第367話 閑話 幸運と困惑(ノーズフルト視点)後編
「何があった?」
「狼のおびただしい死体が月への道にございました」
「どういうことだ? 狼が死を恐れずに月への道に挑んだとでも?」
「いえ、それは……ただ、見たままの報告でして」
信じられない情報だった。
狼の襲撃により、月への道が破損。
月への道の輝きが消えたというのだ。
大学の講義で聴いたことがある。
最新の研究によると、月への道が破損すると天候が狂い、付近の農地に悪影響が生じる可能性があるという。
我が領地の税収は、その殆ど全てと言っていいほどの割合を、農村によって賄っている。
農業主体の領地なのだ。
月への道の破損は、かなりの痛手になる。
対処は1つしか無い。
魔術師ギルドに依頼することになる。我らが派閥はあちら寄りなので要望は通るだろうが、それでも数年はかかる大事業だ。
4年の税収の低下。
だが思いもよらぬところから助け船があった。
「月への道でちか?」
最初はうっかりしていたと、そして困ったことになったと思った。
私の声が大きかったのか、物見の報告の声が大きかったのか。
ノアサリーナ一行にいる獣人に会話が聞かれてしまったのだ。
どこまで聞かれたのかと考え不安になった。
口止めをお願いすれば、おそらく喋らないだろうという考えはあった。
だが、念のためにどこまで聞かれたのかを確認していた時のことだ。
「ご主人様は月への道を、あっという間に修復して皆をびっくりさせたことがあるでち」
そんなことを言い出したのだ。
もしそうであれば、これはかなりの朗報だ。
彼女達の持つ英知はそのようなことまで可能にしているのか。
私の独断で、すぐに話を持ちかけることにした。
ダメであれば、口止めすれば良い。
「見ないことには……お約束はできませんが」
確かに、ノアサリーナ達は、月への道を修復したことがあるような口ぶりだった。
そして、それは本当だった。
彼女達は実際に、またたく間に月への道を修復してみせた。
「かようなカラクリがあったとは……」
皆が驚いた、月への道の下には、小部屋があり、そこには代わりとなる部品が収められていた。つまり、月への道は、破損した時のことを考えた設計だったわけだ。
なんにせよ。これで助かる。
「次からは、私共だけでも直せるでしょう」
「あぁ」
結局、彼女達に受けた恩恵に見合うほどの礼は何もできなかった。
せいぜい彼女達の希望する、魔導具に使う素材の提供くらいだった。
それから程なくして、ノアサリーナ一行と別れ、領主である父へと報告に向かう。
念のため、今後のため。
私のため。
つながりを残すため。
道すがら、彼女達一行にいた獣人達の村について、再度通達を出しておく。
可能な限り、友好的に接すること。
そして、私の名前で便宜を図っていると、必ず伝えることを通達しておく。
きっと、彼女達一行は、再びあの村を訪れるに違いない。
そのための布石だ。
「若様!」
領主の館に到着したとき、館の雰囲気が異様な事に気がついた。
すぐに、せき立てられるように、父の元へと向かう。
そこには、父と兄……そして、黒い鎧に身を包んだ4人の騎士がいた。
黒騎士。
王の言葉を伝え、その振るう力は王の剣……すなわち王の意向を汲んだものになる。
「彼が、ノーズフルトで間違いないか?」
「左様でございます」
黒騎士の一人が、低い声で父へと確認した。
その声音は、まるで王がその場にいるかのように私に錯覚させる。
なぜ、黒騎士が……式典でしか見たことがない、その存在。
このような田舎に、何を伝えにきたのだろうか。
「では、王の言葉を伝える」
黒騎士の一人が、手に持った巻物を広げる。
父が、即座に跪き、私と兄がそれを見て慌てて跪く。
「キトリア領、領主リオカナウド。その子、オーレガラン、ノーズフルトに命ず。月への道に関する一切の知識を秘匿するように」
なんだって?
私は、その言葉に驚き顔を上げた。
だが、すぐに父の刺すような視線を感じ、頭を下げる。
「領主リオカナウドに命ず、月への道に対する修復及び調査を行わぬように」
さらに黒騎士の言葉が続く。
王の言葉は、月への道に関することばかりだ。
「最後に、この場にいる全ての者に命ず。今後、王の命令なく今回の言葉を他言しないように……王の言葉は以上」
「……王の臣下として、言葉に従うことを誓います」
「では、失礼する」
黒騎士の言葉は短かった。
その短い王の言葉を伝え、黒騎士は去って行く。
静かだが、とても素早く去って行った。
「ノーズフルト……第一報はすでに聞いたが、お前の手に入れた知識は役に立てることはできそうにないな」
父が私に向かい力なく笑う。
「タイミングが良すぎる……もしや、ノーズフルト、其方は監視……」
「オーレガラン。王の言葉を詮索するな」
「申し訳ありません。父上」
「まぁ、月への道に兵士を置き、魔物からの守りとするしかあるまい」
父は驚くほどに柔軟に考えていた。
だが、私は兄と同じように、黒騎士の言葉……いや、王の言葉について考えていた。
監視されていたのだろうか。
そうでなくては、これほどタイミング良く、黒騎士が月への道にかかる言葉を持ってくるとは思えない。
監視……ノアサリーナ達につけられているのだろう。
だが、私は決めた。
彼女達一行に会った時から、敵対するより味方であろうと決めたのだ。
多少のリスクはあっても、便宜を図り続けようと決めたのだ。
「まずは、ノアサリーナ一行のスケッチを見栄え良くしないとな……」
「何か言ったか? ノーズフルト」
「いいえ。兄さん」
私の独り言に反応した兄へ微笑みながら、これからのことを考えた。
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