第364話 けんりょくしゃ

「徴税官吏とうかがっています」

「そうだ!」


 どうしよう。

 権力を笠に着て、オレ達に要求しているわけだ。

 よくよく考えるとオレ達は奴隷階級だから、もう少しへりくだった方が良かったかな。

 だけど、オレに仲間を売る要求に屈するつもりはない。

 ふと、彼の後をみると、めんどくさそうな兵士と、オロオロしている役人の姿が見えた。

 なんだかアレなら、なんとでもなりそうだな。

 最悪、逃げるかな。


「えぇと、その徴税官吏様は、税の取り立てでこちらに来られたのですよね?」


 落としどころが思いつかないので、話だけつなぐことにした。


「そうだ。税の取り立てだ! 税金を払え!」


 オレの言葉に、すごい勢いで徴税官吏は食いついてきた。

 ブンブンと手を振り、オレを何度も指を指しながら声をあげる。


「通行税ということでしょうか?」

「うん。そうだな。そうだ、通行税だ!」


 思いつきのような言葉。

 本当に彼が徴税官吏なのか、怪しく思えてきたが、周りの住人たちの態度を見ると本物なのだろう。


「通行税は、いくらになりますか?」

「では、通行税1人金貨1枚だ! お前たちが何人いるかはもう捨て調べがついておる。奴隷も金貨1枚。お前達は人が1人に、奴隷8人。金貨9枚だ!」


 高い。

 おかしいだろ。高すぎる。

 この世界の金銭感覚がどうにもつかめない。


「どうした! 金貨だ! 払えぬのか!」


 ぼんやり考え事をしていたオレに向かって、徴税官吏は改めて通行税を払えと催促してきた。

 めんどくさい。

 だが、お金で解決するならしょうがない。

 何と言ってもピッキー達の故郷だ。穏便に済ませたい。

 気を取り直し、金貨を9枚ほど取り出す。


「おぉ!」


 チャリチャリと手の平で金貨を数えていると、取り巻いていたやる気のない兵士から歓声が上がった。

 ちらりと見ると、もう野次馬って感じだ。

 仕事をやっている様子ではない。

 加えて遠巻きで見ていた村長が、両手を口にやってオロオロしている様子が見えた。


「では、9枚。金貨9枚です」


 そう言って、オレが金貨を徴税官吏に渡そうとしたとき、異変に気がついた。

 顔が真っ赤だ。

 怒りに震えているのが一目でわかる。

 あれ? オレ、何かしたっけ。

 税金を要求されて、払おうとしただけだ。

 落ち度はない。


「もうよい! お前ら! こやつらを、このけったいな亀の背から引っ張り出せ!」


 そして、徴税官吏は後を振り向き大声をあげた。

 兵士達は、その言葉を聞いて、槍を構えながらゆっくりこちらへと向かってくる。

 村への入り口をわざわざ開けて、包囲をとっている様子から、逃げろと言っているようにも見える。

 顔つきや、武器の構えからも、やる気のなさが感じられる。

 馬に乗っていない他の役人も、あからさまに「えっ」とか驚きの声をあげていた。

 だが、上司の命令に、面と向かって逆らうわけにもいかないようだ。

 ゆっくりと遠巻きに、槍を構えながら近づいてくる。

 というか、こんなのと戦いたくないよ。

 兵士の一人と目が合う。

 戦いたくないよと目が訴えている。


「税は払うと伝えました。それに、サルバホーフ公爵閣下より、許可も頂いております」


 よくよく考えたら、偉い人から許可がでているのだった。

 主張しない手はない。

 戦えば勝てそうだし、逃げるのも可能だろうけれど、穏便に済ませたいのだ。

 というわけで、前にもらった許可の話を持ち出すことにした。

 キユウニでは、オレ達が言う前に向こうが判断してくれた。

 公爵の指示は生きているのは間違いない。


「サル……サルバホーフ? 公爵閣下だと?」


 徴税官吏はオレの言葉を聞いて、大きく体をのけぞらせた。

 そして、馬から落ちそうな形になり、慌てて側にいた役人に支えられる。

 なんか周りの人が可愛そうになってきた。

 ダメな上司のフォローが大変そうだ。


「嘘を言ってもすぐバレるんだぞ!」

「嘘ではございません!」

「いや! 嘘だ。嘘にきまっておる」


 今にもつばが飛んできそうな勢いで、徴税官吏がまくし立てる。

 もうこの状況は改善しない気がしてきた。

 逃げるかな。

 そう思っていたとき、パッと空が暗くなった。

 兵士が上を見上げた。

 オレもつられるように上を見る。

 そこには船が飛んでいた。

 空飛ぶ帆船だ。

 ケルワテで見たやつだ……飛行船。

 あの時よりもずっと小さいが、飛行船には間違いなさそうだ。

 そこから1人の男が飛び降りてきた。

 茶色い巻き毛の男。

 身なりの良さから貴族なのだろう。

 腰には小さい短剣がさしてあり、手には大きな弓を持っていた。


「何かあったのかい?」


 男は地面に着地するとポンポンと自分の胸元を叩き、服のシワを伸ばしながら、徴税官吏へ問いかけた。

 徴税官吏は彼をしばらくぼーっと見たあと、すぐに馬から飛び降り頭を下げた。


「これはこれは、ノーズフルト様! この者達が揉め事を起こしまして、はい。その、はい。尋問をしていたところでございます」

「そうか。尋問か」

「この者は、ここ一体の農地に関する徴税を受け持っている者でございます。今はちょうど育ちの季節。収穫前の検分をしているのでしょう」


 ノーズフルトと呼ばれた茶色い巻き毛の男のあとに、ロープを使って降りてきた女性が、補足するように言う。

 それを聞いた茶色い巻き毛の男……ノーズフルトは、笑顔で頷いた。


「税務で、尋問を? 彼らは領民ではないだろう?」

「はは、僭越ながら、はい。私めに賄賂を渡してきたのでございまして」

「賄賂を? 何が目的なんだろう?」

「そ、それは」


 徴税官吏は、突然やってきたノーズフルト相手に口ごもる。

 彼は、お偉いさんのようだ。

 周りの役人も、そして兵士達もしゃがみ込み頭を下げている。

 オレも下げたほうがいいのかな。

 でも、誰かわからないし……。

 話はオレ達を置いて進む。


「で、その賄賂は、君が持ってるのかい?」

「えっと、まだこれから貰うところでして……はい」

「賄賂を? これから?」

「あっ、いえ、それが……」


 尋問され、墓穴を掘るというか、自分から墓穴を掘り進めている。

 徴税官吏が答えられなくなるのを見て、ノーズフルトは声を上げて笑った。


「アッハッハッ。しょうがない。今日は、この場を私に預けてくれないかな?」

「ええ。もちろんでございます」

「よかった。では、君は仕事に戻りたまえ」


 そう言って徴税官吏をノーズフルトは追い払った。

 とりあえずは助かったようだ。

 しばらく逃げるように去って行く徴税官吏一行を眺めた後、ノーズフルトは振り向き、オレを見た。


「貴方の主は、ノアサリーナでは?」

「えぇ」

「やはり! では、急な申し出になりますが、私が預かると言った手前、一緒に来てもらいましょうか」

「どこへでしょうか」

「フラタナ。ここから一番近い町までですよ」


 オレ達を徴税官吏から助けてくれたノーズフルトは、こともなげにそう言った。

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