第414話 ちいさなおねがい
館に戻ると、皆が豆判を完成させ、試し刷りが終わったところだった。
テーブルには何枚もの紙が散らばっている。
さらに、テーブルに色とりどりの絵の具が入った小皿があって、それらは窓の光をうけて、いろとりどりに輝いていた。
皆がやりきった顔をしていて面白い。
テーブルに置いてある大量の紙は、超巨大魔法陣解析に使った紙の余りのようだ。
試し押しだろう。乱雑に押してある豆判の絵柄が、すこしずつ違っていて試行錯誤の後がみてとれた。
超巨大魔法陣の解析も順調に進んでいる。
あの魔法陣は大きく分けて、三つのブロックから成り立っていることがわかった。
2つのブロックは一つの機能を実行するための魔法陣で、それとは異質の魔法陣が増築するように追記されている。
そのような構成をしていた。
「推測にはなるが、アプリに例えると、バージョンアップをするために追記したようだぞ。3つめのブロックはそういったものじゃないかと思う」
そんなことをサムソンは言っていた。
そこで最初の2つを優先的に解析することにした。
今はチームに分かれ、オレは一つ目のブロックを解析している。
分からないところは飛ばして、わかるところだけを埋めていく方式で進める。
カガミとミズキのコンビはもう一つのブロックを確認中だ。
そろそろ進捗について、互いの情報を取りまとめ交換しておいた方がいいかもしれない。
「リーダ! みてみて」
ノアは、ぼんやりと皆を眺めていたオレを見つけると、テーブルに置いてあった紙の一枚を手に取り見せつけた。
そこには、カラフルな豆判で描かれた風景があった。
豆判の模様だけで風景ができている。
葉っぱとお花、そして月と星。
トッキーはフライパンを描いているのかと思ったが、出来上がったのを見ると雪だるまだった。
「楽しい絵だね」
「うん。あのね、お花。3つ作ったの。これと……これ、それにこれはチューリップっていうんだって」
「へぇ。これは、二つの豆判を重ねたのか。綺麗な花だね」
「えへへ。こっちは……」
「紙はどうなったの?」
興奮した様子で次々と紙を手に取るノアの横から、ミズキがおずおずと声をかけてきた。
「うん。これ」
はがきサイズの紙を取り出し、ノアとミズキに渡す。
イレクーメ神殿でも取り扱っているというその紙は、はがきサイズの白く丈夫な紙で、赤い線で縁取られていた。
ざらざらとした表面が、画用紙を彷彿とさせる。
「いい感じじゃん」
「ついでに配達も、ユテレシアさんが手配してくれるってさ」
「へぇ。順調っスね」
「あと、タイウァス神殿の人達が、お昼ごはんを持ってくるってことになったよ」
「お昼ご飯っスか」
「そうそう。なんとか羊で、金色の毛のやつ。なんかすごい美味しいらしいよ」
「キャン! キャン!」
オレの言葉を聞いたハロルドが必死にわめきながらノアに近づく。
「それは! 金毛のニンテスコ羊のことでは! なんと、こんなところで食べられるとは、あの伝説のスープが! 夢にまで見たあのスープが!」
いつものようにノアが呪いを解くと、ハロルドが大声をあげた。
うるさい。
「夢なんスか?」
「うむ。拙者も吟遊詩人の歌からの知識でござるが、獣の臭みも無く、ゆでるだけで肉は上品な味をまとうそうでござる。中でも、水で茹でただけの料理! 金毛の記憶が湯に流れ、ゆでた水は金色に輝き、その味はまさに黄金。料理の黄金錫杖。王者のスープと言われるでござる」
「へぇ」
相変わらず食い物には饒舌なハロルドだ。
美味しいということはわかるが、料理の黄金錫杖って……なんのことやら、さっぱりだ。
「拙者。これは楽しみで仕方がないでござるよ」
「そっか。あのね、ハロルド」
「なんでござるか、姫様?」
「早くお料理が届かないと呪いでまた子犬に……」
「あっ! しくじったでござる。リーダ! いつごろ、料理はいつ頃に届くのでござるか?」
「お昼には間に合うってさ」
「うむ。ならば大丈夫なはず。これは拙者、呪いに打ち勝つでござるよ」
「頑張ってね。ハロルド」
ノアの応援に、胸をドンと叩いてニコリと笑った。
まったく、アホらしい。
「まぁ、がんばれ」
とりあえず適当に応援しておく。
「それからね、リーダ。みて」
ノアが小さな楽器を手に笑顔になる。
プレゼントの一つは、楽器だったようだ。
竪琴。
ノアが構えると様になる。
「弾けるの? ノアノア」
「ううん。ちょっとだけ……でもね……なんでもないの」
「そっか」
それから次々と箱を開けていく。
ミズキのやつめ、ノアのプレゼントというのに我が物顔で開けていきやがる。
もっと丁寧にあつかえ。
楽器や、帽子、本に人形。
これから寒くなるということで、防寒具。
その他色々なものがあり、それぞれにノアに対する感謝の言葉や、応援の言葉などが入っていた。
ノアは乱暴なミズキとは違い、ゆっくりと時間をかけて丁寧に一つずつ手に取って嬉しそうに笑っている。
そんな時のことだ。
『カラン……』
箱を動かしている途中、小さな木片がノアの足下に転がった。
何かの廃材だろうか、形はいびつで木片の端はくすんでいた。
木片には、穴が開けてあり、カラフルな紐が通してある。
「あれ」
落ちた木片を拾い上げたノアは小さく声を上げた。
「どうしたの?」
「これ、私にも読めるの」
「どれどれ」
これは……ヨラン王国の文字だな。
帝国の文字とは少し違う。
大きさが不揃いなのと、書き慣れていない感じから、子供が書いた文字のようだ。
裏面には、白い花の絵が描いてある。
これも子供の描いた絵だ。
「ママを助けてって書いてあるの!」
ノアがオレに向かって言った。
泣きそうな顔で。
お母さんを助けて。
クレベレメーアの町。
母親を助けてという単語と、町の名前。
「調べてみよう」
ノアから木片を預かり、約束する。
「うん。早くしないと。ママにあえなくなっちゃう……」
「そうだね。離れにいる管理人さんに聞いてみるよ」
わかっているのは町の名前だけ。
場所もわからない。
情報収集が必要だ。
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