第357話 のうそんでのひび

「リーダ! リーダ! ピッキーがこっちにやってくるわ」


 朝早くロンロの、けたたましい声に叩き起こされた。

 外に出てみると、まだ空が白み始めたとはいえ、薄暗い頃だった。

 ピッキーが、小屋をぼんやりと眺めていた。


「おはよう。ピッキー、今日はとっても早起きだな」

「あっ、リーダ様。あの……」

「なんだい?」

「昨日は、申し訳ありませんでした」


 ピッキーは消え入りそうな声で言うと頭を下げた。

 別に謝ることもない。

 むしろ、オレとしてはピッキーの心遣いは嬉しかった。


「気にするな。ノアのことを思っての行動だったんだ」

「はい」

「でも、本当に気にすることはないんだ。ノアにはオレ達がついてるから、ピッキーはお家の人としばらく一緒にいるといいよ」

「はい」


 それだけ言うと、すっきりした表情でピッキーは家へと戻っていった。

 農村の朝は早いようだ、起きていたのはピッキーだけではない、すでに何人もの獣人達も起きていた。皆、働き者だな。

 早起きしてしまったので、お茶を注ぎ、ボンヤリと白みゆく空を眺める。

 ちょこまかと、遠方で農作業を始める獣人達を眺めるのはなんとなく楽しい。

 湯気が立ち上る熱いお茶を飲みつつ、遠くのほうで鳴く鳥の声を聞きながらぼんやりと過ごす時間は悪くない。

 そんな中、3人の獣人達が、こちらの方に近づいてきていた。

 2人の大柄の獣人を連れた、立派で背の高いカラフルなシルクハットを被った獣人だ。

 後の2人は他の獣人より一回り大きい。

 大きいといっても身長はオレと同じくらい。

 横幅は……オレより大きいな。

 もっとも、見た目はかわいらしいレッサーパンダの獣人。

 怖くはない。

 もしかしたらピッキーは大人になったらあんな感じになるのかもしれない。

 ふと大きくなったピッキーを想像して笑みがこぼれる。


「おはようございます」


 先手を打って挨拶する。

 確か昨日、ピッキーが御者台で話をしていた人だ。村長さんだっけかな。後の2人は知らないが、ボディガードと言ったところか。


「一体、お前たちはいつまでここにいるつもりだ?」


 村長は腰に手をやり、オレを見上げて声をあげる。

 本当に歓迎されていないな。オレ達。


「長居するつもりはありませんが、いつまでとはまだ決めておりません。せいぜい10日ぐらいでしょうか」


 昨日、ピッキーと目の前にいる村長が話をしていたのを聞いていた。

 しばらくの間であれば、この海亀の背から外にでないことを条件に、滞在は許してもらえたはずだ。

 だが、向こうはそのつもりがないらしい。


「お前達が呪い子だとは知らなかった」


 どうやら呪い子がいるとは知らなかったので、それが分かった今、早く出ていけということだろうか。

 やはり最初の印象通り、友好的でないようだ。

 昨日もそれなりに感じていたが、今日は一段と当たりが厳しい。


「そうでしたか」


 とりあえず相手の出方を見るために、肯定も否定もせず言葉を返す。

 だいたい何を言いたいか予想はつくが、こちらから話を持ち出す必要はない。


「お前達がいるだけで、収穫が悪くなる。今日にでも出て欲しいものだ」


 やっぱり。

 とっとと出て行けということか。


「そう言われましても……」


 そんなの飲めるかボケと言いたいところだ。

 ピッキー達がせっかく家族と再会したってのに、休みを1日で切り上げるつもりはない。

 さて、どうしたものかな。


「えぇい。奴隷のお前では話にならん! 別の者を出せ!」


 ところが、オレが考えをまとめる前に、村長は声を荒らげた。

 荒げた声に反応して、何人かの獣人がオレ達を遠巻きにみていた。


「別の者と言われると、お嬢様を出せということでしょうか?」

「呪い子とは話をしたくない。もっと別の者だ!」

「そう言われましても……」


 困ったな。新しいタイプの人間だ。

 本人でなく、オレでもなく別の人か。

 ノア以外は全員奴隷なんだよなぁ。

 さて、どうしよう。

 そう思っているとガチャリと扉が開いてノアが出てきた。

 そして後にハロルドが立っていた。子犬ではない巨漢のオークである戦士ハロルドだ。


「些事はそこがリーダに任せている。何ゆえ、リーダでは話にならんと、お前は言うのだ?」


 ハロルドは出てくるなり、ずぃっとノアの前に立った。

 それから、偉そうな口調で目の前の村長に言葉をかけた。

 急に出てきたハロルドに村長は驚いたようで、ずるずると後ずさる。

 そりゃ怖いよな。

 こんな巨漢がいきなり見下ろして偉そうに話しかけてきたら。


「いやですから……昨日は呪い子とは聞いていなかったもので……」


