第365話 たのしいれんこう

 兵士達に付き添われ、近くの町まで進む。

 急な話にはなったが、しょうがない。

 ピッキー達は両親にお別れをいって、バタバタと出発の準備をした。


「今度は、もう少しゆっくりしたいね」

「今度……ですか?」

「たまに来るのもいいだろうし、例えば帰りによるとか」

「いいですね。ピッキー達も喜ぶと思います」


 村長には、徴税官吏とオレ達のやり取りについて、ノーズフルトの部下が話をしていたが、なんか凄くかしこまっていた。


「また。いつでもおいで下さい」


 何を聞いたのかは知らないが、村長の態度が180度急変していた。なんか怖い。

 なんにせよ、出発する。

 低空を飛ぶ飛行船に先導され、海亀はノソノソと進む。

 最初こそぎこちなかったが、ノーズフルトが乗る飛行船の人達はとてもフレンドリーだった。

 ノアや、ピッキー達にも分け隔てなく優しい。


「なぜ、こんなに優しくしていただけるのでしょうか?」

「あぁ……この地は本当に田舎でして、皆が娯楽に飢えているのです。その、失礼な話かもしれませんが、吟遊詩人に歌われた皆さんと話せるだけで、嬉しいのです」


 とりあえず、有名人が来たから仲良くしておきたいということらしい。

 いつの間にか有名人。まぁ、吟遊詩人の歌になっているくらいだしな。


「そうですか」


 面と向かって有名人だと言われるのは気恥ずかしい。

 なんとなく冷めた返事になってしまった。


「えぇ。確かに、我が領地は、カルサード様に近い領地ですので……その、おおっぴらには言えませんが……。特に、私達には、他意はありません。ご安心ください」


 そんなオレの冷めた返事を、ノーズフルトは違う意味にとったようだ。

 カルサード様に近い領地?


