第372話 てんきょ

 パルパランの用意した館から出て行く。

 そう決めた。

 続く話し合いで、二手に分かれ、一方は外に出ることにした。

 全員でいくとなると海亀と茶釜達エルフ馬が心配だから。

 だからといって、海亀に乗ってゾロゾロ出て行くと、館に戻らないことが丸わかり。

 ということで、二手に別れる。

 残るのはサムソンと獣人達3人。そして念のためにハロルドにも残ってもらう。

 もちろん、呪いを解いた状態で小屋の中に引きこもってもらうのだ。

 ハロルドの呪いが解けている時間は長くない。

 というわけで、時間制限付きの散策だ。

 出て行くオレ達を見た館の使用人が一人、慌てた様子で追いかけてくる。


「何処へ?」

「せっかくなので、観光しようかと」

「か……観光。そうですか、貴族街であれば私達に是非案内させてください」

「外はダメなんスか?」

「えぇ。あまり治安が良くなくてですね」


 モルトールの貴族街から外は、治安があまり良くないという。

 使用人が貧民街と呼ぶ区画は、特に酷いという。

 もっともオレ達には時間制限があるので、貴族街だけの散策とすることに問題は無い。

 目的は、何でも良いから理由をつけて館とは別の所に泊まること。

 可能であれば、オレ達だけで帝国に行く理由を作ること。

 だが、そんなことはおくびにも出さず貴族街を散策する。

 貴族街には店が少なかった。

 いや、店はあるのだが、ふらりと立ち寄れる店がないのだ。

 館の使用人が言うには、貴族は店にいかず商人を呼びつけることが多いそうだ。

 そして、数少ない店の商品。それは、どれもこれも高いものだった。


「ここで買い物をすると、金貨がどんどん消えちゃうよね」


 美味しそうなお酒を見つけたので、値段を聞いてみたときのことだ。

 一番安いもので、金貨20枚だという。

 安くても金貨20枚。


「やっぱり貴族相手の商品となると値段の桁が上がるよな」

「あんまり、高そうに見えないのにね」

「装飾は、どれも立派だったっスよ」


 町のアレコレにぶつくさ言いつつ、色々なものを見て回る。

 そして予定調和というべきか、元々の予定通りというべきか、屋根が燃えている宿へと向かう。


「これ、すごいよね。昨日から気になってたんだよね」


 燃え盛る情熱亭。

 宿は、そんな名前だった。

 あたりにある建物と外見は同じ。

 円筒形をした石造りの建物。屋根は、この町特有の赤い円錐形。

 ただ1つ違うのは、遠くからも見えた燃える屋根。

 ぼんやり上を眺めていると、人がトコトコと歩いて近づいてきた。

 この宿の従業員のようだ。

 表情は笑っているが、目は笑っていない。

 怪訝そうな表情で、オレ達を見る。

 冷やかしだと思っているようだ。


「何かご用でしょうか?」

「えぇ。燃える屋根が珍しかったので。でも、それを差し引いても立派な宿ですね」

「左様ですか」

「あの屋根は何のために燃えてるんですか?」

「一つは皆の目を楽しませるため。そしてもう一つは、最上階にある湯を温めるためです」

「お湯ですか?」


 カガミが嬉しそうな声をあげた。

 その様子を見て、従業員はニコリと笑う。


「えぇ。燃える屋根が、あの部屋を夏のように演出し、そして暑い気候でしか存在できない南国の木々が場を盛り上げるのです! そして、その見晴らしは天空に浮かぶ南国の楽園。そう考えていただければ」

「へぇ。すごいじゃん」


 従業員は、カガミとミズキの反応に気をよくしたのか流れるように営業トークを続ける。

 そんな営業トークは、ミズキにも刺さったようだ。


「ここに泊まろうよ!」


 オレ達を振り返ったミズキは両手を広げて、提案した。

 南国を思わせる風呂。

 そこから見える、古戦場。

 魔神の塔ですら、感慨深く見ることが出来る空間。

 ミズキの提案を後押しするように、つらつらと続く営業トークを聞くと、体験したい気持ちが増していく。


「その……お風呂は誰でも入れるのですか?」

「いえいえいえ。お客様でないと、宿泊されるお方のみに提供するものでございます」

「やっぱり。ここに泊まろうよ」

「しょうがないな……」

「えっ」


 オレの言葉を聞いて、館の使用人が驚く。

 まさか思いつきで、泊まるところを変えるとは思わなかったようだ。


「そうっスね。なんか屋上からの眺めよさそうっスもんね」


 プレインも前向き。

 もともと、泊まる場所をこの宿に移すつもりだったのだ。

 言い訳作りのための観光。

 だから、この営業トークは渡りに船だった。

 そんな売りがあるのなら乗らない手はない。


「申し訳ありません。私ども、観光も考えていまして。モルトールの町を堪能したいのです」


 話の流れに、焦りを隠せない館の使用人へ言う。


「いや……ですが、ご主人を蔑ろにして……皆さんがお決めになられるのですか?」


 何か言おうと、口をもごもごとしていた館の使用人は、絞り出すようにそう言った。

 確かに彼の言うことももっともだ。

 でも、問題ない。


「ノアサリーナ様……いかがいたしましょうか?」


 できるだけ、事務的に確認する。


「えぇ。私も是非、泊まってみたいと思います」


 もちろん賛成。

 皆が楽しめる出来事。

 ノアが反対するわけがないのだ。


「じゃあさ、早速荷造りしてちゃちゃっと来てしまおうよ」

「ちなみに1泊おいくらですか?」

「1泊金貨120枚程度を考えていただければ……あぁ、安いのは今がちょうど閑散期でして、もちろん収穫祭の時期は、遙かに高くなります」


 クソ高い。

 それから設備に対する説明が続いた。

 結局、オレ達のご主人様である、ノアの部屋が金貨120枚。

 使用人20人分の部屋も込みだ。

 つまりは、皆で一泊金貨120枚の豪勢な宿泊。

 これは、何日も泊まれない。

 速やかに、パルパランの同行無しに出発する理由を作って、この宿を出て行かないと……破産するな。

 ミッションが増えたが、まぁいいや。

 敵に怯えて、ビクビクするつもりはない。

 楽しむのだ。

 というわけで、宿のお風呂に期待しよう。

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