第371話 ぎわくとたいさく

 翌日の朝食が終わり、皆で小屋に向かう。


「どちらに行かれるので?」


 ぞろぞろと外に出ようとするオレ達を見て、館の使用人が慌てて立ち塞がり声をかけてきた。

 何でも無いように笑顔で答える。


「あぁ、海亀の背にある小屋をちょっと整備しようかと思いまして」

「左様でございますか。何かあれは命じて下さい」

「えぇ。何かあれば、その時はお願いいたします」


 適当な言い訳で、皆揃って海亀の背にある小屋へと入る。


「で、何の相談ですか?」

「昨日、一つ思ったことがあるんだが……」

「私もちょっと言いたいことがあってさ」

「んじゃ、ミズキさんからどうぞ」

「あのさ、ここ出ていかない?」

「どうしてですか?」

「なんか息苦しくて、監視されてるような感じがするんだよね。カガミはそう思わない?」

「多少は……」

「それはボクも思ったっス」

「ほら、リーダが昨日聞いてたじゃん、屋根が燃えてる建物のこと。宿って話だったでしょ?」

「そうだな」

「でね。せっかくだから観光がてらに見に行って、問題がなければ、そっちに泊まってしまおうかなと思ったわけ」

「なるほどな。ここは立派過ぎて逆に気を使ってしまうからな。ミズキ氏の考えは良いと思うぞ」


 他の同僚たちも、ミズキの意見に賛成のようだ。

 オレも異論はない。


「で、リーダは?」

「この館の人間に聞かれるのは不味いから、ちょっと大きな声では言えないんだが……」

「大丈夫ですよ。大きな声でも」


 オレが小声で語ろうとしたとき、カガミが言葉を遮るように言った。

 自信満々だ。


「いや、あんまり聞かれたくないんだけど……大丈夫って?」

「遮音の壁で覆ってるんです」

「魔法?」

「作ったんです。静かな環境で本を読みたいから。音が通らない壁を作ることができる魔法です」


 本当にカガミは壁作る魔法が好きだな。

 次から次へと、壁を作る魔法が増えていく。


「その音の通らない壁で覆ってるから、盗み聞きができないと?」

「えぇ。そういうことです。リーダの今朝の態度から、大事な話だとは思っていましたから。すぐに壁でこの部屋を覆いました」


 なるほどな。

 盗み聞き対策は、万全ということか。


「カガミの考え通りだ。今からする話はこの館の人には聞かれたくはない」

「で、リーダは何をいいたいん?」

「パルパランは、ロンロが見えている可能性が高い」

「えっ? 呪い子って事っスか?」


 オレの一言に、同僚達は一様に驚いた表情を浮かべた。

 ほんの些細な事だったからな。

 いままで、ロンロを把握できたのは、呪い子とそれに付き従う侍従という存在だけ。

 だから、パルパランが呪い子だという可能性はある。

 しかし、オレは他の可能性も考えている。

 この世界とは別の世界。

 イ・アと名乗る女性が言っていた……王に仕える者達。

 オレ達を殺すと公言していた彼女が放った刺客。

 どちらにしろ、敵である可能性は高い。


「ロンロが見えてるって、なぜそう思ったんですか?」

「ここに来る間のやり取りだよ。さっきミズキが言った屋根が燃えてる宿のことだ」

「あの屋根が……どうしたんスか?」

「屋根は、そこまで大事じゃない。大事なのはあの話を聞いたときのことだ。オレは屋根が燃えているなんて一言も言っていない。ロンロが指差してあの屋根が燃えている建物だと言っただけだ」

「あぁ。そういうことか」


 サムソンが小さく頷く。

 多分、他の皆も気がついたとは思うが、オレは説明を続ける。


「にもかかわらず、パルパランはオレ達の方を見ることもなく、屋根が燃えている建物について答えた。つまりは、ロンロの声を聞いてないと、そんな回答はできないということだ」

「声が聞こえているということは、姿も見えていると?」

「あぁ。声だけを聞くことができた……ってのは考えにくい」

「確かにそうっスね」

「リーダはぁ、よく気がついたわねぇ」

「さらに、オレはパルパランは敵だと考えている」

「悪意はそれほど感じなかったのですが……うーん」


 オレの言葉に、部屋の隅にいたヌネフが首を傾げる。


「悪意は感じないか……でも、それでもオレはパルパランに対する不信感を拭うことができない」

「どうしてですか?」

「オレは、こことは別の世界でイ・アという存在に会ったと言っただろう?」

「うん」

「あの時、あいつは言ったんだ。指示は送った。あいつの仲間がオレ達を殺すって」

「その仲間だと言いたいのか」

「そういうことだ。顔も声もまったく違うのに、何処か似てるんだよ。イ・アと」


 そう。

 オレはパルパランと初めて会った時、妙な既視感を抱いた。

 会ったことがないのに……だ。

 でも、今ならわかる、あの異世界であった存在イ・ア。

 あいつと似ているのだ。

 オレを見るときの目。

 まるで物を見るような視線。

 加えてパルパランはロンロを見ることが出来る。


「リーダの言う通りだと、全部を疑ってかかる必要があると思います。思いません?」

「だから、とりあえず今日はそのための行動をしようと思う」

「つまりは出ていくってことだよね?」

「あぁ。オレ達の情報を与えたくないからな。そして、パルパランの同行無しに帝国へと向かいたい。そのために、あいつの用意した館を出て行く」

「でも、いきなり海亀で出ると、怪しまれると思います。思いません?」

「そうだな」

「別に、怪しまれてもいいじゃん」

「いや、あやふやな状態にしておいた方がいいと思うぞ」

「そうなの?」

「だって、対策取られちゃうだろ」

「そうですね。限りなく怪しいとはいえ、まだ敵だと確定したわけではないですし……でも、ここ出て行きましょう」


 とりあえず、皆も理解してくれた。

 こうしてオレ達は、パルパランの用意した館から出て行くことを決めた。

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