第402話 ゆうびんばんごうぼ
これが神具。
本当にこの世界の神具はロクな物がない。
「不思議な人形ですが……なぜこれを私に?」
ノアが当然のように聞き返す。
そうだ。
この人形をどうしてノアに渡そうとするのか、それが大事だ。
「ええ、今回私どもは大変悔しい思いをいたしました。アサントホーエイの町でノアサリーナ様一行が立ち入る時に、我らは神具をお渡しできなかったのでございます」
確かになかった。
でも、こんなものを借りても……。
というか、預かっていた他の神具も、いい加減返さなきゃいけないなと思っていたところだ。
「いえ、神具は大切な物なのでしょう? 私達が預かり続けるのは申し訳なく……」
丁度良い機会だ。
返却する考えを述べていた時のことだ。
「そうですね。イレクーメの神具である石像も、ノアサリーナ様にしばらく預かっていただきたいと思います」
オレの言葉を遮るようにユテレシアが言葉を発した。
ユテレシアは、オレ達から神具を返してもらうつもりはないという。
「いえ、こんな大切な神具を、私達が特に理由もなく預かるわけにはまいりません」
ここは、はっきり言っておこう。
わけもわからず、いろいろな神殿から神具を持ち込まれても、対応に困る。
オレの言葉に対して、ブロンニはにっこりと笑った。
「理由はあります! 今や、ノアサリーナ様は聖女として名を轟かせつつあります。そのような方が、我らが神殿の神具を掲げる姿。感銘をうけ、ナニャーナ信徒になりたいと申し出る者が続出するに違いがありません」
「えぇ。イレクーメ神殿としても、信徒が増える未来を信じています」
力が抜けた。
なんてことだ。
使命が……とか、言われるのかと思って構えていたのに、違った。
つまり宣伝になるから、貸しておくねってことだ。
こんな微妙な品々を。
まぁいいや、いつもの神殿だ。
妙な使命感がどうとかより、広告塔になりそうだから貸してあげるよと言われる方が、気が楽だ。
もっとも、この神具をそうそう掲げるタイミングはなさそうだけど。
「代わりとは言ってはいけないのかもしれませんが、先程の件、私達もお手伝いできるかと思います」
「先程の件というと?」
「先ほどカガミ様より説明をうけました。旗を看破の魔法で見ることにより得られる言葉、皆様はそれを必要としていると」
なんだ。
カガミが説明していたのか。
「えぇ。そうですね。白孔雀の行き先を示すには言葉が必要ですので」
「白孔雀を操れるのですか?」
あぁ、そうか。
カガミが説明したのは言葉を調べているという事だけだったのか。
「まだ、確実というわけではありませんが。試すためにも、言葉が必要です」
せっかくだ、協力してくれるというなら説明してしまおう。
「では、その言葉を集める作業、イレクーメの神殿にて協力いたしましょう」
「ナニャーナ神殿も、もちろんお手伝いしますぞ」
ユテレシアに続き、ブロンニも笑顔で請け負う。
神殿で言葉を調べてもらって、場所と言葉を取りまとめることができれば、少なくとも各地の神殿に、白孔雀は飛ばすことができる。
よくよく考えたら神殿というのは世界的な組織だ。
タイウァス神殿にあった張り紙を見て、ハロルドはやってきたぐらいだからな。
うん。悪くない申し出だ。
「手を貸していただけるというのであれば、それは嬉しい申し出です」
「ありがとうございます。それでは早速試してみましょう」
小さく微笑んだユテレシアが、肩に止まっていた鳥に頬ずりするように首を傾げた。
それから、鳥に何かを呟いて解き放った。
解き放たれた鳥は、オレ達の頭上をグルリと回った後、どこかへ飛び立っていく。
「あれは?」
「えぇ。少し離れたところにある町にお使いにいってもらいました。看破の魔法で、旗を見ればいいのですよね?」
「そうですね。最後の最後に出現する標の言葉というのを知りたいのです」
「コルヌートセルにある神殿へ、言葉を調べ、手紙を渡してもらうようにお願いしました。次の鐘が鳴るまでには返答があるでしょう」
朝一の鐘が鳴った後、昼前に一度鐘が鳴るから……次の鐘が鳴るまで2時間くらいか。
アサントホーエイは定期的に鐘が鳴り時間がわかる。
やっぱり時間がわかるのは便利だな。
