第424話 ゆかいなこうしん

 オレ達はガラス畑を出た後も順調な旅を続けた。

 踊る人達と、神官団をひきつれて。

 クレベレメーアを助けた時点での解散も考えたが、聖女の力を必要としているという人々の声は強かった。

 こちらの頼みによって集まった人達は「後しばらく一緒に」と言い、解散することはできなかった。

 もし、クレベレメーアの町が、あと少し遠くにあったら結果は違ったかも知れない。でも、それは結果論だ。

 ということで、行進は続いている。

 だが、旅そのものは順調で、行進に参加している人達は皆が楽しそうだ。


「では、今日も元気に出発しましょう! ワッショイ!」

「ワッショイ!」


 タイウァス神殿の神官サイルマーヤの先導に従い進む。

 毎朝、神官のうち誰かがワッショイと出発の合図をし、ピッキーがそれに習って海亀を走らせる。

 旅するにあたって困ったことは何もない。

 町から町へ進むだけだ。

 オレ達はどこの町でも歓迎された。

 泊まる宿も、食べ物も、町の人達が用意してくれたものに甘える。

 おかげで、あまりお金を使わずに旅を進めることができた。


「よくいらしてくださいました。聖女様!」


 特に大歓迎を受けたのは、地下迷宮のある町マタッハマーヤ。

 要塞を思わせる灰色の壁と物見櫓が、冷たい雰囲気を漂わせる町だ。

 そんな町から現れた、重装備に身を包んだ騎兵を先頭にした一団。

 それは領主の息子だった。

 そして彼らは出迎えだった。つまり、一軍を引き連れて出迎えてくれた。

 オレ達が遭遇したアンデッド軍団と対峙する前から、この地はアンデッドに悩まされていたらしい。

 元凶は迷宮奥深くにいるアンデッド。

 魔神教の幹部を疑われるような禍々しい存在の生み出すアンデッドに、領地の収益は傾いているそうだ。


「冒険者を呼び寄せてはいるのですが、やはり貧しい領地では、報奨金も出せぬようでしてな」


 ケルワッル神官のワウワルフも、寂れた町を進む中でそう言っていた。

 だが、そこでも特別なことはしなかった。

 オレ達が町にしばらく滞在し、そして領主の手のものが、迷宮の状況を確認する。

 地下にあるためか、一瞬で解決とは行かなかったが、それでも簡単に解決した。

 迷宮に住まうアンデッドはオレ達が音楽を鳴らし、踊るだけで、半壊状態になった。


「ノアサリーナ様の恩に報いるべく、我が息子を同行させましょう」


 その結果に、領主は大いに喜んで、オレ達に自分の子供と騎士団を護衛につけてくれるという話になった。

 正直なところ、アンデッドの脅威はもう既になく、大半は魔物の襲撃だったので、戦える人が増えるのはありがたい。


「えぇ。一行には戦えない者も多いのです。協力して守っていただけるのであれば嬉しく思います」


 同行を快諾し、さらに一行は増えた。

 武力が必要。

 そう、アンデッドの襲撃はもうほとんどなくなったのだ。

 結局のところ、既に聖なる歌や舞の役目は終わっていた。

 だからといって解散することも難しくなってきている。

 というのも、アンデッドの脅威がなくなり、この行進がもたらす聖なる力の意味がないと考えているのはオレだけだったからだ。

 いや、正確にはオレと同僚達だけ。

 大部分の人たちは、この行進に希望や意味を見出していた。

 ノアは聖女として行進の象徴になった。

 そして、オレが苦し紛れにいったワッショイという掛け声は、この行進を特徴付ける言葉となった。

 加えて、マタッハマーヤの次期領主が一軍を率い聖女の行進に合流したという話が広がり、各地の諸侯は行進に騎士や戦士団を派遣してくるようになった。

 タイウァス神の聖地まであとわずかという頃には、オレ達を先頭とする聖女の行進は、端が見えないほどに長いものになっていた。

