第405話 かねのねとしゅくふく

 ついにやってきたノアの誕生日。

 花火が誕生日プレゼントなので、誕生日会の始まりは夜だ。

 ただし、ノアは寝る時間が早めなので、日が沈んだらすぐにスタートだ。

 午前中も、お昼を過ぎてからものんびりと。

 いつも通りの日常が進む。

 バレないように、バレないように、殊更にいつも通りだ。

 ただ、少しだけ違うのは、せっかくの豪華な夜ご飯。

 デザート類だけは、皆で作ることにしたのだ。


「今日はデザートパーティだ!」

「いっぱい作るよ。ノアノアにチッキー」

「トッキーにピッキーも頑張るっスよ」


 作るのはプリン。

 サムソンとオレはパス。

 どうにもお菓子作りに使う砂糖の量を見るだけで、食欲がなくなる。

 いつも思うが、砂糖の量……絶対おかしいだろ。

 ケーキにしろ、デザート類を作る時はいつもそう思う。

 特に問題もなく、いつも通りの日常が進み、日が暮れた。

 違うのは、やたらめったら作られる甘いお菓子。

 余ったらオレの影の中に投げ込む。

 いろとりどりのお菓子の山に、ノアをはじめ皆が大喜びだ。

 やっぱり沢山のお菓子をみるとテンションが上がる。

 日が暮れるちょっと前から、ハロルドの呪いを解いた。


「ハロルドもお菓子食べたいと思ったの」

「さすが姫様」


 上手い具合にノアがハロルドの呪いを解く提案をしてくれる。

 これでハロルドも含めて、皆で万全の状態をもってノアの誕生日を祝える。


「今日はね。お菓子をいっぱい作ったんだよ」

「ふむ。これは豪華でござるな」

「少し、冷ました方がいいと思います」


 カガミがあらかじめ予定していた台詞を話す。

 こういう言葉で、最後の仕上げに必要な時間を捻出するのだ。


「では、姫様。ひさしぶりに剣戟の訓練でもしつつ過ごそうではござらんか。動けば腹も減り、沢山食べられるというもの」

「うん!」


 ノアとピッキー達は、ハロルドの指導の元、稽古をする。

 ほどなくミズキをはじめオレ達も稽古に加わった。


「では、次に姫様。その赤い刀身の短剣を使うでござるよ」


 ノアが持っていた短剣。

 フェズルードで黒の滴と遭遇した時に、自分に向かって振り下ろそうとしていた短剣は魔法の品だった。

 魔力を無尽蔵に食って、所有者の思い通りに形を変える不思議な武器。

 それがノアの持っていた短剣の正体だったのだ。

 魔力量が桁違いのノアにとって、それは強力な武器になるという。

 ハロルドの提案によって、最近それを使ってノアは戦う訓練をしている。

 特に誰っていう敵がいるわけでもないが、せっかくいい先生がいるのだ。

 ノア達にはいろいろな経験をして欲しいということで、戦い方を習う。

 そうやってハロルドと武術の稽古をしている間にも、花火の準備が進む。


「うむ。もう日が暮れてきたでござるな。さて、今日はこれぐらいにしとこうでござろうか」

「うん」

「さてと、拙者、少しお腹が空いたでござるよ」

「私も!」

「では、食事にするでござる」

「そだね。私もお腹空いちゃったし、ご飯食べて、それからお菓子」


 そう言って、ミズキとハロルドはこちらを見る。

 急いでセッティングしたテーブルだ。


「あれ、今日はお外でご飯を食べるの?」


 館の前にあった料理を満載にしたテーブルを見て、ノアが近寄ってくる。


「そうっスよ」


 プレインが軽快な調子で答える。

 そして、ノアが座る椅子を引いた。


「あれ?」


 引いた直後、オレがわざとらしく声を上げ、空を見上げる。

 ノアが釣られて、オレの視線の先を見た時に、それは始まった。


『ヒュー……』


 ややのんびりとした風切り音がした。


『パァン』


 続けて、炸裂音がする。


「わぁ」


 ノアが驚きの声を上げる。

 上手くいった。

 サムソンが魔導具を作動させたのだ。

 予定通り連続して花火が上がる。

 リズミカルに。

 魔法の詠唱により花火をあげることは簡単だったが、魔導具化して正解だった。

 お陰で、皆が花火を楽しめる。

 魔導具化しなかったら、誰か一人は魔法の詠唱でこの場を離れる必要がでてくるからな。

 それは最後の手段だ。

 せっかくの誕生日。

 皆で祝いたいのだ。


「誕生日おめでとう」


 ノア以外の全員が声をそろえる。


「あっ」


 オレ達の言葉で、初めて今日が何の日だったのか気がついたようだ。

 ノアは大きく目を開き、口をあんぐりと開け、ロンロを見た。

 それから、キョロキョロとオレ達を見回した。

 サプライズが成功したことに、オレ達も嬉しくなって笑顔だ。

 広い広い館の前の庭、そこにいるのはオレ達だけ。

 ギリアの時とは違い、料理が沢山ある広々とした空間でオレ達の花火を見る。

 ゆっくり食事をして、花火をみて過ごす。そのつもりだった。

