第404話 ぽてち

 昨日、雪が降った。

 パラパラと控えめな雪が。

 今年も年末が近い。雪が降るのは当然だろう。

 この世界の呼び方で眠りの月。

 つまりは、ノアの誕生月だ。

 ということで、先日から誕生日会の準備をせっせと進めている。

 もちろん、ノアには内緒だ。


「いつも思うのですが、月日が経つのはあっという間だと思います。思いません?」


 夜中、皆で打ち合わせをしていると、カガミがしみじみと言った。オレも同意見だ。

 つい先日、誕生日会をしたような気がするが、もうあれから1年経っている。

 ちなみにノアの誕生日が近いということは、アサントホーエイの町中に広まっている。

 プレゼントも含め、誕生日会のために買い出しに向かった時に、チッキーがポロリと言ってしまったのだ。

 言ってしまったこと自体については、何の問題もない。


「なんだか、町の人達もいろいろ考えてるみたいっスよ」

「すでにお祭りの準備って感じだよね」


 だが、盛り上がりがすごい。

 ノアにバレてしまわないかと、ヒヤヒヤもんだ。

 どうにもノアは月日について無頓着で、自分の誕生日が近いという実感はないようだ。

 というより、毎日が一生懸命でそこまで気が回らないという方が正しいか。

 そういえば随分前にミズキが言っていたな。

 時間がもっとゆっくり進んで欲しいと、ノアが言っていたことを。

 ずっと今日が続けばいいのにと言っていたことを。

 ノアなりに思うことがあるのだろう。

 オレが小さい頃は、早く大人になりたいと思っていたもんだ。

 ところが大人になったら、子供の頃に戻りたいと思ってしまう。

 我ながら勝手なものだ。

 それはさておき、ノアには誕生日会の事はバレていない。

 そうであれば、粛々と進めるのみだ。


「今年はアサントホーエイの果物で作ったケーキをメインとする」


 とりあえず宣言する。

 特に異論はない。


「材料にも慣れましたし、素敵なケーキができると思います」


 ケーキ作りはカガミ主導。

 ちらりとカガミが見た方には、木箱にはいった果物が顔をのぞかせていた。

 アサントホーエイの町にあった果物は、見た目も綺麗な果物だ。

 パッと見は、パイナップル。だた、パイナップルでいう実の部分ではなく、葉っぱの部分を食べる。

 肉厚の葉っぱ。堅い葉っぱの表面を剥くとゼリー状の甘い部分がでてくる。

 それを堅く焼いたパンでそぎ取って食べるのだ。

 今回は、直接食べるのではなくケーキの材料として使う。


「でも、やっぱり現地の料理人は凄いっスね。ボク達の発想にない事沢山知っているっス」

「そうそう、ケーキを宙に浮かせようなんて、考えてなかったよね」


 アサントホーエイの町にいる料理人が手伝いを申し出てくれた。

 しかも、すごい提案付きで。

 料理人の提案で、まんまるいケーキを作ることになったのだ。

 魔法のある世界、ケーキの形も千差万別。


「こちらのケーキを、もっと豪華に祝いの席に映えるようにしてみてはいかが?」


 料理人のおばあさんが提案し、見せてくれたのは、ボールのようにまん丸いケーキ。

 それが空中に浮いていた。

 宙に浮く、丸いケーキが作れるなんて夢にも思わなかった。


「借りてきた皿にあった魔方陣を解析したが、面白かったぞ。あれ、材料指定で浮かせるから、魔力消費が抑えられるみたいだ」


 サムソンが、練習用にと借りてきたお皿を解析した結果を嬉しそうに報告する。

 ケーキを空に浮かせる秘密。

 それはやはり魔法だった。

 魔法のお皿の上に丸いケーキを浮かせて、そこに盛り付けをするのだ。

 まん丸く空に浮かぶケーキの盛り付けは、いろいろとノウハウが必要で、オレ達だけでは難しいが、そこは料理人達が手伝ってくれる。


「こんな感じで、お皿には食べられる花ビラをあしらわない?」


 ミズキがさらさらとテーブルに置かれた紙に、イラストを描きながら説明する。

 皿の上に、食べられる花をあしらうか。

 参考にと見せてもらった料理では、皿の上にはジャムで描いた絵があっただけだ。

 ミズキのアイデアの方が見た目も華やかで、料理のボリュームも増す。

 皆も前向き。


「ケーキの他はどうします?」

「カレーは外せないだろ」

「そうですね。ノアちゃん好きだし、いいと思います」

「プレゼントはどうするんだ?」

「チッキー達は人形作るって言ってたよね」


 ミズキがニコニコと笑いながら、揚げた花びらをパクリと口に入れる。

