第415話 あじのしないスープ
情報収集。
ノアへのプレゼントに紛れていた木片。
そこに書かれた助けを求める言葉。
町の名前が書かれていたが、どこにあるのかすら分からない。
状況も。
ということで、ノアにはまずは場所を調べることを伝え、オレは館の管理人に聞いてみることにした。
館を出て、離れへと歩いている時にちょうど門をくぐり笑顔のサイルマーヤと目が合う。
大鍋を乗せた一輪車をニコニコ顔で牽いていて、後には数人の神官。
うち一人は知っている人物、ブロンニだ。
そういえば、サイルマーヤは帝国の出身だと言っていたな。
「見てください。この鍋の中」
鍋の蓋を開けてサイルマーヤが笑う。
「うん、かぐわしく嬉しい匂い。これはついてきた甲斐がありました」
なぜか同行しているブロンニも満面の笑顔だ。
「えぇ、それは後で。少し聞きたいことがあるのです」
「なんでしょうか?」
オレが鍋の中もろくすっぽ見ずに、サイルマーヤに答えを返したことで、ほんの少しだけ彼が悲しそうな顔をした。
だが、そんなことは後回していいのだ。
「今回送られてきたプレゼントの中に手紙が入っておりまして」
「その手紙に何か?」
「クレベレメーアという町へ助けに向かって欲しいと願う手紙なのです」
「天文台のある……クレベレメーアの町ですか」
オレの言葉に、サイルマーヤは即答した。
この口ぶりだったら、場所や行き方も知っているようだ。
「そこに、これから向かおうと思っているのです」
「そういうことですか。では、このままノアサリーナ様の下に、料理を届けながらお話ししましょう」
そう言いながら、少しだけ歩む速度を落とし、サイルマーヤは言葉を続けた。
「クレベレメーアは、ここからさほど離れていません」
いつものようにぼそぼそといった口調で話をする。
そんなに離れていないのか。
相手がアンデッドであれば、聖なる歌を流せば解決する。
オレ達でなんとかなるなら、急ぎ行動すべきだ。
すぐにたどり着くのであれば、問題は簡単に解決できる。
「それは朗報です」
「ですが、近くに見えるが行くのは難しい場所です」
「行くのが難しいと?」
「そうですね……ここからでも見られますよ」
そう言ってサイルマーヤが指差した先は、アサントホーエイの町から帝国へと向かう方角だった。
示す先には大きな崖が見えた。
「崖の向こうですか?」
「崖の上です」
なるほど。
行くのが辛いというのはなんとなくわかった。空を飛ぶ必要があるわけだ。
「これは盲点でした」
ブロンニが苦笑し声をあげる。
「確かに。あの古戦場を中心として、その近くにある場所からアンデッドが生まれていました。ともなれば、距離としては近いクレベレメーアにも出てきて当然ということになります」
そんなことを言っているうちに館の玄関へと戻る。
「リーダ」
「サイルマーヤ様が、クレベレメーアの場所をご存じということです」
「すぐ近くにございます。崖の上に皇帝直轄の天文台がありまして、そこを管理する役目を持った町、いや町というほどの物ではない集落がクレベレメーアです」
オレの言葉をうけて、サイルマーヤが大鍋を抱えてよたりよたりと歩きながら答える。
「詳しいお話はしばしお待ちを。まずは、ノアサリーナ様、そして皆様、この中にスープが入っております。少し冷めてしまいました。温めた方が美味しいかと」
カガミが鍋を受け取り、台所へと歩いていく。
念力の魔法を使っているのだろう。カガミの横をふわふわと浮きながら大鍋が移動する。
その後をチッキーがついていくのを見届けサイルマーヤへと向き直る。
「行き方を教えていただけますか」
「では、少し地図を書かせていただければと」
「じゃあ、こちらの紙を」
サイルマーヤが軽く頷き、紙を少しだけ眺めたあとサラサラと地図を書き出す。
まるで空からみたことがあるかのように、すらすらと描き進める地図は、特徴を捉えている。
「では、私はあちらの様子がどうなってるのか。調べてみましょう」
そう言ってブロンニはお辞儀するときびすを返し館から出て行った。
「先程も申し上げたように、クレベレメーアの町は崖の上にございます」
サイルマーヤが描き上げた地図を指差し言葉を続ける。
「アサントホーエイの町はここ。それから、魔神の柱はこのあたりです。およそ、距離もうまく表現できていると思いますので、参考にと」
少し離れた場所を指差す。
アサントホーエイの町から北に、すぐ側にクレベレメーアの町はあった。
「波線で表現しているのが崖ですね」
そうなると、崖はずっと東まで続いている。
「おっしゃるとおりです。崖があるので、こう遠回りして行かなくてはたどり着けません」
サイルマーヤは地図の上に指を這わせながら言葉を発した。
這わせた指は、いったん東へずっと進み、それからUターンするように元に戻り、クレベレメーアを指さす。
つまり、崖がずっと続いているので登れるところまで進み、そこから登っていくということか。
「近いのに大きく遠回りしなくてはいけないのですね」
温めたスープを小分けし、テーブルの上に置いた後、カガミが言った。
「普通はそうです。他には考えられる方法としては、飛行船を使うか、もしくはドワーフの技師が作ったゴンドラを使うかでございます。ですが……残念ながらアサントホーエイの町を封鎖した時に、ゴンドラも破壊されております」
「ゴンドラの復旧は時間がかかりそうなのでしょうか?」
「復旧には帝都よりドワーフの技師が派遣される必要がありますし、特別な材料も必要でございます。当面は復旧できないでしょう」
「どのくらいかかるのでしょうか?」
「町へこれから向かうとすれば、ひと月もあればたどり着けるかと」
「ひと月」
昼食を食べた後、ノアは足においた木片をじっとみつめ、サイルマーヤを見て呟く。
それからオレを見た。
ひと月か……。
「焦ってもしょうがない。まずは情報収集を続けましょう。困った時こそ考えて行動しなくてはいけません」
不安そうに、そして焦っているノアへ声をかける。
「うむ。これは失礼を。このスープは少し失敗してしまったようです」
そんなノアを見て、サイルマーヤはペコペコと頭をさげつつ、残りのスープを持ち帰った。
「我々も少し調べ物をして、それから今度は美味しくできたスープを持参して、まいりたいと思います」
帰り際、サイルマーヤは言った。
「ふむ。気がかりなことは全部解決した後で、美味いスープを飲みたいでござる。なぁに、皆でとりかかれば大丈夫でござるよ。姫様」
ハロルドも落ち着いた様子でノアへと声をかける。
ノアは、まるで自分のことのように木片に手紙を書いた人物を心配していた。
だけれど、焦って行動しても仕方がない。
まず、何ができるかだ。
一歩ずつ進めよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます