第374話 したくをおえて
方針は定まった。後は、行動あるのみだ。
「館の者が……失態を? 何か不都合がありましたか?」
「とんでもありません。私共にはもったいない待遇でした。ただ、せっかくの旅行です。珍しい宿なので、是非泊まっておきたかっただけなのです」
翌日の早朝、宿までやってきたパルパランと少しだけ話をする。
せっかく向こうから来てくれたのだ。絶好の機会とばかりに、オレ達だけで帝国へ行くことを考えているという話を伝える。
「いえいえ。わたくしが案内をしますれば」
「ただ、冬が近いということですし、中央ルートを通られるのですよね?」
「左様ですが」
「そうであれば私達だけでも大丈夫だと思います。パルパラン様に、これ以上ご迷惑をおかけするのも気が引けますし、道中は危険だとも聞いています。ですので、パルパラン様には、トーク鳥かなにかで、向こうにいる人に連絡だけしてもらえれば助かります」
「んーふ。ですが……」
「パルパラン様が、仕事を引き受けた以上、責任を果たそうと考えられるのは当然かと思います。ですが、危険なうえ、冬前に帝国に着くためには急ぎの旅になると考えます。ですので、私達だけのほうが早く進めるのではないかと思うのです」
「んんむ」
「ところで、パルパラン様の準備はあとどれくらいかかりますか?」
「今、急ぎに急がせておりますれば、あと1月くらいでしょうか」
1ヶ月?
なんだろう。
急ぐための中央ルートのはずなのに、パルパランはずいぶんとのんびりしている。
加えて、ここ数年の異常気象だ。
いつ雪が降るかわからない。そして、雪が降れば足止めにあう。
最悪、雪解けまで帝国に入れないかもしれない。
早く出発する理由はあっても、遅く出る理由はない。
ふと、裏があるのかと思い、パルパランに探りを入れる。
「1ヶ月……ひょっとして、パルパラン様には何か特別な準備でも……あるのでしょうか?」
「あぁ。いえいえ。何もございませんが……分かりました。では、帝国には連絡を入れておきましょう。ただ、くれぐれも準備だけは怠らないようにしてください。じっくりと時間をかけて準備した方が近道ということもございますれば」
そう言ってパルパランは去って行った。
とりあえず、目的は達成した。
パルパランが敵だとすれば、準備を整える時間を奪った事になる。
後は、この路線を徹底する。準備も、出発も、早め早めだ。
「じゃあ、食料や必要な物を買い込んでおいて、明日出発しようか」
「そうっスね」
「賛成、もう一回ぐらいあの風呂入りたいしね」
ということで、駆け足になるが、準備をして明日出発することにした。
買い物はオレとミズキでいくことになる。
オレは運搬係。ミズキは護衛兼交渉係だ。
「値切るのだいぶ上手くなったしさ」
ミズキは自信満々の様子。
海亀の背中にある小屋の整備は、サムソンとピッキー達に任せる。
宿の人が、おすすめする店で買い物をすることも考えたが、貴族向けのものはどれも高い。
そこで思い切って、平民向けの店へと行き、そこで買い物をすることにした。
「貴族向けだったら金貨が何枚も必要なのに、平民向けだったら銀貨1枚で良い物が買えちゃうね」
ミズキが酒や食べ物をテキパキと買い進める。
オレはミズキが慣れた調子で交渉する様子を応援しつつ、町並みを観察したり、気になったものを店の人に聞くくらいだ。
他にも、初めて見る神殿があった。
「イレクーメ神……?」
「手紙となんとかの神様だよ」
「へぇ」
「前にギリアまでの護衛したことあるし、こんな神様だったんだ」
大きな石を抱えた小柄の女性、翼の生えたリュックを背負っている、そんな石像が印象的な神殿だ。
まるで本屋の軒先に並ぶ雑誌のように、段々になった棚に、たくさんの絵はがきにそっくりな紙がささっている。
興味深く眺めていると、神官の1人が小走りにオレ達に近づいてきた。
「どうぞ。どうぞ。中に入ってご覧ください」
たまに見る積極的な営業。
「魔改造聖水を作っているわけだし、ここでもお願いをしよう」
「そだね、物販の方も色々買っときたいしさ」
この世界にオレ達は随分馴染んだようだ。
神殿に入って出てくる話題が、祝福と物販。
神様に祈ろうなんて気持ちは微塵もない。
慣れた様子で、ミズキは物販にコーナーに行き、買い占める勢いでどんどんと買い物を続けていく。
オレはというと、これまた慣れた調子で祝福をお願いした。
「さて、ではどちらに祝福をすれば」
「この樽の中身です」
ドカンと、影の中から樽を取り出す。
いきなり巨大な樽がでてきたことで驚いたようだ。
キョロキョロと辺りを見回した後「しばしお待ちを」と言ってどこかに行ってしまった。
なんだろうか。
大きすぎる物に祝福するから困ってしまったのだろうか……しかし、別の神殿では問題なかったしな。うーん。
しばらくして、おばあさんの神官を先頭に5人の神官がトコトコとやってきた。
「祝福をすればよろしいのですよね?」
「ええ、もちろんお礼というか、寄付を」
「これぞ神のお導き、お礼は神に祈って頂くだけで十分ですよ」
そう言って老婆は樽に手をつき目を閉じる。
いままでの神殿とちがって、お金や信徒契約うんぬん言わないところに好感を持った。
やっぱり神官って、こういうのだよな。
「あらら?」
しばらくして神官は首を傾げた。
「何か?」
「祝福を受け付けませんね」
初めての反応。
前回以上に、いろいろな神様に祝福をして貰っている。
上限とかがあるのだろうか。
「受け付けないというのは?」
「中に何も入っていないのかと……空っぽでは祝福はできません」
そんなことを言われた。
おかしいな。
そう思い、中を開けると真っ黒い水が入っていた。
間違えた。
これ、あの黒の滴……その中の人をつけ込んだやつだ。
「あっ、間違えました」
慌ててもう一つの樽を取り出して、祝福をかけて貰った。
「これでよろしいかと。これからも、何か気になるようなことがあれば、お気軽にお越しください」
神殿から出る前には、大きな紙をもらった。
「これは?」
いつものチラシかなと、広げて見ると違った。
ヨラン王国とイフェメト帝国における神殿の場所が書かれた地図だった。
「困ったことがあれば、そちらの神殿を訪ねて下さいませ」
そして、そう言われた。
「あのさ、神殿で3割引だったよ」
「へぇ」
「なんでなんだろう、みんな妙に親切じゃなかった?」
「うん。思った。思った。きっとさ、私達って結構有名人になってるじゃん」
「そうらしいね」
「だから有名人割引ってことで」
なるほど、有名人だからか……だったら色紙の1つでも描いた方がよかったかも。
もっともここは異世界。
色紙の文化はないだろうな。
その後も順調に買い物を進めることができ、宿へと戻る。
ところが。
「ちょっと遅くなっちゃったよね」
「大丈夫だろ。出発の朝までには全然時間がある。問題ないよ」
などと軽口を言いながら、夕暮れもあとわずかで終わり、夜が間近い頃、宿の前まで戻ってきた時のことだ。
帰りが遅い事を心配したのか、ノアは宿の前で待っていてくれた。カガミと獣人達3人も一緒だ。
「リーダ」
オレを見つけてノアが駆け寄ってくる。
カガミも小走りでノアを追いかけるように近づいてきた。
それは、その時に起こった。
オレ達のそばを1台の馬車がすり抜けていく。
そして、宿の前で待っていたピッキーとチッキーに、馬車から何人もの人が飛び下り布を被せた。
えっ?
驚くのも束の間、袋に押し込まれたピッキーとチッキーが、馬車へと運びこまれようとしていた。
ミズキが反射的に飛びかかり、腰の剣で連れ去ろうとした1人に斬りかかった。
そしてもう一方の手で袋の端をつかむ。
彼女が掴んだ袋から、ピッキーがゴロゴロと転げ落ちた。
だが、それ以上のことができない。
チッキーの入った袋は馬車へと投げ込まれしまう。
奪い返す事も出来ず、その馬車は走り去っていく。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
「チッキーがさらわれた」
ミズキがオレを呆然として見つめ、そう言った。
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