第391話 しんでんのむらのよる

 とりあえず、パルパランを倒すことができた。

 元凶のヤツが倒れたことで、目に見えてアンデッドの数が減ってきた。

 アンデッドが新たに生まれなくなったのだと思う。

 それから先は平穏な旅に戻り、問題なく神殿の村テヒーラへとたどり着くことができた。

 真っ白く立派な建物が、まばらに建っているだけだ。

 他の村や町にあるような生活感があまり感じられない。

 神殿の村テヒーラから風が吹いているようで、草花がテヒーラとは逆側に揺れていた。


「エテーリウ様。ユテレシア様。お二人ともよくぞご無事で」

「朗報がございます。ついにアンデッドの数が減ってきたのです」


 数人の神官が馬にのって迎えにきてくれた。

 興奮気味に話す神官を、ユテレシアが手をかざすようにして制して、声を発する。


「確かに。それに私達は、元凶が滅ぼされる瞬間を見ましたので」

「それは、なんと!」

「聖なる歌と聖なる光で弱らせて、最後はノアサリーナ様が星降りの魔法で、元凶を打ち滅ぼしたトヨ」

「おぉ!」

「ただ、私達は疲れています。積もる話はまた後で」


 そして、近くの神殿へと入る。

 多くの神官が、点在する神殿に座り込んでいる姿が見えた。

 大きな怪我はないが、疲労困憊といった様子だ。


「大変な状況だったのですね」


 カガミが、意外といった様子でユテレシアに尋ねた。

 確かに、思った以上に厳しい状況にみえた。


「えぇ。ですが、ようやく終わりが見えてきました。皆様のおかげで、永遠に続くかと思われたアンデッドの群れが、ついに少なくなりつつあります」


 そう言ってユテレシアは、馬足を速め、少し離れた場所にある神殿へと向かっていった。


「申し訳ないヨ。こんな惨状なので、皆さんを十分な状態で迎えることができないトヨ」


 一人残ったエテーリウが、難民に向かって言葉をかけた。


「いえっ。とんでもない。私たちを迎えてくれようというその言葉だけで十分でございます。ぜひとも私達にお手伝いさせてください」


 言葉をかけられた難民も、神官達の疲労困憊な様子を見て、何か思うことがあったのだろう。

 真剣な表情で協力を申し出ていた。


「私達がお手伝いできることがあれば……」

「さすがにノアサリーナ様達に、これ以上の助けは申し訳ないトヨ。何もできないけれど、良い部屋見繕うから休むといいト」


 オレが協力を申し出ようとした時、先手を打つように断られ、逆に宿の手配をしてもらうことになった。

 その後、泊まる場所として好きにしていいと言われ宿へと案内される。


「すごい部屋ですね」


 想像よりも広い部屋に思わず声がでた。

 普通の宿より広く、立派な木製テーブルが目立つ白い部屋だ。

 ソファーは、見るからにフカフカで、あれでゴロゴロしたくなる。


「お偉いさんとかを迎えるトヨ。今は、まぁ、外がこんな状況だから、部屋を提供することぐらいしかできないトヨ」

「いえいえ。十分です。でもいいのですか?」


 今回ばかりは、神殿も、余裕がないようにみえる。

 いつもだと信徒勧誘などで妙に前向きな神官たちも、静かなので調子が狂う。

 こうして考えてみると、戦いに明け暮れ疲労するよりも、信徒勧誘なんかで騒がしいほうがいいな。


「部屋は余ってるトヨ。それに、これ以上のことは何もできないト。せめて良いお部屋を使って頂くくらいしかね」


 そう言ってエテーリウは戻っていった。

 あらためて、オレ達も手伝うと言ったが、それは他の神官達に遠慮された。

 水や食事の提供だけで十分すぎるほどだという。

 それに一緒にきた難民に力を貸してもらっているので、これ以上、甘えることはできないということだった。

 案内された部屋は大きな広間と、使用人用の小部屋が複数ある構成だった。

 広間は、大きな窓と、本棚にまばらに置かれた本が印象的な部屋だった。

