第416話 えんぜつ

 大鍋を抱えて申し訳なさそうにサイルマーヤが帰った後のことだ。

 いれちがいに、ブロンニがユテレシアを連れて館へとやってきた。


「あれ、サイルマーヤ様は?」

「スープが失敗だったとのことで、先程戻られました」


 オレの言葉にブロンニはゆっくりと頷く。


「クレベレメーアはまだまだ健在でございました」


 そして、いつものようにニコニコと笑い言った。


「分かったっス……分かったのですね」

「こちらのユテレシア様にお願いをして、ですな」

「ブロンニ様からお話は聞きました。ノアサリーナ様が異国の人々の事を心配し、心を痛めてると聞きすぐに調べてみました」

「調べるというと?」

「この子」


 そう言ってユテレシアが肩に留まった神鳥といわれる白い鳥の頭を撫で、それから言葉を続ける。


「クレベレメーアの町へと飛ばし、そしてこの子が見た風景を私も見ました。今、町は門を固く閉ざしなんとかしのいでおります。帝都からの助けを待っているのでしょう」

「門を堅く閉めるというと……アンデッドに囲まれているということでしょうか?」

「ええ、残念ながら」

「帝国が、激しく入り組んだ地形でなければ、ほんの少しの距離だったのですが」


 ユテレシアが話し終わるのをじっと待っていたブロンニが、忌ま忌ましげに感想を漏らす。

 近くて遠い場所か。

 なるほどな。

 さて、どうしたものか。


「私が、ク……空を飛び、戦えば」


 ノアがクローヴィスの背に乗りクレベレメーアへと向かう考えを言う。

 確かに空を飛べばひとっ飛びだ。

 プレインとオレは影に潜りついていくことができる。

 多少の練習で、他の同僚達も同じようについていくことができるはずだ。

 ノアはとてもこだわっている。

 助けたいという思いが強いのは誰の目にも明らかだ。

 だが、オレ達だけで解決できるのか。

 強くなったとはいえ、多勢に無勢。


「乗り込んで、聖なる歌を大音量で流すのは?」

「いや、あれは取り回しが難しい。海亀の背に備え付けるのを前提で作ったからな」

「持ち運べるくらいまで小さくするか、リーダの魔法でなんとかできない?」

「小さくするには時間がかかる」


 不確定要素が多い。

 現地を見ないと難しいか、だが……場合によっては。


「一旦、偵察してから方針を決めるという手もあるぞ」

「そうですね。私達が自らの目でみて方針を考えるというのもアリだと思います」


 サムソンが決めあぐねたのか偵察を主張する。

 カガミも偵察というアイデアには賛成のようだ。

 だが、偵察した結果、思ったより酷い状態だったら……ノアは耐えきれるだろうか。

 オレは、ノアの願いは叶えてあげたい。助けられるものなら助けたい。

 だけれど、それでノアが傷ついてしまっては元も子もない。

 有志……大勢で向かい大回りすれば時間がかかる。

 あれ?


