第366話 閑話 幸運と困惑(ノーズフルト視点)前編

「ノーズフルト様、ここまでしていただかなくても」


 先ほどから、案内をしてくれる守備隊長がひたすら恐縮している。

 久しぶりの休暇、私は仕事に出ることにした。

 仕事と言っても興味があることをやるだけだ。

 つまりはえり好みを好きなだけして、残ったものだけを仕事と称して進める。

 ただの遊びの延長だ。

 そのような私の考えとは裏腹に、周りの人間は私のことを働き者だと評価してくれた。

 同行し職務に励んでいる守備隊長は、恐縮しつつも、しきりに私の心配をしてくれる。


「いやいや、休んでばかりいると体がなまるからね。これも訓練のうちさ」

「左様でございますか」

「それにしても、このあたりで間違いないのかな?」

「複数の農村から報告が上がっておりました。この辺りで、銀に輝く飛竜を見たということです」

「狼騒ぎに飛竜か……急に物騒になったね、この辺も」

「えぇ」


 自領は、殆どが森と農村だ。

 田舎も田舎、このような領地にあって、領地を治めるために王より頂いた飛行船に乗り巡回する。

 飛行船から、領地の殆どを占める森を見るとわかる。

 魔神の復活は近いのだと。

 常夜の森は、しばらく見ない内に大きく広がっていた。

 慣れというものは恐ろしい。

 不気味なはずの黒い森。

 最近は言われないと気がつかないことも多い。

 だが、今は飛竜だ。

 はぐれ飛竜。

 空を飛び、無差別に人を襲う飛竜は、このあたりの住人にとって脅威だ。

 飛竜が珍しくないロウス法国と違い、自領に飛竜の対策ができている村などないのだから。

 横に居る守備隊長の彼にとっては今回の件は死活問題だろう。

 後がない。

 常夜の森に感化された魔物の暴走。

 活発に森中を動き回りだした狼の群れ。

 加えて飛竜だ。

 農村の収穫が減少したとき、森の魔物により農民が満足に働けないとなると、彼の責任になるのは目に見えている。

 後がないか……私も人のことを言えないな。

 私は貴族の次男として生まれた。

 年の離れた兄。

 兄はこの領地を継ぐことが決まっている。

 そして兄の妻は自らの子供に、この領地を継がせたいのだ。

 ゆくゆくは、私の存在が邪魔になる。

 私は兄を尊敬している。

 だからこそ、兄の妻を通じ、兄と険悪な雰囲気になる前に、私はこの領地を出てどこか別の所で生きねばならない。

 そのためには、コツコツと未来に向けた努力を続ける必要がある。

 私は人よりも、やや弓の扱いに長けていたので、勇者の軍に志願することができた。

 なんとか滑り込んだという形だ。

 勇者の軍、弓兵隊小隊長。

 それが勇者の軍における私の肩書きだ。

 勇者の軍は、あらゆる国の者が参加している。

 ここでうまく人脈を作ることができれば、案外いいところで仕事ができるのではないかと思っている。

 そういった打算で選んだ仕事だ。

 勇者の軍は、遠くないうちに始まるであろう戦いに向けて準備を進めている。

 そう、魔神との最終決戦に合わせ、着々と……準備を進めている。

 末端とはいえ、私も勇者の軍の一員だ。もちろん、努力は怠らない。

 勇者の軍において、少なからず評価はされていると思う。

 だが、人脈づくりがうまくいかない。

 私には他の人に提供するような、面白い話題も、役に立ちそうな特技もないのだ。

 強いて言えば、絵を描くことぐらいか。

 それも、画家というには貧相で、特技の域をでない。

 弓の扱いなら、私よりも上手の者がたくさんいる。


「さて、どうしたものか……」


 眼下に広がる森をぼんやりと眺め思考に沈む。

 久しぶりの休みは、今後にかかる作戦を立てる時間にもなる。

 部下達の言葉にも耳を傾けアイデアを募る。


「はぁ」


 なかなか、うまくいかない。

 そんなにアイデアはポンポン出ない。

 出るのは溜め息ばかりだ。

 ここで飛竜でも倒してしまえば、少しは気が晴れるというものだが、村人が見たという銀色に輝く珍しい飛竜は見つからない。


「ん?」


 物見の1人が何かを見つけたようだ。

 手を振りまわし守備隊長へと合図を送っている。


「何かあったのか?」


 守備隊長が、合図に気がつき大きな声をだして応じた。


「いえ、場違いな……何やら場違いな」

「場違いでは分からない。何があった?」

「家を乗せた亀が……」

「家を乗せた亀?」

「えぇ。何やら農村で揉め事が起こってるようでございます」


 その言葉を聞いて、ふと思い立ったことがあった。

 跳ねるように、声をあげた物見のところまで駆けて行き、望遠鏡を奪い取るように借りた。


「あの……若さま」

「いや、若さまはよしてくれ」


 軽口を言いながら下を見る。

 やはり!

