第356話 のうそんへいこう

「では、お気をつけて」

「お世話になりました」

「こちらこそ楽しかったですよ。またいつでもどうぞ」


 次の目的地が定まったので、翌日出発することにした。

 これから山を下り、ピッキー達の故郷へと向かう。

 街道のような綺麗な道はない。入り組んだ細い道を進み、山を下りる。

 幸い、海亀にとってはやや狭いが通れない道ではない。

 木々が密集して立っていないことが幸いした。

 天気は良くて、日差しも強い。だけど、一面に広がる広葉樹林が、丁度良い具合に影を作っている。綺麗な風景だ。

 木々の隙間から日の光が降り注ぐ中、のんびりと進む。


「えへへ」


 茶釜に乗ったミズキが嬉しそうに笑う。


「農村が楽しみ?」

「それもあるけどさ、おじいさんにね、ちょっとお願い聞いてもらったんだよね」

「何を聞いたの?」

「通販オッケーだって」

「通販?」

「そ。チーズの通販」

「へー。チーズの通販なんてできるのか。どうやって運搬するんだろうね」

「まだ決まってないけど……」

「え?」

「ほら、白孔雀があるじゃん、あれ使ってさ」

「好きなとこ飛ばせないだろ?」

「魔法陣を改造したりしてさ。あの月への道で見つけた地図使ったりすれば、何とかなるんじゃないかなと思って、そういうのは後回しにしてさ、打診だけしてみたの」

「それでオッケーだったと」

「そういうこと」

「まぁ、頑張れ」

「えっ、リーダがなんとかしてくれるんでしょ」


 出たよ、人任せ。

 まぁ、確かにそういうた通販ができるんなら便利だ。

 考えてみるのはいいかもしれない。

 そんな能天気なミズキは置いておいて、トッキーやチッキーも帰るのが楽しみなようで、ニコニコ顔だ。


「おいら、父ちゃんと母ちゃんと、あと姉ちゃんに自慢するんです」

「へー」

「計算もできるようになったし、神様の加護も使えるようになったし、武器だって、そして大工さんだってなれるんだって」

「そうですよね。トッキーは頑張り屋さんだから、きっとみんなびっくりすると思いますよ」

「チッキーも色々出来るでち」

「うんうん」


 ミズキと違って、トッキーとチッキーは人任せではない。

 立派なものだ。

 この世界の奴隷は、言葉とは裏腹に悲壮感がないことが多い。

 色々な人の話を聞くうちに、この世界での奴隷というのは大きく分けて二つあるようだ。

 一つはオレ達が知っているような奴隷。

 そしてもう一つは、丁稚や奉公のような立場の奴隷だ。

 小さい頃に売られるのは大抵がそんな感じだようだ。

 商会に買われ働き、お金を稼ぎ、独立して故郷に戻ったり、自由を謳歌する。

 そういった意味で、働きがいがあり、奴隷の多くは充実した仕事で笑顔の者も多い。

 ピッキー達も、多分そのような立場になるはずだったのだろう。

 預かっていた奴隷商人が、あんなひどいやつだったというだけで。


「あっちです、マルカラ湖」


 2日ほど進んでいくと、トッキーが何かに気付いたらしく、大きな声をあげた。


「この辺は知ってるでちか?」


 他人事のようにチッキーが問いかけると、トッキーが頷き口を開いた。


「あっちに湖があって、あっちに道があって橋があって、それからずーっと行ったら村!」


 もう知っている場所なのか。

 それから先も、トッキーは的確に方向を示してくれる。

 言った通りに動くと、確かにトッキーが言うような場所へとつく。


「もっと、もっと、もっと先に、農村があります!」

 

