第386話 さるごりらちんぱんじー

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。

 オレは今、その言葉を実感している。


「やっぱりさ、これなんとかならない?」


 あの徹夜の激闘から10日以上がすぎた。

 戦いは翌日も、その翌日も、結局5日目の夕方まで、昼夜問わず続いた。

 それでも気は楽だった。

 オレ達は戦い続けながらも、改善に改善を重ねた。

 おかげでここ数日は、いつものような平穏な日々を過ごすことができている。

 聖なる歌は海亀を中心に爆音で鳴り響き。

 プリズムが作り出す光は、魔導具で強化したこともあって、どぎつい7色で海亀をライトアップする。

 改善を繰り返した工夫によって、アンデッドはオレ達に近づくことすらできなくなった。

 接近すれば、塵となる。

 ごくたまに、超強力なアンデッドもいるが、スプーン一杯の聖水でイチコロだ。

 もしくはオレ達の誰かが飛び出て、軽くひとひねり。

 とはいえ、まだまだ、辺りは一面アンデッド軍団。

 だけれどオレ達の安全は確保されたのだ。

 茶釜の子供達も大事はなかったようで、すぐに元気になって外を飛び跳ねている。

 とても平和なのだ。

 アンデッド軍団が見えなければ。

 少なくともオレはそう思っている。

 だが、同僚達は違う。

 最初の苦情は良かった。

 まだ理解できる。


「うるさすぎると思います。思いません?」


 あまりにも爆音で聖なる歌を流しすぎたので、小屋の中にまで響いていたのだ。

 しかも会話が耳に入らないほどのでかい音。

 これについては、カガミが自己解決した。

 遮音の壁を作る魔法を使ったのだ。

 この小屋一体を取り囲むことで轟音から逃げることができた。

 スピーカーの魔導具を屋根の上にのっけて、それより下の一定範囲を囲んでいる。

 おかげで茶釜達もご機嫌。

 やっぱり、あの爆音はうるさかったようだ。

 二点目。

 あれからも、聖なる歌ではカバーできないアンデッドのため、いろいろ工夫した。

 まずは、プリズム。

 多少は増やしたが、まだまだ足りないとばかりに、魔法で増やした。

 やり過ぎというほどに。

 今や、何十個もあるプリズムは、海亀の背にある小屋をグルリと取り囲むように設置してある。

 ただ一個二個だったらよかったのだが、悪ノリして何十個とつけてしまったせいで、なんとなく品がなくなってしまった。

 しかも、光を強くする魔導具を設置したので、さらに色はどぎつくなった。

 まるで古い飲み屋のネオンサインのように。

 もっとも背に腹は代えられない。

 そう代えられないのだ。

 これは安全のため。

 ということで、皆には納得してもらった。

 他にも、自動迎撃の魔道具を作った。

 フェズルードで見つけた魔導具の本に載っていたものだ。

 外見はカカシ。

 違うのは移動できるように下に車輪をつけたこと。

 そして普通の案山子とは違って、手が稼働するところだ。

 肩、肘、省略され指のない手と、可動部分は3つ。

 いつもは耳のあたりを手のひらで抑えるようなポーズだが、魔物が近づくと腕を振り回す。

 一応それも4台ほど作って、海亀で引っ張っている。

 今もカチャカチャと小さな音をたてて、引っ張られている。

 苦情というのは、この平坦とは言えない場所を動く度に、腕が上下に揺れることだ。

 揺れるだけなのに、それが踊っているように見えるというのだ。

 バカバカしい。

 見なければいいのだ。

 未だ役には立っていない自動迎撃の魔導具。

 もう片付けていいのではないかという話にもなったが、万が一のことを考えて、未だに外に出て、ズルズルと引きずっている。

 まあ、これも背に腹は代えられないということで納得してもらった。

 っていうか、なんでオレが説得するんだ。

 説得しなきゃいけない理由がわからない。

 皆でやったことじゃないか。

 そしてミズキの言葉だ。


「歌が気に食わないって言ってもなぁ……」


 今鳴り響いている曲は、最初のとは違う。

