第373話 とろぴかる

 きっかけはどうであれ、新しい宿はなかなか凄そうだ。


「来週までは、皆様の貸し切り状態になります。ごゆるりと」


 タイミングも良かった。

 貸し切りにできる時期に泊まることができたのだ。


「1週間も泊まらないけどな」

「そうっスね。高すぎっス」

「お金……沢山あればいいのにね」

「だよね。ノアノア」


 館の使用人には、丁寧にお礼を言って出て行く。

 しばらくして、海亀に乗ったサムソン達と合流する。

 貴族向けの宿には初めて泊まったが、何から何まで豪華だ。

 使用人はいらないと言ったけれど、何人もの使用人がついている。

 それは、こちらの意図を汲んで、待遇の差をつけない人達だった。

 加えて、燃える屋根の下には、大浴場のある最上階。

 宿が借り貸し切り状態なので、もちろん最上階の大浴場も貸し切り状態。

 巨大な浴場は、海岸のようだった。

 入り口を出ると砂浜があり、小さな音をたてて波が押し寄せた。

 まるで真っ白い砂浜を持つ海岸だ。

 円形にくりぬいた海岸が、そこにはあった。


「お風呂というか……」

「砂浜だぞ。これ」

「見かけだけっぽいね。潮水じゃなくて、ただのお湯だ」


 どういう仕組みなのかわからないが、砂は体に全くつかない。

 波も人工的なもののようだ。

 最初は少しだけ困惑したが、すぐになれた。

 砂浜に寝っ転がるようにしてお湯につかる。

 視線の先は、大きなガラス窓があり遠く外が見えた。

 緩衝地帯と呼ばれる丘、さらに先には黒い1本の線が見えた。


「あれ、魔神の柱っていうらしいっス。魔王が復活した場所とも言われてて、世界に7本あるうちの1つらしいっスよ」

「魔王が復活した……あぁ、ケルワテにもあったな」

「そうみたいっスね」


 パチャパチャとお湯をかきわけながら、窓の側へと向かう。

 途中から足元は砂ではなく石造りになっていた。

 上を見上げると、燃える屋根が見えた。

 下から見る屋根は、ゆらゆらと揺らめいて、まるで空の一部が夕焼けになったように見えた。

 大浴場の入り口を見返すと、砂浜。

 とても不思議な空間だ。

 サービスもいい。

 喉が渇いたと言えば、飲み物を持ってきてくれるのだ。

 しかも美味しい。

 果物で作ったジュースだ。

 熱い湯につかりながら飲む冷たいジュースは格別だ。

 ただし、延々と快適にお湯につかっていいというのは罠でもある。

 のぼせて気持ち悪くなってしまったのだ。


「また、のぼせたの? まぁ、面白いし、見晴らしいいし、しょうがないよね」


 のぼせてベッドに横たわっていたオレを、見下ろすミズキがゲラゲラと笑う。


「リーダは、いい加減、学習したほうが良いと思います。思いません?」

「そうそう。巨獣の時もダメだったじゃん」


 言いたい放題言われる。

 つらい思いをしている同僚にかける言葉とは思えない。

 まったく。


「でも、ジュースうまかったっスね」

「そうそう。すっごく美味しかった」

「作り方教えて貰いましたよ」

「カガミ、作れるの?」

「誰に聞いたん?」

「この宿に、コンシェルジュみたいな人がいるんです。その人に聞きました。あと、帝国までの道も教えて貰いました」


 あのジュースが作れるのか。

 飲み放題。

 それは嬉しい。


「えぇ。氷が必要なのと、美味しくて新鮮な果物が必要だってことで、材料を集めるのが大変らしいですけれど」

「どっちも何とかなると思うぞ」

「果物と氷を砕いて混ぜ合わせるだけらしいですから、手間がかかりますが、私達だったら簡単だと思います」

「砕いて混ぜるか。ミキサーあれば楽勝だよな」

「魔導具でいけると思うぞ」

「それはともかくとして、帝国までの道を教えてもらったってのは?」

「魔神の柱を目指して進み、柱の近くにある神殿で、帝国までの案内をお願いするのが一番簡単な道だそうです」

「神殿か……」

「魔神の柱の近くには、見張るために、いくつもの神殿が建ってるらしいですよ。神殿の皆さんは、交渉次第によっては快く道案内を引き受けてくれるそうです」


 交渉……どうせ信徒になれとかそういうことだろう。

 逆に、裏がないので信頼して任せることもできるわけだ。

 信用する気になれないパルパランの案内よりも安心できるだろう。


「いいんじゃない? 神殿にお願いするのはさ」

「ただ、魔神の柱までの道のりに町がないそうです。だから他のルートに比べて準備が必要で、あと魔物も多いから、おすすめ出来ないということでした」

「それはどちらも問題ないな」

「そうだね、よっぽど強くない限り、大丈夫だよね」


 ハロルドもいるし、道はシンプル。

 問題はなさそうだ、それであれば、パルバランの道案内も必要ないだろう。


「でも、あのなんでしたっけ、ジャルミラ……帝国の人」

「そうだったと思うけど、どうかしたのか?」

「その人と、パルパランって関係があるスよね?」

「関係はあるだろう。案内を依頼したぐらいだからな」

「帝国って、ひょっとして、ボク達を殺すって言ってる人達の仲間なんスかね?」

「仲間だったら……帝国に行くこと自体がやばいかもしれないぞ」

「じゃ、やめるの? やだよ。ノアノアがお父さんに会いに行くって決心したんだからさ」


 そうだ、もう賽は投げられているのだ。


「オレは、帝国が敵だとしても戻る気は無い。フェズルードでそうだったように、空から降ってくるような相手だ。どこにいても、戦う時は戦うさ」

「そうそう。せっかくのご招待なんだしさ、敵陣に乗り込んでぶっ潰そうよ」

「ミズキ氏みたいに威勢よくはできないが、しょうがないな」


 サムソンが、軽く頭を掻きつつ笑う。

 カガミも苦笑しつつ頷く。

 特に反対意見もなく、このまま帝国へ進むことが決まった。

 なんだかんだ言っても、いままでも、とんでもない事態を乗り切ってきたのだ。

 これからも、大丈夫さ。

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