 そう言っていた。

 さらに数日後、道はどんどんと広くなり、朝早いうちに開けた場所に出た。

 そこは村だった。

 木造の家がまばらに建っていて、さらに視線の先には畑が広がっていた。

 夏とはいえ、まだ肌寒い朝にもかかわらず、畑の上には牛が数匹、ウロウロとしていて、その側には獣人もいた。

 皆、ピッキー達と同じような姿だ。

 同じ種族なのだろう。


「着いた!」


 トッキーが一際大きな声を上げる。


「トッキー?」


 御者をしていたピッキーが制止する声も聞かず、トッキーはぴょんと飛び降りると村の中へと入っていった。


「ふふふ、よっぽど待ち遠しかったんですね」

「確かにそうだな」


 嬉しそうなトッキーを見て、カガミが笑う。

 オレ達も楽しい気分になった。

 あの姿を見ただけできたよかったと思った。

 トッキーは、この村でもひときわボロボロな木造の建物の中に入っていき、それから程なく女の人と一緒に出てきた。

 あれはきっとトッキーの母親はなのだろう。


「チッキーも、兄ちゃんも!」


 トッキーが大きく、こちらへと呼びかける。


「ピッキーも行っていいぞ。ここは俺が御者を代わってやるから」


 声を受けて、サムソンがピッキーに提案した。

 チッキーはミズキに抱えて降ろしてもらい、そのまま走って母親らしき獣人のところへ行く。

 だが、ピッキーはゆっくりと首を振った。


「おいらはちゃんと御者をやってから行きます」

「そっか」


 それから、村の入り口側に海亀を止め、そこでようやくピッキーは降りていき、家へと走っていった。

 だが、家には入らず、すぐに戻ってくる。


「どうしたの?」

「おいらは……仕事があるので、ここで今日は過ごします」


 そう言ってオレ達の返答も聞かないうちに、御者台へ座り込んでしまった。

 この農村には宿といったものはないようなので、結局オレ達は海亀の背に乗せた小屋で過ごすことにした。

 トッキーとチッキーは家の中に入って母親と色々と話をしているようだ。

 だが、ピッキーはずっと御者台の上に座っている。


「行ってもいいよ」

「いえ、おいらは仕事をやります」


 そんなやりとりが何度か続いた。

 仕事と言っても海亀を動かすわけでもない。

 後はオレ達だけで十分だよというのに、頑なにピッキーは動かなかった。

 食事も結局オレ達と一緒に食べた。

 食後も、また御者台の上に座り込んだままだ。


「どうしちゃったのかな」


 さすがに、ミズキが心配そうな声をあげる。


「うん。とりあえず様子を見て、夕方になっても動かないようだったら行っておいでと声をかけるかな」


 だが、ピッキーが御者台にいたおかげで、助かったこともある。

 どうにも、この村ではオレ達は歓迎されていなかった。

 よそ者ということで、怪訝そうな獣人達に遠巻きに見られることがあった。

 その度に、ピッキーが事情を話し、とりもってくれた。

 そんなわけで、オレ達はこの海亀の背にある小屋から出ないように過ごすことにした。

 特に不便はない。

 海亀の背から見る農村の風景は、ゆったりとしたものだ。

 そして、日がだいぶ沈んできた頃のことだ。


「そろそろ夕方だ。ピッキー、今日はありがとう。家にお帰り」


 一日中、御者台の上に座っていたピッキーに声をかける。


「でも、おいらは……」

「トッキーとチッキーもお母さんに報告に行ったんだ。ピッキーも行かなくちゃダメだよ」

「はい」


 半ば強制の形にはなったが、ピッキーを下ろしてあげる。


「ピッキー……か?」


 海亀の背から、ピッキーを地面に下に降ろした時、ピッキーを呼ぶ声が聞こえた。

 そこには夕日を背に、数人の獣人が立っていた。

 そのうち、一人が声をかけたようだ。


「父ちゃん!」


 その声の主を見て、ピッキーが声を上げる。


「やっぱりピッキーか。どうしたんだ……お前、その格好。元気だったか?」

「父ちゃん!」


 ピッキーが父親へと走り寄っていって、胸に飛び込んでいった。


「父ちゃん、父ちゃん」

「ピッキー……元気そうだでよかった。ピッキー」

「うん。おいら、父ちゃんに……父ちゃんの代わりにトッキーとチッキーを頼むって言われたのに守れなくて」

「そうか……」

「チッキーが病気になって、苦しい、苦しいって言って、おいら一生懸命頑張ったのに、ちっとも良くならなくて」

「そうか。すまなかった……ピッキー……」

「でも、お嬢様がお薬くれて」

「うん」

「それから、それから、おいら一生懸命頑張って、大工さんになって、いっぱい仕事覚えて……」


 わんわんと泣きながら途中から涙声でまくし立てるように、父親に訴えていた。


「お嬢様は、まだお父様にも会ってないのに、おいらだけが会うのがダメで……」


 ノアに遠慮していたのか。

 それで意地になっていたのか。


「ピッキー。今日はお父さんと一緒に家にお帰り。私達は大丈夫だから」


 カガミが、声をかけた。

 ピッキーは何度も頷くと、そのまま父親に抱きかかえられ泣きながら家へと入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る