第390話 閑話 机上の空論(パルパランこと統一王朝潜財収遺省第一席ミ・ゴ視点)

 このままでは。

 このままでは、王妃様に顔向けができない。

 ましてや王の眼前に立つことなどもってのほか。

 何が起こったのかは分からないまま、走ります。

 無様に……汚れた土地を自らの足で駆けることなどあってはならぬこと。

 あってはならぬこと。


「皆にささやかな願いがあります。それが終われば、目覚めを待ち、願い、正していただきましょう」


 やがて来る王の目覚めに備え、私が最後の仕上げをしていた時、王妃イ・ア様からお声がかかった。

 永遠とも呼べる時を隔て、久しぶりに聴く王妃様の声に、わたくしの全身は歓喜に震えました。

 声を聞く度に思い出すのです。

 あの日のことを。

 他の王たる身をもつ者を、無の世界へと追放し、ただ1人の王となった日のことを。


「この世界を捨てるので……捨てるのでございますか?」

「えぇ。愛する王は言われました。全てを見、全てを経験し、神をも超える道を見つけたと」

「では、本当の意味で、世界の王となられると?」


 王妃様はやわらかな笑顔で頷かれました。


「私も、すでに人を超えましてよ」


 そしてイ・ア様のお言葉。

 その言葉を聞いた時、わたくしの全身が震え、栄光なる未来を手に入れたことに歓喜しました。

 それから先、ほんの数日前に至るまで、甘露のように甘く、黄金のように煌めいた日々が続いたのです。

 どんなに汚れ、汚らわしい土地も、いずれ無くなると思えば愛おしくすらなったもの。

 ですが、この足で歩き走ることになり、ぬるりとした地面の感触を味わうとなると話は別でございます。


「王に神々すらひれ伏し、我らはその神々すら超える存在として世界を永遠に管理することになるのです」


 イ・ア様の言葉が再び頭をよぎる。

 このような失態を犯し、わたくしは栄光ある王の新世界にて立場があるのだろうか。

 ただの余興で、ただの余興で、ここまで無様な失態を犯したわたくしが。

 そう。

 イ・ア様よりお話のあった余興。

 近くお目覚めとなる王を待つにあたり、イ・ア様の思いつかれた小さな余興。

 ノアサリーナ達を殺す。

 新世界を迎えるにあたり、娯楽のため生かしている家畜の1匹や2匹を殺す余興。

 王の家臣たるわたくし達の中で誰が一番見事に殺すのかを競う余興。

 そうだ。そうなのだ。

 これは余興のはずだ。

 にもかかわらず、なぜに余興でわたくしは失敗してしまったのか。

 笑う他者の顔が浮かぶ。

 今考えるとおかしなことばかりだ。

 なぜダ・ヤは失敗したのだ。


「ホホホ。整えた果実とぶつけ合い、家畜を惨めに壊しましょう」

「わたくしの分も残しておいてくれよ」

「えぇ。2匹ほど殺したところで、終わりにいたしますわ」


 数千年ぶりに再開したダ・ヤとの会話を思い出す。

 だが、ノアサリーナ達は無傷だった。

 ダ・ヤはどうしたのだ?


「華々しく、そして美しく殺して見せて、イ・ア様に喜んでいただくのです」


 そう言っていたではありませんか。

 だが、わたくしの前に現れたノアサリーナは無傷でございました。

 思えば、あの時からわたくしの計画は狂いはじめたのです。

 いや、それでも問題ないはずでございました。

 時間こそ足りなかったが、あの丘を埋め尽くすアンデッドの軍団。

 死地におびき出し逃げ場を奪った。

 あの包囲網を上空より見たとき、問題ないと判断した。

 さらには多くの人々をけしかけ、やつらの備蓄を削りとった。

 兵法において、大事なのは量であり、わたくしの計画は自らの量を増やし、相手の量を減らす点において最善だったはずだ。

 計画通りいったのであれば、やつらは食べるものもなく困窮し、頼ってきたものを切り捨て、もしくは殺し合いをし絶望したはず。

 そうして陥った絶望の中、わたくしにとどめを刺されるはずだったのだ。

 なのに……なのに……。

 何だ。あの力は。

 わたくしが王に献上すべきおもちゃの一つとして作り上げた、あの竜の骸が一瞬にして破壊され、そして……。

 まぁいい。

 切り替えることにしましょう。

 今回は失敗したとして、より素晴らしく華々しく家畜を殺せばいいのですから。

 あぁ、素晴らしい、わたくしは冷静で聡明。

 すべてはあるがままに受け入れることができる。

 わたくしは栄光を手に入れるのです。

 事態を好転させる仕掛け。

 アレを捕らえていたところへと向かいます。

 ノーム。

 そう。やつらの元から1人逃げ出そうとしていたノームでございます。

 アレを捕らえておいて正解でございました。

 このノームをどうにか使い、ノアサリーナ達に苦しみを与えようと思います。

 わたくしの受けた苦難より、よりひどい思いを味わってほしいのでございます。

 まずはノームを、改造してしまいましょう。

 毒の息を吐くように、触れるものが腐り落ちるように作り替えましょう。

 精霊を作り変えるのは久しぶりでございます。

 イ・ア様にお褒め頂いたあの時以来でしょう。

 私は古き昔を思い出し、微笑み、ノームの自我を奪い捕らえていた鎖に手をかけました。


「てやんでぇ」


 カツンと私の足がツルハシで叩かれました。

 どういうこと?