 こうなってくると、ますます簡単に解散というわけにもなかなか行かない。

 仕事で、区切りがついているのに、ダラダラ続けるプロジェクトに関わったことがあるが、あれと同じようなものだ。

 もっとも大部分の人はノアをとても慕っている。

 それは嬉しい。

 だからこそ、ここで解散しましょう。

 家に戻ってくださいなんて言えるわけがない。

 この場所に来るまでに魔物の襲撃はあった。

 彼らを家に帰すためにも、それなりの護衛が必要になる。


「さすがにこの人数全員にカロメーを行き渡らせるのは難しいな」


 どんどん増える行進の参加者。

 あまりにも増えた更新の参加者に、ノアの大魔力をもってしても、全員にカロメーを行き渡らせることができない数になっていた。

 というわけで、奇数の日にはこのチーム、偶数の日にはこのチームということで、日を分けてカロメーを配布する。

 なんだかんだで、カロメーは大人気なのだ。


「カロメーをいっぱい作らなきゃ!」


 ノアは大量にカロメーを作ることに苦労しながらも、楽しそうに魔法を詠唱していた。

 そして、疲れた様子で沢山の籠に山盛りのカロメーを作り出す。


「5……6、7。ノアノア新記録じゃん」

「えへへ」

「ノアちゃん無理しないでね」


 慣れてきたのか、最近は日々記録更新している。

 他にも行進の参加者が増えたことで意思疎通が難しくなるという弊害も起きてきた。

 加えて、物資の配分も。

 腹が減っては戦はできぬというわけで、食べ物や飲み物については十分な量を提供しなくてはならない。


「おぉ! 我々の提供した品が……地面に……」

「大丈夫です。リーダは、皆様から送られた品を、大事にあつかってくれています」


 物自体は十分にある。

 各地の諸侯。そして、町の人達の寄付。

 お金以外に大量にもらった物資があるのだ。

 ちなみに、オレの影の中に片っ端からぶち込むのだが、いつも驚かれる。

 ウィルオーウィスプが、いい感じに巨大な影ができるように光源を作ってくれるので、影収納の魔法はとても使い勝手よく、効率的に物を収納できるのだ。

 影に物資が飲み込まれる様子を心配する人に、ノアがすました顔で説明するのがお決まりのパターンになっている。

 だが、物があっても配分が大変だ。

 正直、配分がこんなに難しいなんて思っていなかった。

 細々としたことを請け負ってくれる神官団の人達も、大量の物資と人員の調整は荷が重かったようだ。

 というわけで、最初は神官団に任せっきりだったこの一行の管理を、請け負うことになった。

 きっかけはハロルド。

 帝国の諸侯達が派遣した人達同士がいざこざを起こしたことがあったのだが、ハロルドが一喝し解決したのだ。

 それをきっかけに、オレ達がいざこざ関係を調整することが多くなった。

 もっとも請け負うのは、ほとんどが物資の管理。

 たまにいざこざを仲裁する程度。

 とはいえ、色々な点について目を配らなくてはならない。

 行進の最中、馬に乗ったハロルドや、茶釜に乗ったミズキやカガミがパトロールする。


「シャッザール様の騎士団は、とても堅く皆を守ってくれて頼りがいがあります」

「カガミ様にそう言われると、我らも一層頑張らなくてはなりませんな」

「アンラーマ領の戦士団の突進は、見るだけで勇気がでます」

「聖女様に、魔物など近づけませんよ」


 ハロルドが一喝し、カガミとミズキがおだてる。

 そんな役割が定着しつつある。


「うーん。ちょっと後ろの列の人達が病気になりがちだと思います」


 カガミがパソコンの魔法で作った表計算ソフトを使い思わず呟く。

 数が増え、複雑な構成になった一行を管理するために、オレ達はパソコンの魔法を強化した。

 今は、表計算の機能を使い状況を整理している。

 出身地や構成、戦える人が何人いるのか。

