第二十一章 行進の終焉、微笑む勝者

第417話 閑話 4人の皇子

 次の皇帝が近々明らかになる。

 出どころは分からないまま、この数年、そんな噂がささやかれている。

 かねてよりの慣習により、皇位につけるのは男子のみ。

 次期皇帝の候補と噂されるのは4人の皇子。

 悲運すら笑う第1皇子クシュハヤート。

 豪腕を体現する第2皇子イブーリサウト。

 人望あふれる第3皇子ナセルディオ。

 端正体現する第4皇子ディクヒーン。

 彼ら4人が最終候補としして囁かれているのには根拠がある。

 皇帝に招かれ、食事をとる。

 ただの食事ではない。

 皇帝の私室。

 大きな部屋。帝国の頂点たる皇帝には似つかわしくもなく、質素な部屋。

 皇帝と交わされる話、その話題は帝国の中枢に関わることだ。

 すでに、知れ渡った習慣。

 それこそが、次期皇帝として囁かれる所以。

 そこで4人の皇子は話をする。

 皇帝の前で皇帝の問いに答え、そして自らこそが次期皇帝だと。

 その日もまた、同じような食事の席。

 その日の話題は、ノアサリーナ。

 帝都へ向け、先の読めない進路を取り進む一行。

 神々に仕える者を引き連れ、歌い、舞い踊りながら進む一行。

 ノアサリーナ一行への対処、それが今日の話題だった。

 いつものように彼らは彼らの主張をし、自らこそが皇帝にふさわしいと父親である皇帝に示さねばならない。

 とても濃い濃いワインをグラスに注がれた後、熱いスープがグラスに加えられ、ワインは薄められ甘い匂いが立ちこめる。


「では、父上。ノアサリーナの対応をまかせると?」


 準備のできたワインを手に第3皇子ナセルディオが皇帝へと問いかける。

 皇帝は、軽く頷いた。


「ノアサリーナ一行は、皇帝の名を口にせず、不可思議な言葉を民衆に叫ばせる始末」


 巨漢の第2皇子イブーリサウトは、鼻息荒く悪態をついた。

 それから、震える手で給仕されたワインを奪い取るように手にして、口をつけた。


「おやおや、イブーリサウトはまたもや押さえつけるつもりで? 自らの家臣のように」

「愚弄するか、ナセルディオ」

「いえいえ。なぜ話し合いで解決しないのかと」

「ふん」

「……だが、ないがしろにはできない」

「クシュハヤートは、悩むばかりですね」

「まったくだ。自らの無能には恥じ入るばかりだ」


 第3皇子ナセルディオに嘲笑された第1皇子クシュハヤートは苦笑しつつ頷く。

 肩まで伸びた薄赤の髪から少しだけ見える彼の額のしわがより深くなる。


「で、ナセルディオ、お前はどうなのだ? 周りの意見に嫌味を言うばかり、何もないのか? ん?」


 そのようなクシュハヤートの姿をみて、気に入らないのかフンと鼻息を鳴らし、イブーリサウトがナセルディオに向き直り問いただした。


「別に、ノアサリーナが帝都にきても常日頃と同じです。話せばわかり合えます。きっとね」


 怒気を含むイブーリサウトの言葉に、余裕の笑みをうかべナセルディオが返す。


「自信のある様子がうらやましいよ。ディクヒーンは意見しないのかね?」


 クシュハヤートは、ナセルディオに対して笑った後、横に座る第4皇子ディクヒーンへと声をかけた。


「私は……神殿がなぜあれほどの協力をするのかを知るべきかと」


 いきなり声をかけられたのが意外だったのか、ディクヒーンは細く白い指で唇をなぞった後、かすれた声で絞り出すように答えた。


「皆、それくらい把握してるよ。ディクヒーン。おや、顔色が悪いが、大丈夫かい?」

「えぇ。心配ありがとうございます。ナセルディオ」


 食事をしながらの会話は淡々と進む。

 部屋は質素だが、食事は豪華だ。

 食べきれないほどの豪華な料理。

