第406話 ひどいのにえがお

 突然の異常事態にユテレシアは困惑して呆然としていた。

 このままにはしておけない。

 とりあえず、ノアに館の中に戻ってもらおう。

 それから……エリクサーを飲ませよう。

 まずは、ノアが優先だ。

 そう考えたのは、オレだけではなかった。


「ノアノア。ちょっと、冷えちゃったのかな」


 ミズキとカガミが、ノアに先程貰ったばっかりのマントを羽織らせる。

 冷えたことを理由として、ノアを館へと連れていくようだ。

 そうだな。

 祝福のせいで、健康を害したなんて言うわけにいかない。

 ノアは咳を必死に我慢しながら背筋を伸ばし、小さくお辞儀をした。

 多分、ユテレシアに気を遣ったのだろう。そして他の神官たちにも。


「確かに、今日は少し雲が厚い。もしかしたら雪が降る前兆ではないかと思われます。ノアサリーナ様のお体を考えると、館へ戻っていただくべきかと。その間に私達ケルワッル神官団が、次の出し物を用意しましょう」


 そう言って犬の獣人であるケルワッル神官ワウワルフが手をぱっと上げる。


「おお!」


 その言葉を受けて、ジェルアール神官達が肩に担いでいた丸太をどんどんと組み上げる。

 何をするつもりなのだろうか。


「聖なる儀式か何かですか?」


 ヘタに、人に対する祝福なんてされた日には、ノアがますます酷い目に遭いそうで怖い。

 返答次第では、止めなくてはならない。


「これは、めでたい席にて披露するケルワッル神官団の秘術にして火術の一つでございます」

「秘術っスか?」

「神への加護を得て、歌う火の柱を立てるのでございます。祝福にはつながりませんが、燃え盛る火柱は、音色にて人々を驚かせ、笑顔をもたらします」


 へぇ。そんな加護もあるのか。

 しかも祝福ではないと言う事に安心する。

 派手な宴会芸みたいなものか。

 加護という言葉からかけ離れている気もするが、この世界ではそういうものなのだろう。

 木は内側に向かって倒れ込むように立てかけられ、互いが互いを支え、円錐形の形をとる。

 そして四方にひとりずつ神官が立った。

 続けて胸元に手を当て、まるで呪文のように祈りの言葉を口ずさむ。

 円錐形に組み立てられた木々の隙間中央部分に、突如火花が散った。


「さて、ご覧あれ! これより、すぐに火柱は立ち上り、そして綺麗な音色を奏でます」


 決められた台詞のように、ケルワッル神官達が声を揃え、宣言した時だった。


『ポツリ……ポツリ……』


 地面が濡れる。

 まさか。

 オレと同僚達が、ケルワッル神官達が作った木のオブジェを見る。

 パチパチと小さな音をたてて、これから燃えようとしていた木組みは、一気に勢いがなくなっていく。

 それは、失敗したキャンプファイヤーのように。


「ちょっとやめてよ。リーダ」


 呆れたような、面白がっているようなミズキの大声が響く。

 雨が降ってきた。

 そして当然のように同僚たちはオレを責める。

 お前が雨男のせいで、ケルワッル神官達の出し物が失敗したじゃないかと。

 だが、何もしていない。

 何もしていないのだ。


「あっ……」


 ノアが小さく声を上げ、泣きそうな顔でオレを見ていた。


「大丈夫、ノア?」


 そう声をかけると、ノアは自分の体を抱き締めるようにぎゅっと腕を組んで、こくこくと頷いた。

 そうこうしているうちに雨は勢いを増し、強く降り出した。


「なんと?」


 ケルワッル神官の代表は、大きな声を上げる。


「早く料理片付けないとまずいっス」

「ノアちゃん、濡れるから館に早く入りましょう」


 そう言ってカガミが早く戻るようにノアの背中を軽く押す。


「もう、リーダ。やめてよね」


 両手に皿を抱えたミズキが笑いながらオレを見る。


「まったくだぞ。ちょっとは手加減してくれよ」

「さすが先輩っスね」


 サムソンとプレインも笑いながら片付けだした。


「神官の皆様も、館に入ってください」


 ノアを抱き抱えるように持ち上げたカガミが、館へと駆け足で戻りながら、軽く振り返り神官達に声をかける。


「では、片付けを手伝いながら館で雨宿りするトヨ」


