第368話 あつい

 ひたすら北へと森の中を進む。

 ただし、ひたすら北へと言っても通れるところと通れないところがある。

 結果的に直進できず、通れるところをジグザグに進むことになる。

 夏の終わりが見えた頃、随分と穏やかな季節になってきた。

 今が一番いい季節だと思う。

 天気が良い日が続き、爽やかな風が頬をなでる。

 特に、今進んでいるところには、アケビに似た果物がなっていたのがいい。

 飛翔魔法でちょっとだけ飛んで、プチプチとつかみ取り、皆で山分け。

 控えめな甘さがとてもいい。


「こんな穏やかな気候なのに、どうして誰も住まないんだろうね」

「えっと、モルトールの近くは戦いがあるかもしれません」


 オレの何気ない疑問に、トッキーが答えてくれた。


「そっか、戦いか」

「はい。昔大きな大きな戦いがあったそうです」

「それにさ、森なんてこの世界にいっぱいあるんだから、他のところに住もうと思えばいくらでも住めるんじゃないの?」


 海亀に併走する茶釜の背からミズキが言った。

 森の木々を、縫うように走る茶釜と、それに乗るミズキは楽しそうだ。

 

「そんなもんかな」


 兎にも角にも、平和な日々が続く。

 最初こそは、魔物と出会っていたが、適当に魔法の矢であしらって終わった。

 昨日と今日は、魔物を始め、狼にも出会うことがない。

 穏やかな木漏れ日が差し込める森は、オレ達だけが進んでいる。

 ところがとても過ごしやすい穏やかな日々は、突然終わりを告げた。


「暑い」


 急にとんでもない暑くなったのだ。


「異常気象ってやつかもしれんぞ」

「えー。こんなに暑い日がつづくの?」


 すっかり涼しい気候に慣れきって、油断していたオレ達には大ダメージだった。

 少しだけ前、暑い日々が続く時は、氷を作って部屋の中央に置くなどしていた。でも、今日はそんなことを全く考えていなかった。

 カンカン照りしかもこういう時に限って、森の木々がまばらな地帯を進んでいる。

 木漏れ日は、いつもなら気持ちよく見えるのだが、今日に限っては違う。

 差し込む日の光がまるでオレ達を焼き殺そうとしているように思えてくる。


「あー! もう!」


 ミズキが、イラついた声を上げる。


「暑い……暑い」

「言われなくたってわかってる。ほら、氷作ったぞ。小屋の中に」


 サムソンが、何かの木片で扇ぎながら小屋から顔を出した。


「氷抱きしめたい」

「やめてよ。氷が汚れる」


 こんな日に限って風も吹かない。

 氷は瞬く間に溶けて、小屋が蒸し暑くなってしまった。


「暑いな」

「次の氷を用意した方がいいと思います。思いません?」


 そして更に間が悪いことに、今は皆が交代で魔法陣の取り込み作業をしているところだ。

 移動しながら魔法陣をパソコンの魔法に取り込めるようにと、町で馬車を買った。

 海亀に荷台を牽引させている。

 そして、その荷台には水を張り、魔法陣をくぐらせるという作業をしていたのだ。

 つまりは移動式大型スキャナ。

 大量の魔法陣を、そのような水を張った馬車の荷台にくぐらせるのだ。

 この作業には問題が一つある。

 魔法陣の取り込みに、魔力をやたら使うのだ。

 魔力が切れた時に、トラブルが起こるのは避けたい。

 だから、当番制。

 今日の当番はカガミとプレイン。

 氷を作るのは案外魔力を使う。

 大きな氷だったらなおさらだ。

 というわけで、魔法陣を取り込む作業も考えて、魔力をけちって氷を作った。

 結果的に、蒸し暑い環境になったのだが、さらに追加で氷を作るとなると、ヘタすると魔力切れが4人に増える。

 サムソンは昨日、取り込み作業をして、今日氷をつくったこともあって、すでにヘロヘロで横になってしまった。


「我慢するしかないな」

「私、また茶釜の背中でのんびり過ごすよ」

「どうぞご自由に」


 ミズキのやつ、このクソ暑い中に、あんな毛玉に乗って、よく平気だな。


「あぁっ!」


 それからほどなくしてミズキが驚きの声をあげた。


「どうしたんだ?」

「カガミにプレインずるい!」


 後ろの方で、そんな声が聞こえた。


「どうしたのでしょうか?」

「ちょっと行ってみるよ」


