第422話 ガラスばたけ

 遠くに見えたのは金色に光る、首の長い動物だった。

 キラキラと湯気のように立ち上る淡く輝く光から、ただの動物でないことが見て取れる。

 聖獣だ。

 この世界において、ゴミなどを食べて、魔力にして放出する生き物。

 そんな聖獣ヴァイアントニーオは、キリンを彷彿とさせる長い首であたりを見回していた。

 ただ、それだけなのに、遠くにみえる聖獣は圧倒的な存在感を見せつけていた。


「あの足元に広がるのが、ガラス畑です。さて、参りましょうか」


 色々な聖獣を見てきたが、金色に光るのは初めてだ。

 それからほどなくしてたどり着いたガラス畑。

 そこは畑という言葉からは、想像できない場所だった。

 一面に広がる砂漠。

 そして、聖獣の足元には、小型のこれまた金色に輝くパッと見は大型犬に似た生き物がいた。

 聖獣や金色に輝く生き物達が、砂漠を我が物顔で歩き回っていた。


「やぁ。久しぶりだね、サイルマーヤ!」


 大きな声をあげ、馬に乗った1人の女性が近づいてくる。


「ごきげんよう。早速だが、そちらにいる方がノアサリーナ様だ。ノアサリーナ様は、ガラス畑に興味がお有りだと聞きお連れした」

「それはそれは。では、このガラス畑の主人たるわたくしめが案内いたしましょう」


 日焼けした女性が相好を崩し、さっそく自ら案内役を申し出てくれた。

 確かにガラス畑にいる他の人より身なりがいい。


「この砂漠が、ガラス畑なのですね」

「見事なものでしょう? 近くの崖から石を削り、砂にして一面に蒔いております」


 人工の砂漠なのか。

 畑という言葉から予想し得なかったが、人の手が加わっているから畑と呼ぶのか。

 それにしても、かなり広いな。

 この砂漠を人の手で作ったのか。考えただけで気が遠くなりそうだ。


「この砂に、種を蒔くのですか?」

「はっはは。普通の畑とは違います。ガラス畑は種を蒔く必要はないのです」

「種を蒔くことなく実がなるのですか?」


 ノアはオレ達の疑問を代弁するかのように、質問をする。

 ガラス畑の女主人は、そんなノアの質問をとても嬉しそうに笑顔で聞いていた。


「そうですね。では、あちらの方を御覧ください」


 そう言って彼女はガラス畑の一点を指差す。

 そこには1匹の獣がいた。

 キラキラと輝いている獣だ。


「あの動物ですか? パリパリと音をたてて輝いている……」

「左様です。雷獣の足元です。よーく目を凝らせばわかるかと思います」

「キラキラと、光っています」

「雷獣はその体にイカヅチを纏います。イカヅチを纏ったまま砂場を動き回ると、そこにガラスが残るのです」


 なるほど、あの光と音の正体は電気か。

 そして電気を纏った動物が砂地を駆け回るとガラスができるのか。

 不思議な現象だな。さすが異世界。

 確かに、砂漠のあちこちがキラキラと光っている。

 あの光っているもの全部がガラスなのかな。

 そういえば、元の世界ではガラスって、どうやって作っていたのだろう。

 さすがに畑はないだろうけれど、もう少し勉強がんばりゃよかったな。


「砂漠で、あの動物……雷獣が動き回ると、ガラスが生まれるのですね」

「そうです。不思議でしょう? ノアサリーナ様」

「本当に不思議です」

「はは。そうでしょう。そうでしょう。それから、あちらにいる奴隷たちがガラスを拾いあげます」


 彼女が、別の方向を指さす。

 そこには背中に大きな籠を担いだ男女が、ちょこちょこと歩き回っていた。

 それぞれが、ひばさみのように長い2本の棒を使い、ガラスをつまみ上げ、背負った籠に投げ入れている。

 ある時はスライディングをするように滑りながら、ある時はフラフラと不安定な足場に苦労しながら、地面に落ちているガラスを拾い集めいていた。

 一人の奴隷が、不安定な砂に足を取られドスンと尻餅をついた。


「あっ!」


 それをみて、ノアが小さく悲鳴をあげる。

 感情移入しているようで、まるで我が身のように、手を握りしめてよろけた人を見つめていた。


「大丈夫。皆、手練れです。しっかりと周りを警戒しながらガラスを集めます」

「大変なお仕事なのですね」

「命がけでございます。油断は大敵」


 心配そうなノアにも、女主人は落ち着いた声音で解説する。


「そうですか」

「そうやすやすと、怪我などいたしません。わたくしも奴隷がなくなることがないように、万全を尽くしております。ノアサリーナ様が心を痛めるようなことは、起こりえないでしょう。なぁ、皆、問題なかろう?」


 ノアの心配を笑い飛ばすかのように、彼女はやや大きめな声で返事し、畑に向かって手を振る。


「順調でございます!」


 その声に反応して、数人の奴隷がこちらをみて手をふって答える。

 皆、笑顔で悲壮感がない。

 そして全員が日焼けしていた。

 そういえば、最近はずっと寒かったのに、この辺りは暖かい。

 電気を纏っている動物が大量にいるからなのかな。


「皆さんが楽しそうで嬉しく思います。雷獣は何を食べて生きているのですか? やはりガラスなのでしょうか?」


 ガラス畑で働いている奴隷達の様子に安心したようで、ノアは落ち着き質問を再開した。


「いいえ。肉ですね。雷獣は、脂身を好んで食べるので、安く餌の手配ができます。その点は助かっております。雷獣は冒険者たちに頼んで集めることが多いですかね」

「ガラスを食べるのではないのですね」

「はは。そうですね。さすがの雷獣も、ガラスは堅いので食べたくないのでしょう。では、少し失礼」


 彼女はひらりと馬から飛び降りると、すごい勢いでガラス畑に走っていく、そしてスルスルと雷獣の間を駆け抜け、そしてガラスを一つ拾い上げ戻ってきた。

 流れるような動きの見事さに、彼女はやはりこの畑の主なのだということに思い知る。


「ノアサリーナ様、手を」

「こうでしょうか?」


 手を広げたノアに対し、彼女は微笑むと、ノアの手のひらにうす黄色の石を置いた。


「これは採れたてのガラスでございます」


 あれがガラス?

 思ったよりも透明ではない。

 やや汚れた黄土色をした石にしかみえない。

 ガラスという言葉からイメージする印象とは大きく違う。


「これがガラスなのですね。私が知ってるガラスとは少し違います」


 ノアもオレと同じ感想を持ったようだ。

 困惑が隠せないという様子で、感想を漏らす。


「でしょう。これを磨き、なおかつ中に溜まった濁りを取り除けば、ノアサリーナ様が知っているガラスに姿を変えるでしょう」

「実はですね。ここにはちょっとしたガラス工房もございます」


 サイルマーヤが横から説明を加える。


「そう。ここは外のガラス畑ではなかなかお目にかかれない小物も作る。ガラス工房も一緒にあるガラス畑なんですよ」


 その言葉を受けて、ガラス畑の女主人は大きく頷く。

 誇らしげに笑う彼女が顔を向けた先には、一軒の家が建っていた。

 うす黄色の漆喰でつつまれた家。小さいながらも清潔感が漂う立派な家だ。

 先導するように彼女は家へと向かう。


「行ってみましょう」


 そう言ったサイルマーヤに促され 家の中へと入ると、工房というには簡素な一室があった。

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