「おおっぴらには言えないのですね」


 言っている意味は分からないが、とりあえずオウム返し。

 と思っていたら、この話について行ける人がいた。


「やはり、私達はサルバホーフ公爵派だと認識されているのですね」

「えぇ、そういうことです」


 カガミだ。

 その場は、とりあえず当たり障りのない事を言って過ごした後にカガミに聞く。

 晩飯後の雑談には丁度良いネタだ。


「ヨラン王国って、2つの派閥に別れて権力争いをしているらしいです」

「2つ?」

「サルバホーフ公爵派と、カルサード大公派」


 派閥。人が集まれば、グループができる。

 それは異世界でも同じらしい。


「そっか。サルバホーフ公爵に許可もらったから、いつの間にかサルバホーフ公爵派になっちゃったと」

「ギリアは、前領主がカルサード大公派で、今はサルバホーフ公爵派らしいですよ」


 それはなんとなくわかる。

 あのサルバホーフ公爵に会えるってだけで、テンションが上がりまくっていた領主のラングゲレイグが、違う派閥だったらびっくりだ。


「さっきのノーズフルト様の話は、有名人が来たからいろいろ聞いてみたいけれど、もてなしたことがバレると面倒ってことか」

「カガミって詳しいよね。何処でそんな情報仕入れたの?」

「ミズキ……貴方……」


 おやつ代わりにカロメーをカリカリと食べながら、質問したミズキにカガミが冷たい目線を向ける。


「どしたの?」

「あの、イザベラ様から聞いたんですが、ミズキもその場にいましたよね」


 イザベラ……あぁ、ギリアにいた貴族の人か、カガミとミズキに仕事を依頼した人だ。


「そうだっけ。忘れちゃってたよ。アハハ」

「でも、イザベラ様の話を聞いたときは、貴族って大変だな……くらいしか思わなかったんですけど、こんな風に自分達が巻き込まれるとは思っていませんでした」

「確かにな。変な争いに巻き込んで欲しくないよな。ところでだ。だとすると、このフェッカトールが用意した地図って、オレ達が行っても問題ない町を選んでるってことかな」

「きっと、そうだと思うぞ」


 沢山ある街道を選ぶ基準について、不思議だったけれど、そういうことか。

 派閥があるという視点で地図を見直してみると、いろいろなことがわかってくる。

 なぜ最短ルートを通らないのかとか、町を無視して別ルートで進む理由などが分かってくるのだ。


「今回のようなトラブルに巻き込まれないように、次はすぐにモルトールに行った方がいいな」

「そうっスね」


 とはいうものの、当面はノーズフルトについていくしかない。

 理由はどうであれ、親切でやさしい人と一緒に進む。


「トッキーが飛行船に乗ってみたいんだって」


 ノアから、そんな話を聞いたので、トッキー達に飛行船見学させてもらえないか聞いてみる。


「えぇ。部下からも、そういった希望があると聞いています。かまいませんよ」


 オレが頼むまでもなかった。

 普通に見学させてもらえた。案内をしてくれるのはノーズフルト。


「おいらの村が見えました!」

「雲がお馬でちた」


 気球と違って、真上が見えるのが凄く楽しかったそうだ。

 皆が大喜びで、オレ達も嬉しくなる。

 くわえて、予想外の収穫もあった。


「私は、才能が無くて魔法使いを名乗れませんが、一応スプリキト魔法大学で学び、魔術師ギルドの一員なのです」


 トッキーの細々とした質問に対し、的確に答えていたノーズフルトに対して、すごいですねと伝えたところ、彼は謙遜したように言った。

 さらにその話の中で、魔術師ギルドが独占している素材や触媒を、少し分けてもらうことができたのだ。


「ケアラトリの木を頂けるのですか?」

「えぇ。飛行船の修復に使う資材として備蓄していますので、お分け致しますよ」


 海亀の背に乗せた小屋を、さらに広く使うために必要な素材。

 それを彼が分けてくれると申し出てくれたのだ。

 一も二もなくお願いする。

 これから行く町に置いてあるというので、海亀の背にある小屋が、さらに広くなるのは遠く無い将来の話となった。

 そこまでしてもらっても、オレ達はなにもしていない。

 最初はなんとなく流されるようについていくだけだったが、色々な収穫があり、このまま何もしないのは申し訳ない気持ちになった。

 そういった気持ちが神様にでも届いたのかどうかはわからない。

 でも、オレ達がお礼をできるチャンスがでてきた。


「月への道が壊れてしまったらしいでち」


 チッキーがそんな話を聞いてきたのだ。

 それからほどなくして、ノーズフルトから月への道を修復してもらえないかという打診があった。

 もちろん断る理由はない。

 町に行く道を少しだけ外れ、月への道と向かう。

 そして、たどり着いた月への道には狼の死体がたくさんあった。


「どういうわけだか、狼達が死を恐れず月への道に突っ込んでいったようです」


 先行していた役人の1人が、ノーズフルトに向かって説明していた。

 狼。

 そういえば、数日前に倒したガルムウルフという魔物は、狼を操れると言っていた。

 もしかしたら、操った狼を、ここに突進させたのか。

 何のためにそんなことするんだろうな。

 でも、解決できる事態だったので安心する。

 前回と同じように、だけどバレないようこっそりとノームにお願いして、土を盛り上げてもらう。

 それから、下の部屋から予備の部品を取り出し入れ替える。


「かような仕組みになっていたとは……」


 埋まっていた小部屋を見てノーズフルトは、言葉を失って立ちすくんでいた。

 あとはギリアで行った時と同じように、白いトロールが出てきて、とっとと出ていけとオレ達を追い払った後、月への道が復活する。


「おぉ!」


 再び月への道が動き出したときも、ノーズフルトは言葉を失っていた。

 だが、その表情を見れば大喜びだったことはすぐに分かる。

 なんでも、この領地は農業が主体……というよりも農業しかない領地らしい。

 そのような領地で収穫に影響がある月への道の破損は最悪な出来事だったそうだ。

 それが、あっさり解決したことが嬉しかったようだ。

 いろいろよくしてくれたノーズフルト達が喜んでくれて、オレ達も嬉しい。

 月への道の修復という寄り道も終え、フラタナの町へと出発する。

 ノーズフルトは絵を描くのが趣味らしい。

 オレ達の海亀をスケッチしたり、トッキー達の話を聞いて風景を書いてあげたりしていた。

 ノアに対しても綺麗な空の塗り方を教えてくれたりした。

 それから先も、特に問題なく和気あいあいとした連行というか旅が続き、そして町へと着いた。

 町というより、村に近い。

 目立つといえば大きく質素な建物が沢山あることぐらいだろうか。


「あの木造の建物は……倉庫ですか?」

「そうですね。あと2ヶ月もすれば税として集めた農産物で溢れかえります」


 各地の収穫をここに一旦集めてから王都に運ぶという。

 そのうち一つの倉庫を使わせてもらえることになった。

 これから収穫された物で溢れる予定の倉庫は、がらんどうだった。

 サムソンが新しく作った魔導具を、トッキーとピッキーが慣れた様子で小屋に据え付ける。

 小屋の柱に円柱状の魔導具を埋め込むのだ。

 ノーズフルトが、飛行船整備用の移動式のはしごなどを貸してくれたので、サクサクと作業は進む。


「ここから北に行くとモルトールの町が見えますよ。皆さんの海亀だと2週間程度でしょうか」

「そうですか。ところで、私達はこれからどうなりますか?」


 元々、今居るフラタナまで一緒に来て貰うという話だった。

 そこから先の事は聞いていない。

 特に悪いことはしていないが、取り調べなどが始まったらどうしようと少しだけ不安になる。


「まぁ、特に問題もないですし、自由な時にこの町を出て行かれても問題ないです。ただし、真っ直ぐモルトールの町を目指してください。他の町に行かれたりすると面倒なことになりますから」


 そういう話だった。

 徴税官吏とのいざこざからオレ達を助ける方便に、フラタナまでの連行という話をでっちあげただけらしい。

 そして、唯一の条件であるモルトールの町に寄り道せずに向かえという話も、問題ない。

 オレ達も元々そういうつもりだったのだ。

 これからノーズフルトは領主の館へと向かい、月への道が破損していたことと、その修復が終わったことを報告するという。


「月への道は大事ですから……それに、他の月への道も確認しないと」

「他にもあるんですね」

「小さいものが、いくつか……ですね。どれも大事な物です」


 そして、別れ際、お土産までもらった。

 黄色い丸っこいお菓子、まるで大福のようだ。


「こちらの特産なのですよ。旅の中で、ぜひ食べてみてください」

「いろいろとありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。得がたい経験でした」


 そして、オレ達は森とフラタナの町を出て、さらに北へ向かうことにする。

 ピッキー達の故郷を訪ねる寄り道は、徴税官吏とのいざこざはあったが楽しい寄り道だった。

 次に目指すはモルトールの町。

 大きな二つの砦がある町だという。

 さらに広々と使えるようにされた小屋で、のんびりくつろぐ。

 お土産にもらったお菓子は、お餅のような食感に、柑橘系……オレンジの味がする、不思議な食べ物だった。

 2つの砦、そしてヨラン王国と帝国の境。

 どんなところなのだろうか。

 さわやかな後味の残るお菓子を堪能しつつ、これから向かう先に思いを馳せた。

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