 揚げた花びらには塩を振る。

 ポテトチップスのような食感に味。

 食べる度に鳴り響くパリパリという音は、ポテトチップスそのものだ。

 しかも花ビラなので、ジャガイモのように皮を剥いて薄くスライスする必要もない。

 ポテトチップス代わりになると思いついたカガミは天才だと思う。

 ということで、最近は揚げたてのポテトチップスが気軽に食べ放題だ。

 ポテトじゃないけど、もうこれはポテトチップスと呼んでいいだろう。

 揚げたてというのは、魔道具で揚げ物を簡単に作れるようにしたからだ。

 テーブルの上に小さい壷があり、中には煮えたぎる油が入っている。


「本当は、もう少し沢山の油で、コロッケ辺りも揚げられるようにしたいんだがな」


 サムソンが、小さい壺を指ではじきぼやいた。

 常に新鮮な油を煮えたぎった状態に保つため、できるだけコンパクトにせざる得なかった。

 それを悔やんでのコメントだ。


「でも、今のままでも、便利っスよ。大きな物が揚げられない代わりに、取り回し楽っス」


 だが、サムソンのぼやきにも似たコメントを受けての、プレインの言葉にオレも同意だ。

 小さく底の浅い壺は取り回しが楽なのだ。

 これが大きくなるとテーブルの上にのせようという発想は難しくなるだろう。

 とりあえず、魔導具の壺に花びらを入れて、箸で取り出し、塩をかけて食べる。

 あんまり食べ過ぎると喉が渇いて仕方がないのだが、なかなか揚げたてポテトチップスの魔力には逆らえない。


「食べてばっかりじゃなくて、どうするか考えてほしいと思います。思いません?」

「そっスね」

「誕生日プレゼントどうするかだよね?」

「そうそう」

「去年はドレスを作ったよね。魔法のドレス」

「ノアちゃん気に入って、しょっちゅう着てくれてますよね」

「だな。今年はまた別のもので……やはり魔法を使って何かしたいぞ」

「そうだねぇ」


 皆でのんびりとポテトチップスを食べ、軽くお酒を飲みながら考える。


「魔法で作ったドレスとは違う方面……物というより、思い出になりそうな物がいいと思います。思いません?」


 そうだな。カガミの言うとおりだ。

 魔法で物を生み出すと、ドレスとかぶりそうだ。

 それなら、まったく別の物がいいだろう。


「花火はどう?」

「えっと、花火……ですか?」

「お祝いの花火。ほら、ギリアで見たような」

「いいっスね。それ」」

「賛成だ。ノアちゃん、おめでとうって感じで、いいと思うぞ」


 ミズキのアイデアに皆が賛成する。

 こうしてノアの誕生日にオレ達は花火を作って祝うことにした。

 そうと決まればまずは領主の許可を取らなくてはならない。

 いきなり巨大な魔法の火花を散らすのはまずいだろう。


「ノアサリーナ様の誕生日を祝おうというのか。了解した。もし触媒が必要であればこちらで手配しよう。なんなりと言ってくれたまえ」


 領主アーブーンスはあっさりと了解してくれた。しかも触媒まで手配してくれるという。

 ということで、すぐに作業に取り掛かる。


「最近は超巨大魔法陣の解析にかかってばっかりだったからな。たまに違うことやるのは、気晴らしになるぞ」


 サムソンは相変わらず技術面に関して乗り気だ。

 ミズキが花火のデザインを考える。

 カガミがそれを実装する。

 そうやって作られた魔方陣を、空一面に広がる程の巨大な物にして、なおかつ魔導具化にするのがサムソン。

 そんな役割分担だ。

 オレは前回と同じく、ノアの注意を引きつける係。

 プレインは音響面でサポートすると言って何か魔道具を作っていた。

 ピッキー達は例のごとく3人で何かをするという。


「料理の材料を買ってきます」


 ついでにカガミはケーキ作りもするので、最近はよく出かけている。


「うぬぬ、拙者もこのような呪いに苦しむ身でなければ」


 ハロルドは贈り物が満足に用意できない自分の身を嘆いていた。

 というわけで、オレと一緒にノアの注意を引く係。


「アサントホーエイの封鎖も、もうすぐ復旧するそうです」


 復旧したら、流通が回復すると、商人達たちが喜んでいるのをカガミが町で聞いたそうだ。

 もしかしたら、ノアの誕生日前に道が復旧するのかもしれない。

 でも、出発は誕生日会の後だ。

 オレ達はそう決めている。

 さぁ、あと10日足らずラストスパートだ。

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