 どんな特技があり、どこの領地と仲が良くて、どこの領地と仲が悪いのか。

 部隊の構成や、必要物資などをまとめているのだ。

 カガミが表計算のソフトを作り込んでくれていて助かる。

 加えて、サムソンが趣味でマクロ機能などを作り続けていたので、ずいぶんと楽に複雑なことができるのだ。


「病気の人が増えてるの?」

「やっぱり寒いっスからねぇ」

「流行病というわけではないらしいですけど、暖かくしたほうがいいと思います。思いません?」

「確かにな」


 海亀の小屋にある窓から見える外の風景は確かに寒さを示していた。

 雪こそ降ってはいないが、地面に生えている草はほとんどが枯れていた。

 そして夜が近づき薄暗くなるととたんに冷え込む。


「我らは、帝国の冬に慣れておりますので、ご心配なく」


 一行の参加者は、誰も文句は言わないが、肌を寄せ合って寝ている姿も見える。


「とりあえず、ボクが毛布を魔法で増やしてくるっス」


 元の世界ではあり得ないような解決が取れるのが救いだ。

 魔法。

 なんだかんだ言って複製の魔法は便利だ。

 諸侯が提供してくれた物に毛布があったので、それを魔法で増やし人々に配る。

 水はウンディーネに頼めばいいし、その水をサラマンダーに温めてもらえばお湯になる。

 料理だってそう。

 せっかくだから温かい料理を提供することにした。

 行列に参加していた帝国の料理人も協力してくれる。

 知らない料理のオンパレードだ。

 オレ達も負けてなるものかと、対抗意識を燃やした。

 そして全員に、ラーメンを食べてもらうことにした。

 軽い気持ちでラーメンを選んだのだが、やたらと大変だった。

 麺がのびてしまわないように料理方法を工夫した。

 さらに、人数分のお椀とフォークを用意し、どうやって全員に行き渡らせるのかを考えた。


「あらかじめ軽く茹でた麺と、そして具材を器によそおっておきましょう」

「そうか! そこに熱いスープを加えればいい」

「麺はのびないというわけですな。さすがは大魔法使い様! 料理の知見も並ではない!」

「世界樹の葉は、刻み、そして軽く炒めてはどうか?」

「それはいいですね。熱が入らないと苦みがありますし、世界樹の葉」

「おいら達が、台車に載せる棚を作ります」

「うん。ピッキーにトッキー、お願い」


 料理人の皆さんと一緒に考え、準備した。

 ピッキーやトッキーは、ラーメンを運ぶため専用の道具を作ってくれた。

 このためだけに、一行の参加者についてリストを精査した。

 おかげで皆にラーメンを配り、参加者の人達の喜ぶ顔を見たときは謎の達成感があった。

 寝るときの冷え対策は、毛布がメインになった。

 寒さが厳しい日は、魔法の壁で囲い、サラマンダーの力で気温を上げる。

 なかなかにしんどいが、それでも慕ってくれた人達が病気などで苦しむよりかはずっとましだ。

 町から町へと進む中、意図せず膨らむ行進の一団。

 オレ達はそうやって次々起こる問題を解決しながら進む。

 行く先々で、アンデッドを塵と化し、魔物を打ち倒し、進む。

 だけれども、次々と問題が増えてくる。

 志願者に関しては問題がない。

 問題は領主が派遣する戦士団や騎士達だ。

 彼らはノアを慕って一行に加わる人達と違い、それぞれの考えがある。


「昨日、ノアちゃんのことで喧嘩になってるのを見ました」


 海亀の背にある小屋で団らん中、カガミが悲しそうに報告する。


「人気者はつらいね」

「そうっスね」


 皆の思いは一つではない。


「やっぱりそろそろ、この行列を何とかすることを考えなきゃね」

「そうだな」


 この行進について考えていたとき、海亀の小屋が小さくゆれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る