 窓からは、魔神の柱がすぐそばに見える。

 灰色で、三角形が波打つような幾何学模様のある柱だ。

 ここに来る途中の説明によると、ケルワテでは魔王の塔と呼ばれていた物とほぼ同じものだという。

 場所によって、呼び名が違うのだとか。

 置いてる本は聖書ばかりかと思ったが、バラエティに富んでいた。

 歴史の本や、あとは物語集。

 部屋には、食べる物や飲み物は何もなかったが、調度品はとてもきれいに掃除されていて、ベッドも使用人のベッドも含め、どれもこれもがとても大きく綺麗だった。


「久しぶりに、のびのびと寝ることができるな」

「そうですね。海亀の小屋もいいけど、やっぱりこういう広々とした部屋も、開放感がいい感じだと思います」

「天井、高いよね」


 大きなベッドに飛び込んだミズキが、ゴロンと仰向けになって言う。


「天井にも絵が描いてあるでち」

「本当っス。文字も書いてあるスね」

「望遠鏡を使わないと読めないです」

「そうだな」


 ピッキーがゴソゴソと望遠鏡を取り出して天井を見る。

 見ることに熱中したピッキーは、バランスを崩してヨタヨタと後ずさりし、ベッドに倒れ込んでしまった。

 天井は湾曲している。

 その湾曲した天井には確かに絵と何かの文章を書いてあった。

 天井が高いだけだって、見るのも大変だ。


「なかなか読みづらいな。寝っ転がると湾曲した天井が微妙に読みにくいぞ」

「じゃあ、この大きなベッドを動かして、皆で読んでみましょうか」

「賛成!」


 カガミの提案に、ミズキが賛成の声をあげ、オレ達も頷く。

 二つのベッドに、皆が集まり魔法で浮かせて物語を読んだ。

 とはいってもノアや獣人達3人には、その文字は読めない。

 異国の文字か、それとも古い文字か、わからないが読めない文字だった。

 そのため、カガミが読み聞かせるような形になった。

 オレもゴロンと横になって、のんびりと絵を眺めながら、カガミの声を聞いた。

 物語は、魔神の柱にまつわることだ。

 最初はこの柱が何なのかがわからなかった。

 だが1度滅ぼされた魔神が、長い年月の末、復活した時のことだ。

 この柱に1人の巨大な魔物が現れたという。

 魔物は歌いながら魔神の復活を喜んだ。

 そして、魔神が完全に復活した後で、この柱から飛び降り、人々を襲ったそうだ。

 それが魔王の登場だということだった。

 膨大な犠牲を払った人々を、神々は哀れみ、各地の王に予言を残した。

 今後もこのようなことが続くであろうと。

 そして、それに対抗するための道しるべを渡したという。

 途中、歴代の勇者の活躍などが挟まれ、物語は最後に4代目の勇者と初代皇帝が結婚して終わる。

 この宿の天井に書かれていた物語は、そんな物語だった。


「へぇ、初代皇帝っていうのは、勇者の軍で副官をしていた人だったんスね」

「面白いよね」

「うん。あっちのお話も同じお話なの?」


 ノアが、もう片方の側面を指差す。

 もう一方の側面には別のお話が書いてあった。

 初代皇帝の活躍が、短編の物語としていくつも書かれていた。

 カガミはそのお話も読み上げた。

 ノアと獣人達3人は目を輝かせて聞き入っていた。


「皇帝の活躍は、さすがにちょっと都合良すぎだろう」

「またまた、リーダは……どうだって、いいじゃん」


 オレの言葉に、ミズキはチラリとノアを見てわらった。

 ノアは足をバタつかせ喜んでいた。

 その様子に、なぜだか妙に嬉しくなった。

 確かに、そうだな。そんなことはどうでもいいか。

 そして、その日は物語の感想を、皆で語り合いながら過ごした。

 大きなベッドに皆が、寝っ転がったまま。

 夜遅くまで、ダラダラと。

 たまにはこういう夜もいいものだ。

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