第387話 ごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 うちのロンロがごめんなさい。

 心の中で平謝りだ。

 何が亡者だ。ロンロのやつめ。

 訪れたのは難民の皆さん。

 この土地で、羊飼いやその他諸々の仕事をしていた人達らしい。

 他にも少し外れの町で暮らしていた皆さんなどもいるという。

 彼らの話を聞くと、何週間か前にアンデッドの集団に襲われたそうだ。

 追い立てられるように、あてもなく逃げながら夢中で進んでいた時、爆音を鳴らしてアンデッドをなぎ倒している我々を見つけ、助けを求めたという。

 全員、限界まで戦っていたようで、ボロボロだった。

 ほんの10日と少し前のオレ達を見ているようだった。

 他人事には思えない。


「どうか……どうか、私達を助けて頂けないでしょうか」


 彼らの代表者が、そう申し出てきた。

 見捨てる気にはまったくなれない。


「えぇ。出来ることであれば、まずはこちらへ」


 当然のように受け入れることにする。


「音が……小さく」

「いや、でも……あの魔物達は、次々と塵となって」

「少し離れれば音は聞こえますよ。静かな方がいいので、魔法で壁を作っているんです。もちろん、この中は安全ですので」


 早速、遮音の壁を少しだけ広げる。

 あわせて、スピーカーの位置も調整し、何とか彼らが平穏に過ごせるスペースを確保した。

 あんな爆音で音楽がなっている中で過ごすのは嫌だろう。

 騒音は安眠の敵なのだ。


「あの……少しでいいのです。子供達の分だけでも、水を分けて頂ければ……」


 見るとほとんど飲まず食わずで歩いていたようだ。

 少しでも水を分けて欲しい、食べ物を分けて欲しいというのは当然だろう。


「子供達の分だけではなく、皆様の分も用意しましょう」


 疲労困憊、すでに限界近い人も多いようだ。早速、彼らのケアをすることを考えた。

 適当に影の中から器になるものをとりだして、ウンディーネに頼んで水を張ってもらう。


「どうぞ」

「え?」

「好きなだけ飲んで下さい。あとで食事も用意しましょう」


 お腹も空いているだろうとカロメーを提供した。

 それから、ティラノサウルスの肉を使ったスープを振る舞う。

 とくに、カロメーはノアの呪いによる体調悪化の対策にもなる。

 元気であれば大丈夫だろうが、今は弱っている人が多い。念の為にも対策はしておいたほうがいい。

 他にも怪我人がいるということで、ピッキー達が介抱に当たった。

 ピッキー達はケルワテで修行しただけあって、治癒の加護が使える。

 少しくらいの怪我なら治せるのだ。


「リーダ様。この方の怪我は……」

「ちっちゃい赤ちゃんがいるでち。お母さんがいなくなるのは可愛そうでち」


 あまりにも酷い状況の人達には、こっそりエリクサーを飲ませる。

 彼らが満足に移動できるようになるまでには2日ほどかかったが、それでも置いていく気にはなれない。


「ありがとうございます。ありがとうございます」

「何もできない私達に、ここまでしていただけるなんて」


 元気になった人達に、すごく感謝された。

 ノアなんて、拝まれる始末だ。

 もっとも嫌われるよりずっといい。


「私達は、帝国へと向かっている途中ですが」

「ええ、皆様についていきます。いや、是非ともご一緒させてください」

「今から戻っても……そこはアンデッドの群れでしょうから」


 確かに言われるとおりだ。

 心なしか減ってきたとはいえ、見渡す限りアンデッドの群れ。

 戻るわけにはいかない。

 結局、魔神の柱近くにいる神殿まで一緒にいくことにした。

 神殿にいけば、神官が助けてくれるだろう……多分。

 そういうことになって、旅を再開した。


「人も増えたことだしさ。もうちょっと、聖なる歌とかパワーアップした方がいいと思うんだよね」

「歌ですか? もう全部使ってるんじゃ」

「フッフフ。実はね、神様の中には聖なる歌が二曲あるものもあるんだよ」

「いいですね。早速試しましょう。曲変わるかもしれないですし」


 旅をしながらも、対アンデッド対策はさらに続ける。

 ミズキが目を皿のようにして色々と調べたおかげで、さらに追加できる歌があった。

 早速追加すると、また曲は変わった。


「本当に神様の歌って、不思議だよな。アンデッドが倒れたり、重ねてかけると曲が変わったりしてさ」

「でも……また、どっかで聞いたような曲になったよね」

「これ軍艦マーチだろう。ほら、パチンコ屋で、ジャンジャンバラバラ、ジャンジャンバラバラと有名な」

「パチンコ屋?」

「リーダが、また変なたとえを……」

「もうちょっとかっこいい曲がいいよね」

「軍艦マーチはかっこいいだろ」

「まぁ、うーん……なんかね、イメージが」

「まだ他にないか探してみましょう」


 ミズキとカガミは今度の軍艦マーチも気に入らないようだった。

 まったくえり好みが激しい。

 だが、ピッキーは気に入ったようだ。

 これまたノリノリのトッキーと一緒になって楽しそうに、なんとか演奏しようと練習していた。

 その光景を、カガミとミズキの2人は微妙な顔で眺めていた。