 御者台に座るトッキーとピッキーに後を任せ、声がした方へと行ってみる。

 ガタンゴトンと音を立てながら、牽引される荷台。

 そこにはパソコンの魔法にデータを取り込むため、魔法陣を書いた薄い石が置いてあり、さらに中には水が張ってある。

 いつもの光景だ。

 ただ違うのは水を張った所にカガミとプレインが足をつけていたのだ。

 そして、氷の入った水をちびちびと飲みながら作業をしていた。


「見てよ、リーダ。楽しく涼んでる」


 オレが行った時には、ミズキが荷台の端に腰掛けて、足を洗っているところだった。

 これから、水を張った荷台に、足を突っ込むつもりなのだろう。


「おいおい、仕事……」

「仕事ならちゃんとやってますよ。大丈夫だと思います。思いません?」


 楽しげなカガミにそう言われる。

 やれやれと思いながら、御者台に戻ると、その直後「キャッ!」というカガミの楽しげな悲鳴が聞こえた。


「大丈夫でしょうか……」

「いや、大丈夫だよ」


 不安げなトッキーに手をパタパタと振って、何でもないと伝える。

 それからはいつも通りだ。

 果物をかじりながら、のんびりと進んでいく。


「キャハハハハ」


 楽しげな声は、いっそう大きくなった。


「何がそんなにおかしいのか」


 気になって、再度行ってみると今度は水浴びしていた。

 足だけではない。水着に着替えて、全身つかっている。

 作業そっちのけだ。


「何やってるんだ」

「今日は暑くて暑くて、もう仕事にならないと思います。思いません?」


 問いかけるオレに、カガミが満面の笑みで答える。

 そこには、カガミとミズキ、チッキーにノアの4人が遊んでいる姿があった。


「プレイン様は疲れたから横になるって言ってまちた」

「そっか」


 魔力の使いすぎで疲れたんだよな……遊び疲れていたらどうしてくれよう。

 そんなことを考えてボンヤリと4人を見る。

 仕事しろよと。


「ちょっとジロジロ見ないで。いくら私たちが水着の美女集団だからってさ」

「はいはい」


 呆れてものが言えないとは、このことだ。

 仕事中は仕事に専念していただきたいものだと思う。

 まったく。

 それからも変わらない時間が過ぎた。

 楽しげな声は止み、やがて馬車の車輪が動くガラガラという音が静かな森の中に響いた。

 そして、夕方。


「そろそろ馬車を片付ける時間です」


 空の様子を見て、ピッキーが言った。

 そうだなと思い、後ろへと戻ると馬車の水がすっかりと無くなっていた。

 代わりに荷台には、ハイエルフの里でもらった布団に包まって、カガミとミズキ、そしてチッキーがすやすやと寝ていた。

 そしての荷台の端にノアが座っていて、その様子を嬉しそうに見ていた。


「あっ。リーダ」

「寝ちゃったのか」

「うん、疲れちゃったの」

「ノアは大丈夫?」

「私が一番初めに寝たの」

「そっか」


 見るとノアは絵を描いていた、皆の寝顔だ。


「チッキー!」


 ノアが絵を描く様子を後ろから眺めていると、様子を見に来たピッキーが声をあげた。

 そのままピッキーが、チッキーを起こそうとしたので止める。


「たまにはこんな日もいいもんさ。後で起こすから大丈夫。もうちょっとのんびりしていこう」

「はい」

「その代わり……」


 影の中から、異世界果物のリテレテを取り出してピッキーに笑い言葉を続ける。


「オレ達をのけものに遊んだ罰だ。チッキーや、カガミとミズキには内緒で、リテレテを食べよう」

「内緒?」

「オレ達だけで、こっそりと食べるんだ。内緒のおやつだ」


 それからしばらく夕日が沈むまで、リテレテを食べながら進む。

 ガタンゴトンと、馬車の車輪が回る乾いた音を聞きながら、甘いリテレテを食べながら。

 こんな日もいいもんだ。

 暑いのはその日1日で終わり。

 翌日からは穏やかな日々が始まり、ほどなくして今度は急に冷え込んできた。

 異常気象ってやつにも困りものだな。

 そして、オレ達が赤い頭をした2つの砦……モルトールの象徴であるソレを見つけたのは、ちょうどそんな時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る