第388話 せまりくるきょうい

 神殿の村からやってきた2人と一緒に魔神の柱へと進んでいく。

 遠くに見える魔神の柱の側には、柱の監視として作られた神殿の村テヒーラがあるという。

 実際には村ではないが、いくつもの神殿が集まり、わずかながらの旅人を相手にする宿もあって、村と呼ばれているらしい。


「イフェメト帝国まで行くト? せっかくだし、案内してやるトヨ」


 しかも、神殿へとたどり着く前に案内してくれる人も見つけることができた。

 エテーリウはなんだかんだ言っても悪い人ではない。安心できる。


「ノアサリーナ様は、聖女と呼ばれているそうですね」


 げっ。

 ユテレシアがすごく真面目に質問してきた。

 というより、この人の質問はいつも真剣な表情で、問い詰められているような感じで怖い。

 なんと言っていいのかいつも悩む。

 ふざけたこと言うと怒られそうな雰囲気があるのだ。


「えぇ。ですが自分から名乗っているわけでもなくて……いや、あんまりそういう風には言って欲しくないのですが……」

「そうなのですか」

「はい。あまり、祭り上げられたくないといいますか……でも、嫌われるよりかずっといいです」

「確かにそうですね」


 今回もオレの返答は事なきを得たようだ。


「それにしても、なんで聖女なんだろうな。うーん」


 先ほどの、自分の言葉ではないが、嫌われているよりかはずっとましだ。

 でも、聖女か。

 まぁ、いいか。

 それからも順調にオレ達は進み、魔神の柱はくっきりとした輪郭が見えるまで近づいた。

 灰色の柱。

 もっと近づけば模様があるのかもしれないが、パッと見は超巨大なコンクリート製の電柱という感じだ。

 ここからは見えないが、この柱の一番上には、目を布で覆われた石像があるそうだ。

 そして、その麓にあるのが神殿の村テヒーラ。


『ズズーン』


 急に海亀が止まった。

 止まっただけではない。シュッと小さく音を立てて、頭と両手足を甲羅の中に引っ込め閉じこもってしまった。


「海亀さん、海亀さん」


 ピッキーが前のめりになって亀の甲羅をペチペチと叩きながら呼びかけるが反応はない。


「どうしたんだろうな」


 オレ達が不思議がっていると馬に乗ったユテレシアがこちらへと近づいてきた。

 その表情は心なしか焦っている様に見えた。


「ユテレシア様」

「エテーリウ様が警戒するようにと……いや、忠告は不要でしたね」

「警戒というと、何かあったのですか?」


 オレの問いかけにユテレシアは何も言わず、髪を軽くかき上げた後、空の一点をじっと睨みつけていた。


「ユテレシア様?」


 無言の彼女へ再び声をかけたオレをチラリと見た後、唇に指をやった。

 静かに、ということらしい。

 何かあるのか?

 身体強化をして、上げた視力で彼女が見つめる方角を見るも、何があるのかは分からない。

 海亀の反応からみても、何かがあるのはわかる。

 空は暗かった。

 今日は曇り空。

 久しぶりの曇り空だ。

 分厚い雨雲が、強めの風に乗って静かに流れていく。

 朝方少しだけ雨が降ったが、今は降っていない。

 強めだが、ぬるい風が吹き付けて、そして辺り一面を取り囲むのはアンデッドの群れ。

 いつもの風景だ。

 彼女が見つめる先に、何があるのだろうか。


「何かあったの?」

「さぁ」


 見るとミズキが、小屋の外にでてオレの側に来た。

 茶釜に乗ったカガミもこちらへと戻ってくる。


「茶釜が、震えています。何かが近づいてきているんじゃないかと思います」

「そうかも。いつまでも、このままじゃないだろう。教えてくれるさ」


 不安げなカガミに、ユテレシアを見やり答える。

 難民の皆さんも、この異常事態に何事かと固唾を呑んで見守っている。


「とても……とても巨大な何かです!」


 ユテレシアが、バッとこちらを振り向き大声をあげる。


「巨大な何か?」


 アンデッドなら、周りに腐るほどいる……いや、すでに腐っているやつもいるけど。


「巨大というと? もう少し詳しく、できれば詳しく教えてほしいと思います」


 そう言っている時に遠くの方から白い鳥、いつも彼女の肩に留まっていた鳥が飛んできた。

 大きな円を描くようにユテレシアの頭上をくるりと回った後で、彼女の肩に留まった。


「巨大なドラゴンのアンデッドのようなものです。この子がやられてしまうので、必要以上には近寄れませんでしたが……」


 ユテレシアが、肩に留まった鳥に軽く頬ずりしながら言った。

 なるほど。偵察させていたのか。


「アンデッドのような物って? アンデッドとは違うのか?」


 遠くだからわからなかったのか。

 アンデッドかどうかで、随分と違う。

 魔改造した聖水が効けば楽なのだ。

 だが、アンデッドでなければ、そこまでの効果は期待できない。


「半分アンデッド、半分全く別の物といった印象を受けました。すごいスピードで飛翔し、接近しています」

「ん? あれ?」


 ユテレシアが説明を続けるなか、ミズキが何かに気がついたように、空の一点を指さし声をあげる。

 その指が示す先に、何かが飛んできているのが見えた。

 続けて、遠くで火柱が数本上がった。

 ピリピリと空気が振動し、砂煙が巻き上がる。

 飛んできている何かは、すぐに輪郭が確認できるほどに大きくなった。

 竜だ!

 ということは、先ほどの火柱は、あの竜が吐いたブレス攻撃なのだろうか。


「おぉ」


 固唾をのんで見守っていた難民の歓声が聞こえた。

 すぐ側に巨人が立っていたのが見えた。

 いや、人ではない。

 巨大な茶色いロープがうねうねと動いて人型をとっている。


「あれは……」

「泥縄の巨人です。ルタメェンの旅する大司祭エテーリウ様が神に願ったのでしょう」


 エテーリウって、思ったより凄い人っぽいな。

 なんだか、食べ物をカガミにねだっていた印象しかなかったけれど。

 あのうねうね動く巨人を見ると、ただ者ではないことがわかる。


「あれで戦うつもりなのでしょうか?」

「おそらく……ですが、いかにエテーリウ様とはいえ、即興で作りあげた泥縄の巨人では、十分とは言えません。私の知る限りにおいて、火山の噴火さえ抑える泥縄の巨人は、数日にわたる多くの信徒の祈りにより、顕現する存在なはずですから……」


 迫り来る竜から目を離さず、ユテレシアが言う。

 その顔は緊張につつまれ、腰に下げた剣の柄に添えられた手は小さく震えていた。


「見えた!」

「何が?」


 いつの間にか望遠鏡を手に空を見ていたミズキが声をあげる。


「何が見えるんだ?」

「あれ、なんか知ってる人……パルパランが乗っている! 違う、パルパランがくっついてる」


 パルパラン?

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