 間違いない!

 一目でわかった。

 あれは呪われた聖女ノアサリーナだ。

 彼女ら一行の乗る不思議な家を載せた亀だ。

 確か、ノレッチャ亀だったか。

 南方でしか生きていけぬ亀なのに、ノアサリーナ達はどんな場所でも生きていけるように工夫をしたらしい。

 だからこそ、こんな南方からかけ離れた森の中にいるのだ。


「私はついている」

「は?」

「いや、あの場所にすぐに向かってくれ。至急だ」


 急ぎ飛行船を進め、地上に降りる。

 やはりだ。ノアサリーナ一行だ。

 いまや世界に名を知られる奴隷リーダがいる。

 徴税担当の彼が何を言っているのかよくわからなかったが、適当にあしらって、私が引き受けることができた。

 幸運が……ツキが回ってきている。

 勇者の軍の隊長、勇者エルシドラス様は、ノアサリーナ一行の話がお気に入りだそうだ。

 度々招く吟遊詩人には、いつもノアサリーナの活躍に関する歌を所望するという。

 我が領地はノアサリーナが本拠地としているギリアとは離れているため、出会うことはないと思っていた。

 だが、なぜかノアサリーナ一行は、我が領内にいた。

 加えて、しばらく同行する理由もできた。

 私はついている。

 ノアサリーナ達の情報を得て、エルシドラス様との会食に対し、話題として提供することができそうだ。

 エルシドラス様は、小隊長を含む全ての隊長格と定期的に会食をなされる。

 そうやって会食を通じて意思の疎通をはかり、少しでも円滑に勇者の軍を動かしたいというお考えだそうだ。

 いつもは私は大した話題が提供出来ず、ただ笑顔でうなずくだけだった。

 だがノアサリーナ達の情報を得ることができれば、良い話題になる。

 彼女達はとても友好的だった。

 亀の絵を描きたいと言えば、絵の具まで提供してくれた。

 おかげで色鮮やかに、海亀と、その背にのる家の描くことができた。

 加えて色々な話を聞く。

 ほとんどが吟遊詩人の話で聞いたようなことばかりだったが、そんな吟遊詩人たちの話にもない出来事も聞いた。

 これはいい土産話になるなと、ほくそ笑みながら絵を描き続ける。

 飛行船を使えば2日の道のりだが、今回は海亀が進みやすい道を選んだので一週間以上を要する道のりとなる。

 だが、時間があることはいいことだ。

 話を聞く時間も、そしてスケッチをする時間も取れる。

 ノアサリーナ達はとても礼儀正しく控えめな性格なので、飛行船の乗組員たちの評判もいい。

 魔法で水を用意し、料理まで作るので、普段は水の確保が重労働になる奴隷達にまで好評だ。

 私が、できるだけ情報を得るよう言い含めたこともあって、随分と仲が良くなっていた。


「飛行船を見学したいとの依頼がありましたが、いかがいたしましょうか?」

「前に招いたのではなかったかな?」

「いえ。ノアサリーナだけではなく、彼女の従者も含めて……だそうです」

「従者……あぁ、あの獣人達か。かまわないよ……いや、私が案内しよう」


 ノアサリーナからの希望は、この一点だけだった。

 どうにもノアサリーナは、吟遊詩人の歌そのままに、同行者全員を大切にするようだ。

 しかも貴重な情報を聞くこともできた。


「吟遊詩人の歌にあった薬をもらった獣人というのは、あのチッキーという娘らしいです」

「あれは本当の話だったんだな」


 吟遊詩人の歌にあったノアサリーナが薬をあげた獣人の話。

 その歌にある出来事は真実であり、かつ薬を貰った本人からの話を聞くことが出来た。

 これはいい土産話になる。


「月への道が……動きを止めておりました」


 私が新しい収穫に内心喜んでいると、別の物見から報告をうけた。

 その言葉は、浮かれていた気分の私を一気に冷めさせるに十分だった。

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