 さっきの威勢はどこへやら、急にしおらしい口調で村長がハロルドに答える。


「どこの世に、私は呪い子だと喧伝しながら歩く者がいる? 詳細を確認せぬまま約束したそなたが悪い。そうではないのか?」

「いや……ですから」

「うむ。其方も村長であるゆえ、言いづらいこともあろう。だが我らも滞在せねばならぬ。そこでだ10日ほど滞在させてはくれぬか?」

「それは、もう……はい」


 元々10日ぐらいという話で落ち着いていたのに、ハロルドは10日と明言して交渉している。

 いうなれば、交渉するふりして、取り決め通りやろうじゃないかって話か。

 うまいな、ハロルド。

 特に村長がそれ以上反論しないことを感じ取ったのか、ハロルドは大仰に頷いて言葉を続ける。


「では、決まりだ。10日。10日だ。我らはここに滞在する。多少はうろつきまわるが、夜を過ごすのはこの小屋だ。それで良いな?」

「……はい」

「後はそうだな。後のことは、そこがリーダに任せている。私をいちいち呼び出すな!」


 そう言うとノアを連れて扉をバターンと大きな音を立てて閉めた。

 村長は何も言わずトボトボと帰っていった。


「助かったよ。ハロルド」

「いや、いきなり姫様から叩き起こされて、リーダを助けてって言われたものでござるからな」

「ハロルド。ありがとうなの」

「なんの!」

 

 ハロルドが胸をドンと叩いて笑った。


「ノアサリーナ様」


 それから程なく、ノアを呼ぶ声が聞こえた。

 今日は朝早くから来客が多い。

 農村は、皆そろって朝が早いな。

 そして、ノアを呼ぶのは男の人の声だ。

 村長とは違う。

 再びノアは済ました調子で外へと出て行く。後にはオレとハロルドが控えた。

 二人の獣人がいた。

 男の人と女の人。ピッキー達の両親だ。


「なんでしょうか?」

「私はピッキー達の両親でございます。子供達から聞きました。なんとお礼を言っていいのか……」


 それから延々と感謝の言葉が続いた。


「私もピッキーにトッキー、そしてチッキーには助けられています。あの者達が仕えてくれて私は幸せです」


 そうノアは答えた。

 いつものようにロンロが言葉を伝えているのではない。

 それはノアが自分で考えて話した言葉だった。

 ノアの言葉を聞いた2人は、深々と頭を下げて家へと戻っていった。


「来てよかったね、ノア」

「うん」


 食事が終わった頃になって、ピッキー達がこちらへとやってきた。


「お嬢様、しばらくお暇を頂きたいです」


 そして、そう切り出した。


「えぇ。10日ほど滞在します。その間は自由に過ごしてください」


 いつもよりかしこまったノアは即答して、笑った。

 特に問題ない話。

 元々そうするつもりだったのだ。


「で、ピッキー達は何をして過ごすの?」

「お家を綺麗にします」

「厩舎を直したいです」

「お料理を作ってあげるでち」


 遊ぶのかと思ったら、仕事をしたいと言い出した。

 まぁ、いっか。

 やりたいことをやればいい。

 それにしても、働き者だ、休みまで仕事をしたいって。

 オレが休みをとってまで仕事したのは、なぜか計画通り有給取らなきゃいけないっていう契約があって、有給とって仕事に出たことくらいだ。

 それは嫌々だった。

 あんなに、にこやかにはできなかったな。


「そうか。それはいいと思うぞ」

「せっかくです。お料理の材料が必要なら教えて欲しいと思います」

「そうそう。必要なものがあったら何でも言ってね。せっかくの親孝行だし、じゃんじゃん使っていいよ。木材でも、お肉でもさ」


 同僚達も、故郷にもどってからも仕事しようという獣人3人を激励した。

 それからの数日は、のんびりしたものだ。

 特に何もないので、オレは海亀の背にある小屋でゴロゴロ。

 ミズキやカガミが茶釜に乗って森を走り回るくらいで、平和なものだ。


「こうしてみると、ピッキー達、成長してるっスね」


 日々、どんどんと組み上がる厩舎や、立派になっていく家をみてプレインが言った。

 確かに、3日もしないうちに、ボロボロだった厩舎は立派なものになり、家の周りには柵ができた。

 今は、家そのものを整備しているようだ。

 すでに厩舎も、家も、周りにくらべて見劣りしないものになった。

 これからさらによくなるのか。

 本当に凄いな。


「毎日眺めるだけでも、楽しいものだぞ」


 サムソンが、日々組み上がる厩舎や家を面白そうに眺め呟く。

 オレも、そんなサムソンの言葉に、心から同意し頷いた。

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