第392話 おどるひとたち

 皆さんも一緒に行かれるのですか」

「はい。お恥ずかしい話なのですが、もう備蓄が尽きていたのです」

「いつもであれば、アサントホーエイより定期的に物資を送ってもらうのですが、この状況です。厳しくなっております」

「昨日、皆で話し合いました。せっかくなので、皆様と一緒に進もうと」


 翌日、あまり迷惑をかけるわけにいかないと思い、出発を告げたときのことだ。

 宿の入り口に集まっていた神官達が、口々に同行を申し出た。

 ここにいる神官の全員が同行を希望するという。


「ここは、どうされるのですか?」

「一旦、締めます」

「神に仕える者としてお恥ずかしい話ですが、これほどのアンデッドの大群ともなると生き残るのも厳しい状況です」


 確かに神官達のいうことはもっともだ。

 アンデッド集団については、聖なる歌で対応しているオレ達は平気だ。

 だが、聖なる歌の助力が無い、終わらない激闘が続く状況では、無事でいられるとは思えない。

 アンデッドに対し神官は圧倒的に有利に立てるそうだが、それでも数が多すぎるのだろう。

 神殿の有様を見ても、厳しい状況がみてとれた。


「大変な時はお互い様です。一緒に行きましょう」


 ということで、同行することに決める。

 そして、善は急げとばかりに慌ただしくも村を後にする。

 イフェメト帝国の入り口であるアウントホーエイと呼ばれる町まで、集団で進むことになった。

 進む途中にも増え続けた難民に、神殿の人達、ほんの少しの間にずいぶんと大所帯になった。

 行列は長く続き、聖なる歌でカバーできる範囲ギリギリだ。


「それにしても、目印がないのに、迷い無く進むのですね」


 なだらかに丘が続くこの丘陵地帯を、迷い無く進む先頭の神官はどうやっているのだろうと訪ねた。


「全くないことはないのです。ほら、あそこの丘」


 そんなオレの質問に、ユテレシアが右前にある丘を指し示しつつ教えてくれた。


「あの丘は目印になるのです。そして、もう少し先にある、端が欠けているように見える丘。どれも似たような丘に見えますが、そうではありません。そうやって、ほんの小さな違いを頼りにして進んでいきます」

「それに、日中は太陽も目印になるトヨ。それで間違いなく進んでいることがわかるト」

「へぇ」


 現地の人には、現地の人なりの違いがわかるのか。

 オレは教えられても、いまいちピンと来ないが、説明には納得できた。


「リーダ。リーダ。音楽が追加できるよ」


 神殿の皆さんから新曲を教えてもらい、曲を追加することになった。


「えっ、曲……音楽が変わるのですか?」

「ごめんね、ピッキー」

「大丈夫です。もっと強い聖なる歌でないと、沢山の人を守れない事は、おいらもわかります」


 ミズキ達が、聖なる音楽をパワーアップさせて、次なる強敵に備えようとしている。

 そう、ピッキーは思っているようだ。

 だが、違う。

 こいつらは軍艦マーチが気に入らないだけだ。

 まったく。

 神殿で手に入れた新しい曲を何曲か追加した結果、またもや音楽が変わった。


「なんだか、またどっかで聞いたような曲になったっスね」

「確かにな。えっと、これなんだっけ?」

「えーと、ほら、TDLのパレードのやつだよ。テーマパークのさ」


 ああ、思い出した。ときめきディストピアランドの。

 黒服ネズミが有名なやつだな。


「エレクロビスクパレードっスね」

「今度は、とても明るい曲トヨね」

「ええ、まあ予想がつかないので……」

「確かに。神の意志は、人の身には捉えられないものです」


 新曲を手に入れて、オレ達は進んだ。

 いつものようにだ。

 ところが、翌日。


「神殿の方々が踊っています」

「おいら達も踊ったほうがいいでしょうか?」


 御者をしていたトッキーとピッキーから報告をうける。

 踊ってる?

 海亀の背にある小屋から外へと出ると、ピッキー達が言うように神官達が踊り始めていた。

 軽快な曲に合わせて。


「何をされているんでしょうか?」


 とりあえず一番近くにいた知り合いであるユテレシアに聞いてみる。


「お気になさらずに」


 踊りながらの簡潔な返答。

 いやいや。気になるに決まっているだろ。

 オレが困惑している様子を見て取ったのか、彼女はゆっくり歩みを進める馬をオレの側に近づけて説明を始めた。


「ノアサリーナ様が奏でる聖なる歌に合わせて、私達は聖なる舞を踊ることにしたのです」

「聖なる……舞ですか?」

「あの進みゆく魔導具をみて思いついたのです」


 ユテレシアが見やった場所を見ると、自動迎撃の魔導具がカタカタと音を立ててひきずられていた。


「アレ……ですか」


 しくじった!

 かたづけておけば良かった。


「えぇ。聖なる歌、聖なる光、そうくればあとは聖なる舞です」


 彼女は、馬に乗ったまま器用に踊り、そして説明を続ける。


「神に仕える神官は皆踊れます。それぞれの神にまつわる踊りを。言われたではないですか。神々の力を束ね、アンデッドに対抗するのだと」


 確かに言った。

 軽い気持ちで。

 そっか。

 聖なる踊りか。


「なるほど。でも、もう歌だけでもアンデッドには十分ではないでしょうか?」


 見れば難民達も踊り始めている。

 つまりはオレ達以外の全員。

 皆タフだよな。

 踊りながら歩くなんて。


「いえ。油断は禁物です」

「そうですか」


 だが、確かに踊りの効果はてきめんだった。

 踊りは歌の力を更にパワーアップさせるようだ。

 射程距離が伸びている。

 アンデッドのいない空間が、昨日の倍ぐらいに広がっている。

 こうしてオレ達の一団は、爆音を鳴らし、妖しい光を撒き散らし、そして一緒に進む人達は、踊りながら進む。

 未だアンデッド軍団が動き回るこの丘陵地帯を。

 だが、もはやアンデッドに襲われることはない。

 遠く遠く、オレ達に近づくことすらできていない。

 ふと見ると、最初の日に苦戦したミノタウルスのゾンビが、遠くで塵となって吹っ飛んでいったのが見えた。

 うん。

 本当に。

 聖なる力は凄いな。

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