「ノアサリーナ様の力でも届かなかったということでしょうか?」


 気になったことを、ユテレシアに尋ねる。

 あの聖なる歌は、聖なる舞の力によって射程距離が伸びていた。

 だからこそ町に入ることなくアサントホーエイの町にいたアンデッドさえ塵と化したのだ。

 さほど離れていないクレベレメーアの町には効果が届かなかったのだろうか。

 あまりにも高度差があって、射程外だったのだろうか。

 それとも距離か。


「それは、多分、あとほんの少し距離が足りなかったのではないかと思います。空高く飛ぶ死鳥でさえ、ノアサリーナ様の聖なる力の前に飛ぶ力を失い塵となりました」

「あと1歩ということですか?」

「きっと」


 オレ達が音楽を流しつつ崖の側まで行けば、なんとかなるかもしれない。

 偵察や特攻の前に、試す価値がある。


「では……」

「もし皆様にお願いしたら、再び舞を舞ってくれるでしょうか?」


 オレが口を開くとほぼ同時、ノアがユテレシアとブロンニを見つめて言った。


「きっと皆、協力してくれることでしょう」


 2人は声を揃えはっきりと即答した。


「では、私はお願いしてみたいと思います」


 ノアは2人をじっと見つめてそう言った。


「では、さっそく私は神殿へと行き、ノアサリーナ様のお言葉を伝えてまいりましょう」


 ブロンニは人懐っこい笑顔で言うと、早足で館から出ていく。

 ユテレシアも、しばらくしてから追いかけるように出ていった。


「皆にお願いしようと思って」


 そうだな。それが一番確実だな。

 射程も、威力も。


「そうだね。じゃあ、お願いと出発の準備をしようか」

「あと、お礼も……」

「ノアノア、大丈夫だよ。お礼は旅を進めながらでも書けるしね」

「皆で手分けをしてハガキに豆判を押して、それからゆっくりじっくりとお手紙を書こう。しっかり心を込めればノアちゃんなら大丈夫だと思うぞ」

「そっスね」

「明日、お願いの言葉と一緒に、お礼も言えばいいと思います。思いません?」

「じゃあ、私もぉ。ノアが困らないように挨拶の言葉を考えるわぁ」

「うん、ロンロお願い。それにみんなも」


 ノアが小さく笑いオレ達を見まわす。

 誰1人として、ノアの考えに異論は挟まなかった。

 それからその日は慌ただしく午後を過ごした。

 オレは領主へ明日に町を出ること、そしてノアの為に場を設けて欲しいことを伝え、ピッキー達は海亀の小屋を整備し始めた。

 同僚達もできることをする。

 ロンロとカガミは明日の挨拶の文章を考える。

 ノアは用意された原稿を元にスピーチする練習。

 そして、次の日。

 それはとても晴れ渡った朝のことだ。

 領主アーブーンスはノアのためにちょっとしたステージを作ってくれていた。

 海亀の背にある小屋に乗り、その場所へと向かった時には、人だかりが出来ていた。

 小屋から外にでて、ノアを先頭に壇上へと進む。

 さすがにノアを1人で、あんな立派なステージの上に立たせ、スピーチさせるのは忍びない。

 とはいえ立場上ノアが主だ。

 ステージの中央にノアが立ち、オレ達は後ろに控えることになった。

 しばらくノアは静かに立っていた。

 緊張のためか、手は小刻みに震え、しばらくして大きく息を吸って、振り返りオレ達を見た。

 頑張れと心の中で念じながらノアに微笑み小さく頷く。

 ノアはそんなオレ達の笑顔に大きく頷くと、前を見て胸に手をやり、大きな声で話し出した。

 ノアの言葉はサムソンが昨日夜遅くまでがんばって作った拡声の魔道具によって大きな声へ変換される。


「皆様、私の誕生日を祝ってくれてありがとうございます。素晴らしい鐘の音。きっと忘れることはないでしょう。心のこもった贈り物に、お手紙、感謝の言葉もありません」


 最初こそ、少しだけ震えていた声は、すぐに澄んだ声となって辺りに響く。

 ざわめきが少しだけおきた。

 だが、その声も、少し離れた場所に立つ領主が手を上げると収まった。

 ざわめきが収まったのをみて、ノアが再び大きく深呼吸し、言葉を発した。


「これほどの贈り物、手紙をもらったことがなくて、うれしさに困惑しています。ありがとう。本日は感謝の言葉を伝えたく、そして皆様にお願いがあって場をいただきました。クレベレメーアの町、ここより近く遠い町。この町より一掃した亡者の軍勢が、かの町にはいまだ残り、人々を苦しめているそうです」

「クレベレメーア……大丈夫なのか」


 小さな声が聞こえた。

 再びざわめきが起こるが、先ほどと同じように領主が手を上げると、ざわめきは収まる。

 ノアは静かになった後、言葉を続ける。


「私は町の人を助けたい。ですが、ですが……私には力がありません。皆様のうち、手を貸していただける人がいるなら、聖なる歌、聖なる舞で、今再び、亡者を退ける力で、助けて欲しいのです」


 ノアがはっきりとした声で、アサントホーエイの町にいる人にお願いをする。

 ロンロとカガミの協力で作った原稿どおりだ。

 昨日は夜遅くまで一生懸命に練習していた。

 ゆっくりと、だけれどしっかりとしたその言葉は、ノアの必死な願いを伝えていた。

 さらに原稿通り、予定通りの言葉が続く。


「皆様には、自らの生活があることも、帰る家があることも知っています。ですから、これはお願いです。一人でも、手助けしてくださる方がいるのであれば、私と共に、あと少しだけ進んで欲しいのです。お願いします!」


 最後に、ひときわ大きくお願いしますと声をあげノアは頭を深々と下げた。

 言葉が終わっても、静まりかえっていた。

 不気味なほど、物音一つ立たなかった。

 だが、そんな静寂はすぐに破られる。

 他ならぬ、ノアの言葉によって。


「ごめんなさい。ごめんなさい。私はいつも、災いをまき散らすだけで、いつだって人を頼るしかできなくて……。贈り物をもらったのに、お礼を言うしかできなくて……それなのに、お願いばかり。でも、お願いを、助けたくて、だって、私は……でも、皆は……」


 ノアが突如、涙声で言葉をつづけた。

 原稿にない言葉。

 ノアの必死の思いに、何もできない自分がはがゆくもあり、頼もしさも感じ、じっとノアの背中をオレはみていることしかできなかった。


「我ら帝国臣民! 帝国の同胞のため、いくらでも協力いたします!」


 民衆の一人が、大きな声で叫んだ。

 その一言がきっかけで町の人が次々に叫んだ。

 ノアについていくと。

 言葉は勢いを増し、その言葉を受けて、アサントホーエイの町にある城壁の巨大な扉が開かれる。

 扉の向こうには両サイドを断崖に挟まれた道。

 開かれた扉に促されるように、オレ達は海亀の小屋にのり音楽を流す。


「ワッショイ!」


 町を出るとき、町中の人が大きくワッショイと叫び、激励する。

 こうしてオレ達は来たときと同じように、海亀を先頭にした行列をつくり進むことになった。

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