だったのか。

 複数の人間が同時に一つの魔法を詠唱するときは、声をそろえなくてはならない。

 声がずれてしまうと魔法が発動しない。

 だから、リズムをとり、テンポを合わせる必要がある。

 そのための楽器。

 楽器を鳴らし、合唱するように、テンポを合わせる。

 綺麗な竪琴の音色に合わせ、魔法の詠唱は続く。

 歌うように、小さな声で続く詠唱に沿って、宙に浮いたガラスはまるで生き物のように動いていた。


「これからどうなると思いますか?」

「ごめんなさい。予想もできません」

「はは。少し意地悪な質問でございました。ここにあらかじめ作っておいた部品がございます」


 そう言って女主人は自らの手に小さいな何かを置いて、ノアに見せる。


「小さな家と、1本の木?」


 ノアが見たままをつぶやく。

 そう、彼女の手のひらには小さなミニチュアが置いてあった。

 丸太小屋に1本の木

 円形の小さな緑色の台座の上に作られていたそれは、細部までこだわって作られたことが一目でわかる立派な模型だった。

 女主人は、手に持った模型を、詠唱に合わせて生き物のように浮くガラスの側に、まるで見えない台があるかのように置いた。


「そして、これ」


 更に彼女は続けて、小瓶を取り出した。

 小瓶を模型のうえまで動かし、逆さにすると中から液体がこぼれ落ちる。

 すると小瓶に入っていた液体は、模型を包み込み球状に形を変えた。

 まるで、宇宙飛行士が宇宙で実験をしているシーンを見るように、球状になった液体はふわりふわりと宙に浮き続けている。

 そんな中も詠唱は続く。

 魔法によって最初は濁り小さな塊だったガラスは、大きく薄い板状となって浮いていたが、ふわりとミニチュアを取り囲み球体に姿を変えた。

 そして、落ちてくるのを待ち構えていたかのように広げた女主人の手のひらへポトリと落ちた。

 魔法の詠唱は、その瞬間終わった。

 薄暗くなっていた小屋の中は魔法詠唱の前と同じように明るく戻っていった。


「これで完成でございます。ノアサリーナ様、お手を」


 広げたノアの手に小さな球体を置く。

 ガラスできた球体の中には、小さな小屋の模型が入っている。


「少し振って頂けませんか」


 そして、ノアに振るように伝える。

 言われた通りにノアがガラスの球体を振ってみると、球体の中にふわりと白い泡が立ち昇った。

 それは球体の上部に固まり、それからゆっくりとパラパラと落ちていく。


「スノードーム」


 ミズキが、独り言のように小さく声を上げる。


「どうですか?」

「綺麗です。まるで雪が降ったかのように見えます」

「そうでしょう。魔法でなければこのようなものは作れません」


 それから、女主人は嬉しそうに笑うと、ノアの手のひらから球体を拾い上げ、側に控えていた別の女性と渡し、言葉を続ける。


「これに最後の仕上げをします」


 女主人から球体を受け取った女性は、別の部品でそのガラスの球体を収めた。

 小さなランタンの模型だ。

 その中にガラスの球体が収まった。


「これで完成でございます。当工房からノアサリーナ様への贈り物でございます。是非受け取ってくださいませ」


 再び、今度はガラスの球体が入ったランタンの模型を手に取ると、女主人はノアへとランタンの模型を手渡した。


「ありがとうございます。とても綺麗で楽しいものですね」

「そうでしょう。帝国はこれから雪が降ります。帝国に降る雪は、白く世界を彩ります。ノアサリーナ様がお役目を終え、ヨラン王国へと戻った後に、このランタンを見て帝国の美しい姿を思い出していただければ嬉しく思います」


 うやうやしく礼をした後、女主人は立ち上がり腕を組んだ。


「では、最後にガラス畑について細かく説明させて頂きましょう」


 そう言って部屋の扉をあけ女主人は外へと出て行く。

 オレ達も、その後についていって細かな説明を聞いた。

 すべてが終わると夜になっていた。

 ガラス畑を見学している間、行進の一団はずっと周りでオレ達を待っていたらしい。

 少しの見学のはずが、丸一日。

 申し訳ないと恐縮していたが、行進の一団は神官団と一緒に隊列を考えたりしていて、充実していたそうだ。

 それだけではなく、なぜか行進の参加者は増えていた。

 なんでも、アサントホーエイの町近くの村などからも、志願者が訪れ加わったのだとか。


「ノアサリーナ様達は自由にしていただいて構いません。ですので、あと少し、あと少しだけ我々に同行の許可を下さい」


 こんなことを言われズルズルと続く行進。

 減ることはあっても増えるなんて思ってもみなかった。

 とにもかくにも、こうしてガラス畑についての見学は大満足に終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る