 まっていましたとばかりに、カガミの言葉を受けて、エテーリウが真っ先に動きだした。

 テーブルの上にあった料理を、皿ごと持ち上げ館へと駆けて行く。

 それを見たユテレシアは、ハッと我に返ると動き出し、エテーリウのように皿を抱え館へと入っていった。

 それから他の神官達も。


「なるほど。雨を……リーダ様は主であるノアサリーナ様の為に、かようなことを。自らの立場を悪くすることもいとわずに」


 ケルワッル神官の代表は笑顔でオレに言った後、他の神官達と同じように皿を抱えて館へと走っていった。

 館に戻るとノアはびしょ濡れだった。

 ノアだけではなく、その場にいた全員がびしょ濡れだった。

 そしてノアのくしゃみは止まっていた。


「雨にね、濡れたら大丈夫になったの」


 ノアは小声でカガミに答えていた。

 あの光の粒が、ノアに降りかかり、それが原因でくしゃみをしていた……それが雨で流され、くしゃみが止まった。

 そんなところだろうか。

 花粉症の人間が、服にくっついた花粉を吸い込んだ時のように。

 それが雨で洗い流されたと。


「ごめんなさい。私のせいで全部台無しに……沢山準備してもらったのに……」


 それからノアはオレ達に向かって言った。


「違うよ。ノアノア、台無しにしたのはリーダだよ。リーダ」

「そうっスよ。先輩っスよ」

「まったく。キャンプファイヤーに似てるからって……手加減してくれよ」


 同僚達が笑いながら、ノアのせいではなく、オレのせいだと言った。


「あぁ、そうだよ。全部、オレのせいさ」


 そんな同僚達に開き直って言い返す。

 そうさ、オレのせいだ。

 ノアが嫌な思いするぐらいなら、オレが代わる。

 だって今日はノアの誕生日だからな。

 同僚達の笑顔の言葉を聞いて、ノアは少しだけ悲しそうな顔でオレを見た。

 ノアはあの雨は、オレの呪いが原因だと思っている。

 そう、キャンプファイヤーに遭遇すると、雨が降る……雨男のさがだ。

 でも問題はない。

 何が原因でも、誰が原因であっても、ここにはそれを責める人間はいないのだ。


「これで皆おそろいだよ。ですよね、ノアサリーナ様」


 オレは自分の服の襟をつまみ上げて笑って言った。

 とっさに思いついた台詞。

 皆、びしょ濡れになったという言葉。

 そんなオレの言葉に、少し前まで悲しそうだったノアは笑って大きく頷いた。


「じゃあ、着替えてきます」

「あっ、サラマンダー。皆の分乾かしてあげてね」

「だったら着替える必要ないだろ?」

「大事を取りたいのです。ノアサリーナ様が風邪をひいてしまったらどうするのですか?」


 カガミがいかにも仰々しくかしこまった物言いをする。


「そういうこと」


 ミズキが笑顔でそう言った後、ノアとカガミにミズキは館の奥にある部屋へと引っ込んでいく。

 サラマンダーはオレ達の足元をちょこまかと走り回ったあと、体をぶるぶるっと震わせて、ノアの方を後を追っていった。

 そして、その一瞬で俺たちの服は乾いていた。

 やっぱり精霊の力はすごいな。


「ところでケーキって、まだ食べられるんスかね?」

「そうだな、ちょっと濡れたけど全然大丈夫だぞ」

「じゃあ、続きはこの部屋でってことっスね」


 それからはオレ達に加え、館に入った神官達も含めて誕生日会を再開する。

 全員分を考えると、料理は少なめだ。

 一人一品というわけにはいかない。

 ということで、バイキング形式で、おのおのが食べ物をよそって食べることにした。

 しばらくすると服を着替えたノア達3人が戻ってくる。

 さっきの出来事はどこへやら。

 気を取り直したオレ達は、それからしばらくの間飲んで食べて、神官達のちょっとした小話を聞きながら夜を過ごした。


「あっ。ノアノアが寝てる」


 そんな中、ノアはいつの間にか眠ってしまったようだ。

 椅子に深く腰掛けたノアは、小さく口を開けて座ったまま寝ていた。

 カガミが、ノアを抱きかかえて静かに部屋を出る。

 ノアの寝顔は、小さく微笑んでいて幸せそうに見えた。

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