 皇帝と4人の皇子、彼らが食べきれなかった食事が、宮殿中の者に下げ渡され、宮廷中の下働きの腹を満たすこともあるという。

 それほど豪華で、大量の料理に、4人の皇子はほとんど手をつけず語らい合う。

 皇帝はその様子を関心なさげに見つめつつ、料理を一人食べ続けていた。

 いつものように、食事は終わり、一人ずつ皇子達が退席する。

 最初に皇帝へ深々と頭を下げ、部屋から出てきたのは第1皇子だった。

 すぐに第1皇子の数人の臣下が駆け寄った。

 臣下全員を連れて皇帝の私室には入れない。

 せいぜい一人だ。

 だからこそ、いつも部屋の前にはそれぞれの臣下が立ち並び、主が部屋をでてくるのを待つ。


「どうでございましたか?」


 駆け寄った一人が、小声で問いかける。


「ナセルディオは、既に私のことなど眼中にないようだよ」

「なんと無礼な!」

「イブーリサウトも同じことを言っていた」


 そう言ってクシュハヤートは笑う。


「相変わらずですか。して、ディクヒーン様は?」

「あいつは既にダメだろう。今日も青い顔をして会話についていくだけでいっぱいであった。最初は第9皇子だったか……上り詰め第4位まで来たのに、ここまでだ」

「左様で……」


 歩みを速めながらマントを翻し、宮殿の中を延々と第1皇子は進む。

 臣下の他にも、帝国貴族達とも話しながら、宮殿の外へとでた。

 久しぶりの食事会だったせいもあって、面会を希望する貴族と会い、宮殿を出る頃には日は落ちかけ空は夕闇に包まれていた。

 控えていた馬車へと乗り込み、クシュハヤートは胸元を緩めて息を吐く。


「ナセルディオが最も皇帝に近いというのは、誰の目にも明らかなようだ。イブーリサウトも名をあげ、私はすでに3番手……と囁かれる始末」


 そして、すでに馬車の中で控えていた腹心へと乾いた声で言った。


「どうされるおつもりで?」

「最後はあの男に頭を下げねばならんかもな」


 自嘲気味に呟いたクシュハヤートの言葉に、腹心が驚きの顔を浮かべる。


「諦めるので?」


 クシュハヤートは笑った。

 それはそれは楽しそうに笑った。


「慎重に、慎重に」

「いまだ慎重にでございますか?」

「機会を待つ」

「何をのんきなことを」

「焦ってはダメなのだ。おそらくな。さて、ノアサリーナだ」

「ノアサリーナ、聖女と謳われるあの呪い子」

「そうだ」

「聖なる歌を響かせ、あらゆる神々の神官団を引き連れ進むノアサリーナは、帝国の空気を大きく変えつつあります。いまや皇帝陛下ではなくノアサリーナの不思議な掛け声を叫ぶ者も多いそうです」

「皆が言っているな。驚くべき事態だ」

「皇帝をないがしろにするなと陰口をたたく者もいるようです。その数も少なくはありません。市中の者のみにあらず、貴族の中にもノアサリーナの評価を巡り争いが起こっている模様です」

「悩ましい状況だ。そして、そのノアサリーナを呼び寄せたのはナセルディオだと推察される」

「ナセルディオ様が?」

「あぁ。目的は分からないが……。だが、彼の思惑はどうであれ、私はノアサリーナに会ってみようと思う。彼女が帝都へと来る前に」

「クシュハヤート様が、自らが帝都を離れると? このような大事な時に帝都を離れるとおっしゃるのですか?」

「秘密裏にだよ。あの行進を止めなくてはならない。あの行進を帝都で迎えたとき、私が皇帝になる道は絶たれる。確証のない推察……いや、勘だな」

「行進を? 敵も多いとはいえ民衆の熱狂に支えられ、臣民に害を為す者を駆逐し進む一行を?」

「帝国を治めるのは皇帝だ」


 第1皇子クシュハヤートは、眉間に深くしわを残したまま静かに言った。

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