「さすが神鳥使いユテレシア様でございますな。菓子の都コルヌートセルまで道のりにかかわらず、昼前に戻るとは……素晴らしい。なんと、私、コルヌートセルと聞いただけでお腹が鳴ってしまいました」
ブロンニがハハハと笑いながらユテレシアを賞賛する。
口ぶりから、結構遠くにある町のようだ。
白孔雀の実験には十分だろう。
「お菓子の都?」
ミズキが弾んだ声で反応する。
「左様。年末にかけ行われる菓子の祭典ヘーテビアーナにて有名な都市でしてな。そろそろ、帝国中の自信ある職人が集まる頃合い。これより年の暮れにかけ、甘い匂いで町が満ちる頃でしょう。ゆえに菓子の都と、呼ばれるのですよ」
それから、ユテレシアの放った神鳥が戻るまで、ブロンニの話を聞きながら待つことになった。
館の中へと入り、ゆっくりとお茶を飲みながら、帝国の話を聞く。
年末にかけて行われる各地の祭り、そして新年の祝いとして皇帝に献上される品々のこと。
しばらくすると、エテーリウに、ケルワッル神官のワウワルフもやってきて話に加わった。
一般人は、門番がシャットアウトするが、さすがに神官には遠慮するらしい。
なんというか、このまま神官達のたまり場になったらどうしようかと心配になってくる。
「やはり、お菓子の都! 行ってみたい! そうは思われませんか? ノアサリーナ様」
だが、いろんな帝国の話を聞いてもミズキの興味は揺るがなかった。
お菓子の都。
このスイーツ脳が。
ここぞとばかりに、ノアへと声をかける。
「えぇ。せっかくですから、行ってみたいですね」
楽しそうなミズキにあてられたのか、ノアも笑顔で答える。
ノアがそう言ったのと同じタイミングで、ユテレシアの神鳥が戻ってきた。
「標の言葉は、レテ・ビアナ・レアだそうです」
今度は町の名前とは違うな。
脈絡が無い言葉だ。
この言葉を使って白孔雀を目的地まで飛ばせれば、成功だ。
「じゃ、さっそく試してみましょう」
そう言って、外へとでる。
サムソンとうきうき気分のミズキ、3人で白孔雀を使う。
「笛の並びはどうするんだ?」
そういやそうだった。白孔雀はトーク鳥の強化版だった。
標の言葉で大まかな場所を指定して、トーク鳥を使うときの笛の並びで詳細を指定するんだった。
だが、そんな心配は杞憂だった。
「大丈夫。イレクーメ神殿への笛の並び聞いておいたよ。ついでに、ちょっとしたお願いも問題無いってさ」
「お願い?」
「やっぱりさ、ちょっとでいいからお菓子食べたいと思わない?」
そうだった。ミズキは、なんだかんだといって自分の欲望には抜け目の無いやつだった。
「だったら、世界樹の葉を頼むときのように、しばらく飛ばした先で待たせるタイプになるぞ」
「そだね。あんまり長時間は無理だけど、多分大丈夫でしょ。お菓子の都っていうくらいだから、ササッとお菓子買ってきて、渡してくれるって」
サムソンの言葉に、ミズキが即答する。
そんな中も、ミズキが率先して白孔雀の呪文を使う準備を整えていく。
本当にテキパキと動くな。
いつもこんな感じで働いてほしいものだ。
「おぉ!」
「白孔雀!」
特に問題無く白孔雀を起動し、飛ばすことができた。
お菓子のお土産お願いという手紙と共に、凄いスピードで飛んでいく。
どのぐらい遠くまで行ったのかは分からないが、早馬で10日ほどの距離だという。
それからまた館に戻って昼食を食べる。
神官達も含めて。
なんだかんだといって、この場にいる神官は皆お偉いさんらしい。
届けられた食事は豪華だった。
食後は、丁度良く届いたお菓子。
真っ白いお菓子だ。
「真っ白いけど、これ、シュークリームっスね」
「帝国では、よく見るお菓子トヨ。でも、さすがコルヌートセルの町で売られているお菓子ヨ。味がとってもいいトヨ」
オレには甘すぎるお菓子だったが、これではっきりわかった。実験は成功。
しかも、標の言葉を各地の神殿に集めてもらうことも問題無くできるようだ。
これから更に、神殿から神殿へと言葉集めの協力を依頼してくれるという。
「集まった標の言葉、帳簿にしたいと思います。思いません?」
カガミの提案に頷く。
世界中の神殿がある場所の言葉を記した帳簿。
オレ達の世界で言えば郵便番号簿。
予想外にすごい物が手に入ることになりそうだ。
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