 まぁ。曲は格好いいもんな。

 頑張れと、ピッキー達を応援する。


「やっとできたっスよ」

「できたって?」


 プレインが板に4つのダイヤルがついた物を見せてきた。

 ダイヤルと外のプリズムは連動しているという。

 裏面を見ると魔法陣がいくつか描いてあり、宝石が埋め込まれていた。

 魔導具か。


「このダイヤルを回すと、プリズムが動くのか?」

「そうっス。こっちのを動かすと、範囲が狭まるかわりに射程距離が伸びるっスよ」

「おー。すごいな。一点集中したらレーザー砲みたいに見えるな」

「予想外にかっこよくなったっスね」

「ん? プレイン氏、このプログラムだけど、これを……こう書き換えた方がいいんじゃないか?」


 サムソンは早速プレインの書いたプログラムを一瞥し、書き換え案を出す。

 大抵はどちらでもいいが、サムソンはプログラムにこだわるからな。


「うーん。そうっスね」

「でも、これを俺も使わせてもらうぞ。これを使えばスピーカーの音もコントロールできそうだ」


 そんなやり取りから半日、夜になって寝る前には、スピーカーの機能も強化された。

 そうやっていくうち、ついにどんなに強い敵でも、オレ達は家から出ることなく迎撃に成功する。

 一緒に旅する難民の皆さんへの待遇改善も忘れない。

 いつもは魔法陣の取り込みに使っている馬車を、彼らの乗る馬車として作り替えた。

 全員は乗ることができないが、お年寄りや子供、体が弱っている人などを乗せて進むことができるようになった。

 おかげで動くスピードが速くなる。


「この調子でいけば、あと一週間もしないうちに、魔神の柱へとたどり着きそうですな」


 順調な日々が過ぎていたある日、難民の代表者がそう言った。

 確かに、モルトールを出たときは、ほとんど見えなかった魔神の柱が、今はしっかり見える。

 確か、あの下にはいくつか神殿があるはずだ。

 もっとも、このアンデッド軍団のせいで、無事かどうかはわからない。

 無事だったらいいなと思いつつ、魔神の柱をめざし進む。

 進んでいく中で難民の皆さんも随分と余裕がでてきたようだ。

 食事の支度などは最近はまかせっきり、材料提供こそすれ、作ってもらったものを食べる。


「このパスタ、美味しいよね」

「セッデとかいうらしいですよ」

「へぇ」


 移動する馬車の荷台で、ひたすらに料理を作っていたので、何だろうと思ったら麺を打っていたらしい。

 そうやって作られたパスタは故郷の味とかで、皆が泣きながら食べていた。

 適当な野菜と肉を砕いて作ったソースに絡める。

 異国の料理に舌鼓をうち、さらに数日が過ぎた。


「貴方方におたずねしたい……」

「あれ、ノアサリーナ様達トヨ?」


 随分と近くに見える魔神の柱から武装した馬に乗って2人の人がやってきた。

 白をベースにした服装。

 金属製の鎧の上に、真っ白いマントを掛けている。

 1人は緑色の髪の女性だ。長い髪で片目が隠れていて、肩に大きな鷹を乗せている。

 そしてもう1人はリス顔の獣人だ。


「あれ? エテーリウ様ですか?」


 カガミがリス顔の獣人を見て声をあげる。

 どこかで会った人だ。

 えっと……。


「ケルワテ以来っスね。こんな所で会うとは思わなかったっス」


 そうそう。ケルワテで、監視役していた人だ。

 本当に予想外の再会だな。

 なんでも、アンデッドの大半はオレ達を目指して進んでいることがわかり、何があるのかと確認に来たそうだ。

 とりあえず神殿は無事だという。

 緑色の髪をした女性はユテレシア。

 イレクーメ神の神殿騎士だそうだ。

 エテーリウが言うには、神鳥使いとして有名な人らしい。

 最初は警戒していた彼女だったが、エテーリウの説明ですぐに警戒を解いてくれた。


「神殿の村テヒーラは、ここから馬であれば半日、皆さんの足であれば3日もあれば着きます。休む宿も提供できましょう」


 難民の皆さんを神殿は迎えてくれるという。

 とりあえず、落ち着く場所が確認できたのは朗報だ。


「まっ。ノアサリーナ様達には保護なんて必要ないっぽいトヨね。それにしても凄い結界ヨ」

「えぇ。アンデッドが近づくことすらできず塵となるとは、驚愕です」

「結界と言うより聖なる歌を流しているだけなんですけどね」

「聖なる歌……あの大きな音で鳴り続けている音楽ですか?」

「えぇ」

「あんな歌知らないトヨ」

「それが、いろいろな聖なる歌を同時に流すとあのようになるのです」

「同時に流す……いや、聖なる歌を同時?」


 ユテレシアの長い髪に少し隠された目が、オレを見つめたのが何となくわかった。

 やばい。

 この罰当たりめとか言われそうな雰囲気だ。


「はい。そうですね。そう! 神々の力を束ね、アンデッドに対抗しているのです!」


 物は言い様。

 前にどこかで聞いた言葉。

 神々の力を束ねるというフレーズが良かったようだ。

 ユテレシアは大きく頷き、それ以上の詮索はされずに移動を再開することになった。

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