 自我を奪ったはず……ノームが動いた?

 ノームの頭に巻かれた布が外れました。

 どういうこと?

 どういうこと?


「ボロボロでねえか」


 混乱するわたくしの背後から声が聞こえました。


「誰に、やられたんだァ?」


 独り言のように紡がれる声がする方を見ると、男が立っていました。

 家畜の男。

 髪も髭も伸び放題。

 整っていない醜い家畜。


「ノアサリーナの……仲間?」

「うん? そうか、おめぇ。あいつらにやられただか?」


 その家畜は赤い目をギラギラと輝かせながら、わたくしを見ます。

 ただの家畜ではありません。

 纏う魔力の量は桁違いです。

 何かがおかしい……家畜のはずなのに、家畜ではありえない魔力量。

 識見監理省の働きにより、家畜から魔力を育てる知識は奪われているはず。

 呪い子?

 1つの例外が頭をよぎります。

 だが、これほどの魔力。収穫されていなくてはなりません。

 その家畜は、ニヤニヤと汚らしい笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてきます。


「わたくしをボロボロですと?」

「見たまんまだなァ」

「見くびられたものです。まだまだわたくしは余力を残しておりますれば」


 無礼な物言いに憤慨し、念のために残していた2体の配下を振るい落とすことにしました。


『ドン……ドン……』


 2体の燃え盛る鉄人形を、アストラル体から解き放ち、世界に顕現させます。


「ん? あぁ。モルススのおもちゃか。たったの2つじゃ、足らねぇだなァ」


 こいつはどこまで知っているのでしょう。

 なれど、無礼な物言いは許せません。

 手を軽く振り、目の前の物を殺せと命じます。

 鉄人形は赤く燃え盛り、一瞬にして家畜の側へと接近します。

 あらゆる魔力を飲み込み、家畜では反応できない速度で動く鉄人形。

 いかに魔力ある家畜といえ敵う道理はございません。

 ところが。


『ガズン……』


 鈍い音がして一体が膝から崩れるようにして倒れました。

 どういうこと?

 倒れた鉄人形の向こうにいる家畜の様子が変でございました。

 真っ白く光り輝いていたのです。

 そして、残り1体の赤く輝いていた体は一瞬で灰色の姿へとなり、そして膝から崩れ落ち動かなくなりました。


「何をしたので?」

「見てわからないだか?」


 見て?


「まさか……」

「そうだ、月への道だァ。呪い子と、月への道、仕組みが相似しているだろ。ほんの少し、自分の体をいじくれば、自らを月への道として動かせるのも道理でねぇか?」


 家畜がゆっくり右足を進めました。


『パァン』


 乾いた音が響きました。

 視界がグルグルと回り、気がつくとわたくしは地面に寝転がっていたのでございます。

 体が動かない?

 あいつ、何をしたのだ?

 わたくしには興味をなくしたかのように、家畜はノームに語りかけました。


「囮役、すまねぇだな。来るのもずいぶんと遅くなっちまっただ。ちょっと遠くに居ただよぉ。だけど、ノアサリーナ達は上手くやったようだな。さすがだなァ」

「てやんでぇ」

「おめえはどうする? 戻ってくるか?」


 あいつはノームと話をしているようにございました。

 バカが。

 ノームは何も語らぬ自我の薄い精霊だというのに。

 それにしても、何とかして体を動かさねば。

 その時にふと気づきました。

 家畜の背後にあるアレを……。

 私の体を。

 私の体は、首から下がそこにあったのでございます。

 ということは、私は首をはねられ、ここに転がって……。

 なんということだ、何とかしなくては。


「そっか。じゃあ、ノアサリーナ達の元へ戻るだな」

「てやんでぇ」

「いやぁ、だめだ。ほら、風呂に入れって言われてるだよ」

「てやんでぇ」

「どうしたもんかなぁ。やっぱり風呂に入らなきゃダメだかな?」

「てやんでぇ」

「おめえは気楽だわな。うん? まぁ、行くだか? いいだよ。おらも、なるだけ近くにいるように動くからな」


 このような事になるのであれば、アストラル体のままノアサリーナを遠巻きに始末すればよかった。

 おかしなことだらけだ。

 なぜ余興で!

 遊びで!

 わたくしの永遠に続くはずの!

 栄光が……。


「うん? 何だァ。まだ生きてただか。あぁ。やっぱりおらはついてるだ。この手で、モルススのゴミ屑の命を潰せるだなぁんて」


 やつは再び体を白く変容し、わたくしを赤い目で睨みつけ手を伸ばしてきたのでございます。

 なんということだ。

 なんと……。

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