 ところがその花火の光に呼応するように、アサントホーエイ中の屋根がキラキラと煌めきだした。

 屋根が光っているというわけではなくて、屋根の上に人が乗っているようだ。


「なんだろ……すごいっ!」


 ミズキが嬉しそうに声をあげる。

 オレも、身体強化で視力を強化して見ることで、ミズキが何に感激したのかが辛うじて見えた。

 アサントホーエイの町にいる人々が、各々ろうそくを持ってゆらゆらと揺らしているのだ。


『カラーン……カラーン……』


 そして、それから、アサントホーエイにある沢山の鐘が、入れ違いに鳴り響く。

 時間差で鳴り響く鐘は、綺麗な音色を響かせる。

 それはまるで音楽のように。

 花火の光と、鐘の澄んだ音色。

 それらに呼応するように、揺らめくろうそくの光。

 思った以上に幻想的な光景が広がる。


「素敵です! そう思います。思いません?」


 カガミがウットリした表情でオレ達に問いかける。

 アサントホーエイの人々によるサプライズ。


「リーダ達もびっくりしたの?」

「まぁね。こんな風に鐘が鳴るなんて思わなかったよ」

「よかったね」

「えぇ。本当に。そして、ノアちゃん! しかも! 今日のケーキは特別製です!」


 カガミが自慢げにケーキを紹介する。


「まん丸いケーキだ! まるでお月様みたい」


 ケーキは、ろうそくの光に照らされて、キラキラと輝く。

 そんなケーキを眺めながら、とりあえずはカレーだ。

 ついでに唐揚げ。

 ちょっとだけ量が控えめなカレーと、唐揚げを食べたら、次はケーキだ。

 まんまるい宙に浮かぶケーキを思い思いに切って食べる。

 揚げたてのポテトチップスが次々とテーブルに追加される。

 飲み物は果物を砕いて作ったジュース。

 ジュースにケーキ、そしてポテチ。

 それからプリン。

 白いプリンに、茶色いプリン。


「おやつばっかりだね」


 笑顔でノアが、ケーキを一生懸命に食べつつ言った。

 夢中で食べているせいか、鼻の先にクリームがついている。

 それが、少し可笑しく、そして嬉しくなる。


「肉もあるよ。それに、たまにはこんなものもいいもんだ」

「主賓を差し置いて、真っ先に肉を手に取るだなんて」


 カガミの苦情を軽く聞き流し、肉を食べ、打ち上げの続く花火を見る。


「おいらたちからです」

「ありがとう。ピッキー達みたい」

「大工さんの人形です」


 そんな風に肉に舌鼓を打っている間に、ノアはピッキー達からプレゼントをもらっていた。

 今年もお人形。今年は3体。

 獣人、ピッキー達そっくりの人形だ。

 ノアの人形のコレクションがどんどん増えていく。

 カバンには入りきらない数になった。

 ということで、最初の一体以外は、海亀の小屋においてあるか、もしくはオレが持っている。

 人形の他にも家を作ったり、テーブルを作ったり、トッキーとピッキーがちょくちょくと小物を増やしているのもあって、ずいぶんと豪華になってもいる。

 今回のプレゼントで、そこに新しい家族が加わるわけだ。

 オレがカレーと肉の食い過ぎでつらくなってきた頃、領主がやってきた。

 お祝いの言葉を述べるために、わざわざやってきたそうだ。

 領主の助手が、うやうやしくノアの前に箱に入った布を広げて見せた。


「これは?」

「ノアサリーナ様の誕生日プレゼントです。イフェメト帝国では、一般的なマントです。ただし、これは見事なものです。職人達は十分な仕事をしてくれたものです」


 アサントホーエイの町でよく見る、すごく薄い生地で作ったマント。

 すごく薄い布を何枚も何枚も重ねた、ふわりとしたマントをプレゼントしてもらう。

 はっきりとした黄色に、白の刺繍が映えたマント。

 お祝いの言葉を言いに来たのは、領主だけではなかった。

 それからやってきたのは神官達。

 ケルワッル神官達はなぜか全員が丸太を抱えていて、エテーリウは巨大な壺を持っていた。

 それぞれがお祝いの言葉を述べる。


「では、ノアサリーナ様に、幸せな未来があらんことを」


 ユテレイシアがそう言って、小さな声で何かを呟き、ノアへ向かって軽く手を振る。

 いつも彼女の肩に留まっている鳥が、ふわりとノアの頭上を舞い、小さな羽を落とす。

 羽はノアの頭上で砕け、小さな光の粒となり、ノアへと降り注いだ。

 そして、それはその時に起こった。

 ノアに降りかかった光の粒が、ノアに触れた途端パチパチとはじけた。


「クシュン」


 ノアがくしゃみをする。

 えっ?


「クシュン、クシュン」


 ノアの咳が止まらない。

 もしかして。

 ユテレイシアは突然のことに困惑していた。

 もしかして、これは……。

 神官の祝福を、ノアの呪いが拒絶したのだ。

 それは善意から起こったトラブルだった。

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