 きっかけはオレの一言だった。


「魔改造した聖水が、祝福の重ねがけであれだけ強化したんだ。聖なる歌も、他の聖なる歌との掛け合いで強化されるんじゃないか?」


 そんな思い付きの一言。

 試してみると効果てきめんだった。

 この重ねがけのおかげで、オレ達がほとんど外に出ることなく平和に過ごせるようになったのだ。

 オレのアイデアに感謝してほしいぐらいだ。

 だが、聖なる歌は不思議な特性があった。

 2、3曲の時は複数の音楽が重なりあっているようにしか聞こえなかったのだが、4曲目あたりから雲行きが怪しくなってきた。

 違う曲に聞こえるのだ。


「歌……の歌詞がわかんなくなったっスね」

「うーん。アナログの曲を録音したはずなのに、MIDIっぽいな」


 電子音っぽい音が鳴るようになった。

 だが、効果は増大する。

 だから、どんどん追加していった。

 すると次々変わる曲は、どこかで聞いたような曲になったのだ。


「どっかで聞いたことがあるんスよね」

「そうそう」

「うん。あとちょっと、このへんまで、でかかってるんだけど……」


 ミズキが喉をさするジェスチャーをする。

 そんな話をしていた時に、オレはひらめいてしまった。

 同僚達が考え込む、その曲の正体を。


「あっ。オレ、気付いちゃったよ」

「えっ、なんて曲なんですか?」

「曲名わかんないけどさ、ほら、こう聞こえるだろ? サル、ゴリラチンパンジー」

「あっ……」

「やめてよリーダ。もう、そうとしか聞こえなくなっちゃったじゃない」


 同僚達が思い出せない音楽について、オレが思い出したっていうのに、ひどい言われようだ。

 そもそも遮音の壁で囲っているのだから、音楽なんか聞こえない。

 一応、小屋の外に出ると微かに音が聞こえるが、気にしなければ良いレベルだ。

 というより、きちんと魔導具が動作しているかの確認のため、聞こえるようにわざと調整しているのだ。だから、完全に聞こえない様にするわけにもいかない。

 でも、外に出ると聞こえる。

 サル、ゴリラチンパンジーというフレーズが浮かんでくるのだ。

 という件についての、ミズキの抗議。


「やっぱりさ、これなんとかならない?」


 ぶつくさ文句をいうミズキに呆れて物がいえない。


「まったく。命が大事だろ。あれだけの苦難を乗り越えるために必要だった解決策に、文句たれやがって。喉元過ぎれば忘れるってのにも限度が……」

「だってさ」

「そうです。リーダが変な例え方をしなければ良かったと思います。思いません?」

「思う思う。それにさ、喉元過ぎてなんとやらじゃなくてさ、あれだよ、衣食足りて礼節を知るだよ」

「どっちでもいいよ」

「礼節は大事だと思うんだよね」


 まったく。


「先輩、先輩。プリズムを稼働させる魔道具作ったっスよ」

「稼働させる?」

「ほら、強いアンデッドが出た時に、この小屋の中から、プリズムを動かして、光を一つの的に照射するんスよ」

「へぇ」

「早く強敵来ないっスかね」


 プレインも、プレインで物騒なことを……。


「なるほど照射か。それはいいな。俺も、スピーカーをちょっとそういうふうにしようか」

「サムソンまで……全く遊び半分で考えやがって。もっと真剣になって……」

「ところでさ、今日、リーダどうすんの?」

「え? せっかく平和なんだしさ、ゴロゴロ」


 オレの一言に皆が呆れた声をあげていた。

 でも、そんな平和は長く続かないようだ。


「沢山の亡者がぁ、あるいてくるわぁ」


 外の見張りをお願いしていたロンロが、のんびりとした様子で異常を告げたのだ。

 窓から外をみると、今までとは様子の違う一団が迫ってきていた。

 あれだけ強化した聖なる歌等にはひるまず、まっすぐにこちらを目指す一団。


「まったく……効かない……新手?」

「どうする? リーダ」


 皆が、先ほどの余裕ムードとは一転し、不安げな声をあげる。

 オレは何も答えることができなかった。

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